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別荘のバスルームには、かつて吾妻勇太だった肉塊が転がっている。
勇太(属性:リスクコントロール)は転がる肉片をひとつずつ丁寧に拾い、かばんに入れてバスルームから出た。
血と汚物がついた服を脱いで、きれいなシャツに着替えて外庭へと向かう。
購入しておいた特殊車両が敷地の端に停まっている。
それは移動式の動物火葬車だった。
高温の電気焼却炉を積んでいて、命を終えたペットを火葬する特別な車両だ。
山奥の別荘は、吾妻雄太のためだけの葬儀場となった。
勇太(属性:リスクコントロール)は発電機を点け、発熱スイッチを押して車を稼動させた。
時間をかけて火葬炉が熱くなっていく。
ふたりの勇太は、ただ黙って特殊車両を見つめた。
準備が終わると、カバンに詰め込んだ肉塊と汚物のこびりついた衣服を、燃焼室に放り込んだ。
45キロ制限の大型動物用火葬炉であるため、死体は2度に分けて燃やす。
これまで数回にわたって検証をしてきた。
その結果、骨が灰になって消えるまでに90分を所要することもわかっている。
勇太(属性:忠誠心)が火葬車の前に敷いたじゅうたんに座り、両手を合わせて祈っている。
「我が分身よ。我が異なりし本能よ。どうか風となって空を覆い、吾妻グループの未来を照らす光となってくれ。おまえたちの犠牲を決して無駄にはしないと、天に誓って約束しよう」
移動式火葬車は環境を配慮した構造となっている。
燃焼室が上下に別れていて、下部燃焼室で遺体を灰になるまで燃やし、そこから発生した煙やにおいを上部の専用バーナーが燃焼処理をしてくれる。
匂いによる近隣への被害もなく(そもそも周辺には誰もいないが)、かつ勇太の死体を隠ぺいするにはこの上ない代物だった。
計画を実行するふたりの勇太に罪悪感はなかった。
どうせ最後にはどちらかがこの焼却炉に入って灰になるのだから。
生き残った勇太は、心に大きな痛みを背負うだろう。
おそらく一生悪夢に悩まされ続けることは、覚悟の上だった。
残る勇太は5人。
母体である勇太。
母体勇太を世話する勇太(属性:怠け者)
現副会長の勇太(属性:寛大)
殺人専門の勇太(属性:忠誠心)
解体および死体焼却専門の勇太(属性:リスクコントロール)
*
静岡県しそね町、別荘。
曽祖母が生涯暮らした家を復元させた別荘。
そこに母体である勇太と、もうひとりの勇太(属性:怠け者)がふたりで暮らしていた。
母体を殺すためにきたふたりの勇太(忠誠心+リスクコントロール)が、別荘の前に姿を現した。
彼らは別荘の外に車を停め、怠け者属性の勇太が出てくるのをひたすら待った。
午後2時半。
怠け者の勇太が別荘から出てきた。
「市場に行くのか? 俺たちも今きたところでな。車で送ろう」
帽子にかつら、完全な変装をした勇太(属性:リスクコントロール)が車から降りて声をかけた。
「どうしておまえがここにいるんだ?」
怠け者の勇太が車へと近づく。
「ようやく山奥の別荘の準備ができたから迎えにきたんだ」
「電話すればいいのに無駄な労力を……。俺には理解できないな」
「気晴らしにドライブしたんだ。あとビスタの建設現場も見ておきたかったしな」
「そっか。なら今すぐここを片付けて、山の別荘へと移動しよう。母体に声かけてくるよ」
「いや、その前に市場に行こう。空腹がひどくて、これ以上ハンドルを握れそうにない」
「ああ、腹が空ってるのはつらいな。ただでさえ動くことって面倒だから」
そういって怠け者の勇信が助手席に乗り込んだ。
すると後部座席に隠れていた勇太(属性:忠誠心)がロープを使って、うしろから怠け者の勇太の首を絞めた。
「ぐあっ……うううっ!」
勇太はそのまま失神した。
運転席の勇太はカバンから注射器を取り出し、怠け者の腕に致死薬を刺した。
「苦痛なく送ってやるからな。本当にすまない……。どうか理解してほしい」
怠け者の勇太の脈が停止した。
ふたりはそのまま車を別荘の中へと入れてから、勇太の死体をトランクに詰めた。
「入ろう」
母体を殺すべく、ふたりの勇太が暗証番号を押して中へと入っていく。
奥の間に行くと、母体の勇太は小説を読んでいた。
変装したふたりの勇太を見て、母体は本をテーブルに置いた。
「よくきたな」
母体はその一言を残し、ゆっくりと席を立ってキッチンへと向かった。
しばらくすると3杯のコーヒーを持って居間へとやってきた。
3人は黙ったままコーヒーを飲んだ。
「昔、夏休みにここにきて、月が見たいからと外に出たことがあっただろ。田舎の月は東京に比べてものすごく大きくて美しい。だからその土地ごとに、別の月があると思ってた。俺はその夜、より近くで月を見るために歩いて山の奥にまでたどり着いた」
母体はつぶやくように話し、再びコーヒーを口にした。それから続けた。
「何時間歩いたか覚えてない。ただ月に引かれて歩きながら、疲れも怖さも感じなかった。そうするうちに俺は世界の終わりに到着したんだ。強い風が吹き、星でいっぱいの夜空が広がっていた。その中心には巨大な月が浮かんでいた。あの夜のことは一生忘れられない」
「そうだな。本当に美しい月だった」
「そうだな。本当に美しい月だった」
ふたりの勇太が同時に言った。
「人は生きていくうちに、必ず成し遂げたいものが生まれる。そのひとつが、あの夜の月をもう一度見ることだ。ところが大人になると毎日の生活に追われ、さらには俺が分裂するという事態になって……。結局、あの月をまだ見れていない」
母体の勇太がコーヒーを飲み干した。
他のふたりも同時にコーヒーを飲んで立ち上がった。
「おまえたちがここにきた理由はわかっている。怠け者が戻らない理由も」
「……ああ」
「……ああ」
「夜になるまで待ってもらえるだろ?」
「もちろんだ」
「もちろんだ」
「あの月を見たあとに、俺は死ぬ」