テラーノベル
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別荘のバスルームには、かつて吾妻勇太だった肉塊が転がっている。
勇太(危機管理)は、床に散らばった肉片をひとつずつ丁寧に拾い、厚手の袋へ詰めていった。
血と汚物がついた服を脱ぎ、きれいなシャツに着替えてから外庭へ向かう。
購入しておいた特殊車両が、敷地の端に停まっていた。
移動式の動物火葬車だった。
命を終えたペットを火葬するための、小型の火葬炉を積んだ車両である。
山奥の別荘は、吾妻勇太のためだけの葬儀場となった。
勇太(危機管理)は発電機を動かし、火葬炉を起動させた。
時間をかけて、炉の内部が熱を帯びていく。
ふたりの勇太は、ただ黙って特殊車両を見つめていた。
準備が終わると、袋に詰め込んだ肉塊と、汚物のこびりついた衣服を燃焼室へ入れた。
一度ですべてを処理することはできない。
死体は、何度かに分けて灰に変える必要があった。
これまで数回にわたって検証をしてきた。
その結果、肉体が形を失うまでに必要な時間も、匂いが外へ漏れにくい条件も、ある程度は把握している。
勇太(忠誠心)が、火葬車の前に敷いたじゅうたんに座り、両手を合わせて祈っていた。
「我が分身よ。我が異なりし本能よ。どうか風となって空を覆い、吾妻グループの未来を照らす光となってくれ。おまえたちの犠牲を決して無駄にはしないと、天に誓って約束しよう」
火葬車を見つめるふたりの勇太に、罪悪感はなかった。
どうせ最後には、どちらかがこの焼却炉に入って灰になるのだから。
生き残った勇太は、心に大きな痛みを背負うだろう。
一生悪夢に悩まされ続けることも、覚悟の上だった。
残る勇太は5人。
母体である勇太。
母体勇太を世話する勇太(怠け者)。
現副会長の勇太(寛大)。
殺人を担う勇太(忠誠心)。
解体と焼却を担う勇太(危機管理)。
*
静岡県しそね町、別荘。
曽祖母が生涯暮らした家を復元させた別荘。
そこに母体である勇太と、もうひとりの勇太(怠け者)が、ふたりで暮らしていた。
母体を殺すために来たふたりの勇太、忠誠心と危機管理が、別荘の前に姿を現した。
彼らは別荘の外に車を停め、怠け者属性の勇太が出てくるのをひたすら待った。
午後2時半。
怠け者の勇太が別荘から出てきた。
「市場に行くのか? 俺も今来たところなんだ。車で送ろう」
帽子にかつら。
完全に変装した勇太(危機管理)が、車から降りて声をかけた。
「どうしておまえがここにいるんだ?」
怠け者の勇太が車へ近づく。
「ようやく山奥の別荘の準備ができたから、迎えに来たんだ」
「電話すればいいのに、無駄な労力を……。俺には理解できないな」
「気晴らしにドライブしたかっただけだ。あとビスタの建設現場も見ておきたかったしな」
「そっか。なら今すぐここを片付けて、山の別荘へ移動しよう。母体に声をかけてくるよ」
「いや、その前に市場に行こう。空腹がひどくて、これ以上ハンドルを握れそうにない」
「ああ、腹が空いてるのはつらいな。ただでさえ動くのって面倒だもんな」
そう言って、怠け者の勇太が助手席に乗り込んだ。
その瞬間、後部座席に隠れていた勇太(忠誠心)が、ロープを使って背後から怠け者の首を絞めた。
「ぐあっ……うううっ!」
怠け者の勇太はそのまま失神した。
運転席の勇太(危機管理)は、かばんから注射器を取り出し、怠け者の腕に致死薬を打った。
「苦痛なく送ってやる。本当にすまない……。どうか理解してほしい」
怠け者の勇太の脈が停止した。
ふたりはそのまま車を別荘の中へ入れてから、勇太の死体をトランクに詰めた。
「入ろう」
母体を殺すべく、ふたりの勇太が暗証番号を押して中へ入っていく。
奥の間に行くと、母体の勇太は小説を読んでいた。
変装したふたりの勇太を見て、母体は本をテーブルに置いた。
「よく来たな」
母体はその一言を残し、ゆっくりと席を立ってキッチンへ向かった。
しばらくすると、3杯のコーヒーを持って居間へ戻ってくる。
3人は黙ったままコーヒーを飲んだ。
「昔、夏休みにここへ来て、月が見たいからと外に出たことがあったろ。田舎の月は東京に比べて、ものすごく大きくて美しい。だからその土地ごとに、それぞれ別の月があると思っていた。俺はその夜、より近くで月を見るために歩いて山の奥にまでたどり着いた」
母体はつぶやくように話し、再びコーヒーを口にした。
それから続けた。
「何時間歩いたか覚えていない。ただ月に引かれて歩きながら、疲れも怖さも感じなかった。そうするうちに、俺は世界の終わりに到着したんだ。強い風が吹き、星でいっぱいの夜空が広がっていた。その中心には、巨大な月が浮かんでいた。あの夜のことは、一生忘れられない」
「そうだな。本当に美しい月だった」
「そうだな。本当に美しい月だった」
ふたりの勇太が同時に言った。
「人は生きていくうちに、必ず成し遂げたいものが生まれる。そのひとつが、あの夜の月をもう一度見ることだ。ところが大人になると、毎日の生活に追われる。さらには俺が分裂するという事態になって……結局あの月をまだ見られていない」
母体の勇太がコーヒーを飲み干した。
他のふたりも同時にコーヒーを飲み、立ち上がった。
「おまえたちがここに来た理由はわかっている。怠け者が戻らない理由も」
「……ああ」
「……ああ」
「夜になるまで待ってもらえるだろ?」
「もちろんだ」
「もちろんだ」
「あの月を見たあとに、俺は死ぬ」
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#女主人公
ユイ
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