同じ頃千葉県木更津市 海の見える丘公園
ポツポツと、小雨が降り始めている。
木更津の街並みと灰色の海は淋しげで、東京湾アクアラインの緩やかな曲線は、今にも折そうな人の心にも似ている…
そんな話を、自らが営む大衆酒場で披露していた頃を懐かしく思いながら、目線の先にある、陸上自衛隊木更津駐屯地で働く常連客の顔を思い返していく。
「皆、無事でいるのだろうか…」
東京ジェノサイドの混乱は、この地にも多大な影響を及ぼしていた。
アクアマリンの閉鎖と物流の停滞。
そして、湾岸エリアに立ち並ぶ東京ジェノサイド被災者仮設住宅と、見知らぬボランティアの顔ぶれは、地元住民との間で少なからずも摩擦を引き起こしていた。
閉鎖に追い込まれる木更津の小売店や、飲食店の店主らが集まって、東京難民受け入れ拒否の嘆願書を市長に送るものの、その効果は薄かった。
木更津輩出の国会議員は行方不明のままとなっていて、もはや戻って来る確率は低いだろうと誰しもが考えていた。
辛島千代は、生粋の木更津っ子だった、
この地で学び、この地で結婚して離婚もした。
子供はいない。
あるのは、親がくれた大衆酒場の看板とそこに集う常連客。
それと、趣味で始めた30羽の競争鳩が千代の宝物だった。
45歳で独身も悪くはなかった。
誰に干渉されるわけでもなく、自分の信じる道をひた走る事が出来た。
いつ死んでも後悔のないようにと、毎日せっせと働いた。
小雨が、千代の白髪混じりの黒髪を濡らしていく。
海から飛んで来る1羽の鳩は、千代の飼育している競争鳩の中では1番利口で名前はホームズ。
頭上を通り過ぎて、宿舎へと戻って行く姿を見て千代は嬉しそうに笑った。
「鳥は墜落なんてしねーし」
そう思うと、途端に可笑しさが込み上げた。
耐え切れなくなった千代は、声を出して笑い続けた。
遠くに霞む羽田空港からは、黒煙が立ち昇っていた。
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