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#続かないとオーバーブロット
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✧ 第三章
「契約の迷路」
–誰の手を取るか、何を信じるか。仮面の下で揺れる本音–
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〔文化祭当日・朝〕
学園中がにぎわい始めていた。
華やかな装飾、漂う甘い香り、様々な寮の催しが目を引く。
オンボロ寮もその一角で、ささやかに展示を行っていた。
ユウとグリムが準備に追われ、フェイド――ネメシスは落ち着いた所作で飾り付けの最後の確認をしていた。
「よし……っと。ネメシス、これで完成でいいかな?」
「ええ。とても素敵でございます。手作りの温かみというのは、何にも代えがたいものですから」
グリムが鼻を鳴らす。
「ふふん、当然ニャ! オレ様の芸術センスは学園一なんだからな!」
「いや、それほとんどユウが……」
「しーっ!」
そんなやりとりに、フェイドもそっと笑みを漏らす。
(この穏やかな空気――どうか、崩れませんように)
〔一方・オクタヴィネル寮〕
オクタヴィネル寮では、豪華なカフェスタイルの催しが準備されていた。
しかしその裏で、従業員として“契約”によって働かされている生徒たちの疲労はピークに達していた。
厨房の一角で、エースとデュースが皿洗いをしていた。
「……やばいって、マジで。休む時間、ないんだけど」
「これ……ほんとに契約通りなのか?」
二人の顔は疲れでこわばっていた。
まるで**“力”と“自由”の交換の代償**を身をもって払っているかのようだった。
扉の奥で、アズールがそれをモニター越しに見ていた。
「……すばらしい働きぶりだ。
“誓約”を交わした以上、対価に応えるのは当然の義務だからね」
隣に立つジェイドが微笑む。
「ですが、少しばかり“強く締めすぎ”ているようにも見えますね?」
「……余計なお世話だよ、ジェイド」
アズールの目には冷静さが戻っていたが、奥底では何かがざわめいていた。
〔昼下がり・展示エリアにて〕
ユウがオンボロ寮の展示スペースに戻ると、見慣れた制服の二人が息を切らして駆け込んできた。
「ユウっ……やっと……!」
「やばい……倒れそう……」
エースとデュースの顔は蒼白だった。
「えっ、なにその顔!? 二人とも、大丈夫……!?」
フェイドが静かに駆け寄り、すぐに二人に水と椅子を差し出す。
「お疲れさまでした。
……今のうちに、少しでも休んでくださいませ。体力よりも心が先に崩れますから」
「ネメシス……なんで、そんなにわかるんだよ……」
「私も、かつて“働きすぎた”ことがございますので。……身体は、嘘をつけませんからね」
フェイドの言葉に、エースが少しだけ安心したように笑った。
「……なんか、ネメシスに会えてよかったかも」
その言葉に、フェイドはほんの一瞬だけ目を伏せた。
(……それが“私”としてでないことを、申し訳なく思う日が来ませんように)
〔その夜・展示閉館後〕
フェイドは一人、展示の後片付けを終え、外の冷えた空気の中にいた。
仮面のように保っていた表情を少しだけ緩める。
(アズール……どうして、今もまだ“鎖”の中にいるのですか?
あなたなら、もっと自由に、もっと優しくなれるはずなのに)
「やはり、貴女は変わりませんね」
声がした。振り返れば――アズールが立っていた。
仮面のような笑み。けれどその瞳は、どこか幼い頃よりも脆い。
「“自由”を語るなら、それを得るには代価が必要だ。
君こそ、それを一番理解しているはずだろう?」
フェイドは静かに微笑んだ。
「……いいえ、アズール。私はもう、“誰かに与える自由”を、失わせたくないのです。
あの頃のように、あなたが自分を責めてしまわないように」
その言葉に、アズールは目を見開いた。
「……どうして、そんな顔をするんだい、フェイド」
「それは、私が今でも――あなたの“友達”で在りたいと思っているから、でしょうね」
アズールは何も返さなかった。
けれどその肩が、ほんのわずか震えていた。
✧ 第三章⑦
「深海より来たる者」
–隠された過去、揺らぐ現在。そして、真に望むもの–
⸻
〔翌朝・オンボロ寮 リビング〕
展示の片づけも終わり、オンボロ寮には束の間の静けさが戻っていた。
フェイドは、いつものように紅茶を淹れていた。
その背後から、控えめに声がかかる。
「……ネメシス」
「おはようございます、ユウ。体調はいかがですか?」
「うん、ありがとう。……あのね、昨日、アズール先輩が、来てたよね」
「……ええ。少し、昔話をしに」
ユウは迷った末に口を開く。
「ネメシスって、やっぱり……ただの転入生じゃないんでしょ?」
フェイドは、ポットを置いた手をそっと止めた。
「……どうして、そう思われたのですか?」
「なんとなく、ずっと思ってた。
エースやデュースの変化に、誰より早く気づいたのも。アズール先輩の前で、あんなふうに話せるのも。
それに……“ジェイド先輩の目”が、ネメシスを見る時だけ、ちょっと違ってるから」
フェイドは静かに微笑んだ。
「……ユウは、とてもよく見ておられますね。
けれど……今はまだ、“本当の名前”は、明かせません」
「ううん、大丈夫。今は“ネメシス”がいてくれるだけで、十分」
「……ありがとうございます。
そう言っていただけることが、今の私には、何より救いでございます」
⸻
〔午後・学園内 旧校舎前〕
一方その頃、アズールは一人、古びた校舎の前に佇んでいた。
誰もいないその場所に、かすかに“過去”が重なって見えた。
波間のように揺れる記憶。
小さな水槽の前、あの日言えなかった言葉。
『僕も、君のようになりたかった。
何も持たなくても、誰かに“認められる”存在に……』
そのとき、背後から聞き慣れた声がした。
「どうして、そんなところにいらっしゃるのですか?」
ジェイドが、静かに歩み寄る。
「文化祭も終わりましたし、そろそろ寮の片づけを」
「……ジェイド。僕は、“フェイド”に勝てるのだろうか?」
その問いに、ジェイドは少しだけ黙ってから、答えた。
「それは、“何を以て勝ちとするか”によります。
仮面で守りたいものがあるのなら……フェイドも、貴方も、きっと等しく“迷いの海”にいるのです」
アズールは目を伏せた。
それでも、仮面の奥にある自分に、少しずつ触れ始めていた。
⸻
〔夜・オンボロ寮 フェイドの部屋〕
その夜。
フェイドは、書きかけの手紙を前に、筆を止めていた。
「……いずれ、この手紙を渡すときが来るのでしょうか。
“私のすべて”を、知るべき誰かに――」
書かれていた名前の上に、そっと手を置く。
それは、“ユウ”と書かれていた。
「……まだ、早いですね」
月明かりが、静かに部屋を照らしていた。
「仮面の裏、言葉の真意」
–交わされなかった本音。静かに解かれていく鎖–
⸻
〔翌日・昼下がりの図書室〕
静かな図書室。
ユウは分厚い本を開きながら、真剣なまなざしでページをめくっていた。
「“魔法契約の構造と解除”……これなら、何かヒントになるかも」
その隣には、眠そうなグリムが伏せていた。
「にゃあ〜……もう飽きたニャ。」
「エースとデュースを助けたいって言ってたの、グリムじゃん……」
「それはそうだけどニャ……!」
本の山に囲まれるユウたちの元に、静かな足音が近づいてきた。
「お二人とも、随分と集中しておられますね」
声の主は、ネメシス――フェイドだった。
紅茶と小さな焼き菓子の載ったトレイを手に、そっと席に置く。
「あっ……ありがとう、ネメシス。ちょっと調べものしてて」
「はい。お茶の香りには脳をリラックスさせる作用がございます。
行き詰まったときは、一息お入れくださいませ」
「ネメシス……私、どうしても助けたい。
みんなにとって“契約”が、こんなふうに重いものになってるなんて思わなかったから……」
フェイドは、そっとユウの前に座る。
「それは、とても強く、尊い願いでございます。
けれど――契約を結んだ方たちが、それを“望んだ”という事実も、またあるのです」
「でも、それは“騙された”ようなものじゃないの?」
「……そう、思われるでしょうね。
けれど、“強く願ってしまった側”にとっては……それでも、選ばずにはいられなかったのです」
ユウは何かを飲み込むようにうなずいた。
「……ネメシスも、そうだったの?」
フェイドは少しだけ黙ってから、柔らかく微笑んだ。
「私は、“選ばされた”経験も、“選ばせてしまった”経験も、どちらもございます」
その声は、仮面の奥から零れた真実の一端のようだった。
〔夜・オクタヴィネル寮・寮長室〕
文化祭の収益集計が終わった後、アズールは帳簿の前で静かにペンを止めた。
「これで、全て……予定通り」
それでも、心は晴れなかった。
(フェイドは、今の僕を“見ていた”のだろうか。
昔と変わらぬ優しさで、けれど……どこか“近づかない”距離で)
扉の向こうから、ジェイドが現れる。
「お一人で大丈夫でしょうか、アズール」
「……大丈夫だ。僕は、誰の助けもなくここまで来た。
それは“誇り”にしていいはずだろう?」
ジェイドは静かに首を傾げる。
「それは、“誇り”ではなく、“防壁”に見えることもございますよ」
アズールは返す言葉を失った。
けれど胸の奥で、何かが揺れていた。
〔深夜・オンボロ寮・屋上〕
星が瞬く夜。
フェイドはひとり、オンボロ寮の屋上で空を見上げていた。
(……アズール、貴方は今、どこまでを“仮面”として扱っているのでしょう)
足音がして、振り返るとユウが立っていた。
「起きてると思った」
「……お見通しでございましたか。おやすみ前に、星でも見ようかと思いまして」
「ネメシス。私、明日アズール先輩に会いに行くよ。
契約を解除できる方法が、もしかしたら伝わるかもしれないから」
フェイドは目を見開き、少しだけ静かにうなずいた。
「……お気をつけて。彼の“仮面”は、時に鋭い刃にもなり得ます」
「でも……それでも、私は“信じたい”と思った。
ネメシスの言葉が、そう思わせてくれたんだ」
フェイドはしばし黙り、そしてゆっくりと――
「それは、きっと……貴女が“誰かの痛み”に、手を伸ばせる方だから、です」
その優しい言葉は、夜風の中に吸い込まれていった。
「契約の終端と、仮面の落下」
–仮面が砕けたとき、本当の名前が呼ばれる–
⸻
〔翌日・昼下がり オクタヴィネル寮・水上カフェ〕
静かな水面に囲まれた美しいホール。
その中央、アズールはカップの中の紅茶を静かに揺らしていた。
そこへ、ユウが一人、ゆっくりと歩いてくる。
「ごきげんよう、アズール先輩」
「ああ……これは、監督生さん。
ご訪問いただくなんて、何かご用でしょうか?」
その微笑は変わらず仮面のように整っていた。
しかし、ユウの視線はそれに怯むことなく、まっすぐだった。
「……契約のことで話があります。
私の友達、エースとデュース。あの二人の“本当の気持ち”が、ちゃんと伝わってるって思えなくて」
アズールは、紅茶をひとくち含むと、柔らかく微笑んだ。
「それは失礼しました。ですが、“契約”は合意のもとに交わされたものです。
こちらから“無理に”お願いしたわけではありませんよ」
「でも、“選ばせた”んでしょう?追い詰めて」
その一言に、アズールの指がピクリと止まった。
「……選ばれたくて、僕は今の立場を築いた。
“無力だった自分”を変えるために、どれだけのことをしてきたか、わかりますか?」
ユウは少しだけ俯き、静かに言葉を継いだ。
「……私も“無力”を感じた。だから、少しだけわかる気がします。
でも、そのせいで“誰かが無理して笑ってる”なら、私は黙ってられない」
その言葉が、水面に投げられた小石のように響いた。
アズールの笑みが、僅かに崩れる。
「……君のような人が、“あの子”のそばにいるとはね」
「あの子……?」
アズールはゆっくり立ち上がると、まるで自分に言い聞かせるように呟いた。
「……もう、気づいていたよ。あの“転入生”が、誰なのか。
あの言葉の選び方も、微笑の整え方も……あれは、あの子の“癖”だ」
〔その頃・オンボロ寮 屋上〕
ネメシス――フェイドは、ゆっくりと空を見上げていた。
(……潮の気配。アズールが、動いた)
フェイドの指先がかすかに揺れる。
(もし……このまま、“名前”を知られてしまったなら)
「……けれど、私はきっと、彼の元に向かうのでしょうね。
そうでなければ――私として、意味がない」
フェイドは静かに立ち上がり、風にそよぐ髪を後ろで束ね直した。
〔夕刻・オクタヴィネル寮 螺旋の回廊〕
ユウとの会話を終えたアズールは、寮の奥深く、薄暗い螺旋階段の前に立っていた。
そこへ――
「お久しぶりですね。アズール」
あの声が、静かに響く。
その主――仮面を外した、フェイドだった。
「……来てくれたんだね。」
「あなたの“声”が、届いてきたので。
昔からそうでしたね。あなたは、感情を隠すのがとても下手でしたから」
アズールは、僅かに目を伏せて呟く。
「なぜ、“何も言わずに”消えたのですか。」
「言えば、あなたが私を引き止めたでしょう。
けれど、私はそのとき……“人”としてではなく、“実験体”として生きる意味を探していたのです」
アズールの拳が震える。
「そんなの……そんなの、貴方じゃない……!」
その言葉に、フェイドの表情が初めて、揺らいだ。
「……ありがとう。
でも、今の私は“あのときのフェイド”とは、少しだけ違うのです」
「違ってなんか、いてたまるか……っ!」
アズールが叫ぶその声に、周囲の水が大きく反応し、空間がぐらりと歪んだ。
魔力の暴走――
そしてその中央に、フェイドが静かに歩み出る。
「……ならば、“あなた自身”が問いましょう。
本当に、今のあなたは――“望んだ姿”ですか?」
その問いに、アズールの瞳が大きく揺れた。
「僕は……僕は、ただ……!」
その瞬間、水の檻が空間を包み、フェイドとアズールは**“真の対峙”**へと入っていく――。
「契約の代償、揺らぐ学園」
–日常の隙間に広がる違和感。水面は静かに乱れはじめる–
⸻
〔朝・オンボロ寮リビング〕
朝日が差し込むオンボロ寮の食堂。
グリムが新聞を広げながら、朝ごはんにトーストをかじっていた。
「にゃ〜、今日の学食は限定メニューらしいぞ、ユウ!海の幸のグラタンだぞ!」
「いいなぁ〜、それ。絶対並ぶよね。早めに行こっか」
ユウは制服のリボンを結びながら鏡を確認し、グリムに笑いかける。
その横で、フェイドは静かに紅茶をすする。
「……朝から海の幸とは、なかなか贅沢ですね。
食後には、胃に優しいハーブティーをどうぞ。私が用意しておきます」
「ネメシス、最近オンボロ寮の台所に完全に馴染んでない……?」
「この前はオレ様のしっぽまで洗ってくれてたしニャ」
「“習慣”とは、どんな環境にも染みつくものですから。
……それに、こうして過ごす朝は、嫌いではありません」
フェイドの物腰は変わらず丁寧で、落ち着いた笑みを浮かべていた。
それでも、ユウにはわかる。“何か”が少しずつ、揺れていることに。
「……そういえば、最近エースたちの様子、変だと思わない?」
「ええ。妙に疲れているように見えますね。
目の下のクマ、呼吸の浅さ……それに、“どこか怯えている”ような目をしておられました」
「……やっぱり、契約のことなのかな」
フェイドは紅茶を一口含み、視線を伏せた。
(契約――アズール。あなたは、あの子たちを“本当に試している”のですか?
それとも、“あの頃の自分”に重ねているのでしょうか)
〔午前・廊下での会話〕
オンボロ寮を出て学園へ向かう途中。
エースとデュースがどこか落ち着きなく歩いているところに、ユウとグリムが追いつく。
「おーい!エース、デュース、おはよう!」
「……お、おう、ユウ。グリムも」
「お、おはよう……」
その声にはどこか覇気がない。
グリムが眉をひそめる。
「お前ら、どうしたんだ?昨日からずっと変ニャ」
「べ、別に……ちょっと疲れてるだけ」
「宿題か? 寝不足か?」
ユウが問いかけると、デュースは一瞬、フェイドの顔を見てから、慌てて視線を逸らす。
(……あの反応。フェイドという名前は出てこないけど、“何か”を感じ取っている?)
フェイドは静かに口を開いた。
「無理は禁物ですよ。
もし心が沈むようでしたら、少し日差しを浴びるのも有効かもしれません。
私は、今日の午後、庭園で本を読む予定です。よろしければ、ご一緒に」
その穏やかな誘いに、二人は少しだけ笑って、首を横に振る。
「ありがとな、ネメシス。でも……今はちょっと、やらなきゃいけないことがあるんだ」
「また今度、一緒に読ませてください……!」
その姿を見送りながら、ユウはフェイドの横で小声で呟いた。
「……やっぱり、無理してるよね」
「ええ。“契約”とは、己の望みと引き換えに手にするもの。
それが歪な形であればあるほど、その代償もまた重くのしかかるものです」
〔放課後・オクタヴィネル寮前〕
放課後、ユウが一人、意を決してオクタヴィネル寮の前まで足を運ぶ。
水のせせらぎと、ひんやりとした空気。
その静寂を破ったのは――
「ようこそ、監督生さん」
現れたのは、アズール。
その隣には、柔らかな微笑を浮かべたジェイドと、退屈そうにあくびをするフロイド。
アズールの声は丁寧で、どこか含みがあった。
「何か……ご用件でしょうか?もしかして、“契約”について、ですか?」
「……話がしたいです。エースとデュースのこと。それから……“どうして”こんなことをするのか」
アズールは微笑を深め、軽く頭を下げた。
「かしこまりました。それでは、どうぞこちらへ。
今日の“お客様”には、特別なご案内をご用意しております」
その言葉の裏に、“何か”が潜んでいた。
「沈む願い、絡まる契約」
–水面の奥で絡みあう鎖。誰も知らない本音の下に–
⸻
〔オクタヴィネル寮・迎賓室〕
ガラスの床に水面が揺れる迎賓室。
そこに案内されたユウは、少し緊張した様子で椅子に腰かけていた。
ほどなくして、アズールが姿を現す。
その隣にはジェイドとフロイド――リーチ兄弟が控えている。
「改めましてようこそ、監督生さん。
オクタヴィネルへようこそいらっしゃいました」
「……アズール先輩。エースとデュースのこと、やっぱりおかしいです。
何があったのか、教えてもらえませんか?」
アズールは丁寧な微笑を浮かべながら、カップに紅茶を注ぐ。
「彼らのことでしたら……そうですね、“契約”の一環というべきでしょうか。
望みを叶えた代償は、それ相応のものです。魔法というのは、等価交換ですから」
ユウは静かに拳を握った。
「でも、それって“追い詰められてる”ってことじゃないですか。
力のない生徒が、強制的に望みを差し出さざるを得ないなら、それはもう……」
アズールの笑みが、ほんの一瞬だけ揺れる。
「……力がない者にとって、“選択肢”があるということ自体、どれほど恵まれた話だと思いますか?」
「……っ」
そこへ――迎賓室のドアがノックされる。
「失礼いたします。……お取り込み中であれば、後ほどでも」
その声に、ジェイドが目を細める。
「ふふ……この声は、“例の彼”ですね。お通ししても?」
「ああ。どうせ、勝手に入ってくるだろうから」
入ってきたのは――ネメシス。
表情は柔らかく、しかしどこか張りつめていた。
「学園長からの書類をお届けにあがりました。……失礼いたします」
アズールは、彼の姿を視界の端に捉えたまま、静かに目を伏せる。
「ご足労感謝します。相変わらず、“無駄のない”動きですね、ネメシスさん」
「恐縮です。ですが本日は、お届けだけで。ユウさん、お連れしましょうか?」
その一言に、ジェイドが意味深に微笑む。
「ふふ、“無駄のない”というより、“隙がなさすぎる”と言うべきでしょうか。
何だか、私たちをよくご存じのようにも見えますね?」
フェイドは丁寧に一礼しながら、こう返す。
「それは恐れ多い。私はただ、“相手の静かな癖”に気づく癖があるだけです」
フロイドが、ひときわ大きく笑う。
「あはは!ほんと、ネメシスっておもしろいね〜。
なんか……昔の“アイツ”にちょっと似てる感じがしてさ〜?」
その“昔のアイツ”――
アズールの指先が、わずかに揺れた。
⸻
〔オクタヴィネル寮 廊下〕
ユウとともに寮を後にしたフェイドは、廊下で足を止めた。
「……何か見えた気がした。アズール先輩のあの目、すごく……苦しそうだった」
「……ええ。あれは、“仮面が剥がれかけた人”の目ですね。
ですが、剥がれ落ちるか、貼り直すかは、本人次第です」
「ネメシスは……昔、あの人と何かあった?」
フェイドはほんの一瞬、視線を横に逸らし――
「……ただの、幻想ですよ。今は、ただの生徒ですから」
その言葉には、ほんの少しだけ――過去の痛みが滲んでいた。
⸻
〔夜・オンボロ寮リビング〕
夜。静まり返ったオンボロ寮。
グリムがすでに丸くなって眠っているなか、ユウはフェイドに向き直る。
「ネメシス。……やっぱり、私、エースとデュースを放っておけない。
だから、もう少し踏み込んでみる」
「お気をつけてください。“契約”とは、本人の意思に深く結びつくもの。
無理に引き離そうとすれば、かえって本人を傷つけかねません」
「うん……でも、大切な友達だから。
信じたいし、助けたい」
フェイドはその言葉に、ふっと目を細めた。
「……“大切”――ですか。
それは、時に人を救い、また時に人を縛るものですね」
ユウはその意味を問おうとしたが、フェイドはそっと立ち上がった。
「では、私はもう休みます。明日、また静かな朝が訪れますように」