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それからも会社の景気はよくなることはなく、担当店舗でのフロア業務の手伝いも続いていた。
事務所に戻れば紗枝と顔を合わせることもあったが、あちらさんは俺のことなんか全く興味がないようで、態度も会話も少しの変化もなかった。
_____ここまで徹底してると、感心してしまうな
紗枝のような女を妻にすると、とんでもないことになりそうだ。
◇◇◇◇◇
「岡崎さん、こちらは今日からアルバイトで入ってもらう仲道京香さんと小寺郁美さんです」
正社員を雇用するより、アルバイトを増やすことにしたと社長が言っていたことを思い出した。
人件費などを考慮すれば、それが手っ取り早い。
二人が並んで俺の前に立った。
「仲道です、よろしくお願いします」
「小寺です、よろしくお願いします」
「エリア担当の岡崎です、仲道さんと小寺さんね。二人はこういう仕事の経験は?」
「えっと、こういうサービス業は初めてなんですが、頑張ります。よろしくお願いします」
先に答えたのは学生らしい仲道京香、ぺこりと頭を下げる。
「私は結婚前までファミレスで働いていましたが、こういう居酒屋チェーンの仕事とは全く違うと思うので、初心者と変わらないと思います。でも、頑張ります」
こちらは杏奈とそんなに年代が変わらないようだ。
「わからないことはこの店長になんでも訊いて、早く慣れてくださいね。1日でも早く戦力になることを期待してるので」
「「はい」」
「じゃあ、厨房の方へ行って、下ごしらえの手伝いからやってみて」
店長が二人を奥へうながし、そのすぐ後に二人の履歴書を持ってきた。
「これが今の二人です」
◎仲道《なかみち》京香《きょうか》
20歳、美容師専門学校生
◎小寺《こでら》郁美《いくみ》
31歳、主婦、5歳の子どもが一人
「ん?この仲道さんはいいとして、小寺さん、小さい子がいるのに夜の仕事をして大丈夫なのか?」
「はい、そこは確認しました。なんでも実家で両親と暮らしているので、子どものことは心配いらないそうです」
杏奈と同じ歳で、圭太と変わらないくらいの小さな子どもがいるという小寺郁美のことが気になった。
「そうか、それならいいけど。あとは早く仕込んでしっかり働いてもらえ。あ、そうだ、頑張って働いたら昇給もあることを伝えといてくれ」
「わかりました」
「いい人材は、しっかりつかまえておかないとすぐに他店に取られてしまうからな。それに……」
「それに?」
「いや、なんでもない」
あの小寺郁美の鎖骨の辺りに、紗枝と同じようにホクロがあったことに気づいた。
それだけで、色気を感じてしまったとはさすがに言えない。
_____ったく、俺は!さかりのついた猿か?相手は人妻だというのに
我ながら苦笑いするしかない。
「ん?」
もう一人の仲道京香は20歳、ということは佐々木の結婚相手と同じ歳ということか。
「まだ子どもじゃないか」
心のうちをうっかり声に出してしまった。
「そこは大丈夫ですよ、岡崎さん。ちゃんと成人してることは確認済みですから。問題になることはありません」
店長がきちんと答えてくれた。
_____そのことじゃないんだけどな
佐々木の結婚相手を想像しての、感想だったんだが。
「それなら問題ないな。とにかく売り上げに貢献してくれるように、しっかり働いてもらえ」
「はい、そうします」
担当エリアの店舗まわりを終えて、車で事務所へ帰った。
いつのまにか、お袋からLINEが届いていた。
《女の勘は、甘く見ないことよ》
「うわ、なんだよ、コレ」
絵文字も何もなく、その一言だけ。
女の勘?杏奈のことか?
あの様子だと、浮気を疑ってはいないだろうけど。
うっかり香水をつけてたくらいじゃ、なんの証拠にもならないだろうし。
LINE交換もしてないから、やり取りもなければホテルなどの領収書もない。
_____俺は完璧だ
それでも、次に紗枝のような女が見つかるまでは、変に疑われたりしないように大人しくいい夫でいることにした。
もしかすると、浮気できそうな女ってそこら辺にいるんじゃないだろうか?なんて思う。
職場を見渡せば、若い子から年配まで、独身から主婦までわりと女性が多い。
「灯台下暗しだな……って使い方、間違ってるか?」
家に帰り着くと、もう照明が落とされていた。
今日も遅くなると連絡しておいたから、杏奈と圭太は寝ているはずで、帰りを待たれているより気楽だ。
「ん?」
俺宛に郵便が届いていた。
真っ白なその封筒は、結婚式の招待状だった。
_____佐々木のやつ、早速送ってきたな
スマホを出して、登録して間もない佐々木へと電話をかける。
「よぉ!もうすぐ独身貴族じゃなくなる佐々木くん、元気か?俺だよ」
『なんだよ、岡崎か』
「うん、招待状が届いていたから、電話してみた。結婚したらこんな電話もできなくなるからな」
『お前はこうやってかけてきてるじゃないか?』
「うちはな、大丈夫なんだよ、俺は嫁に信頼されてるからな」
『さすがだな。俺もそんなふうにできるかな。財布も握られそうだし』
「だから、金なんかいらないんだって。女ってさ、不思議なもんでよその旦那さんの方が欲しくなるみたいだぞ。俺が手本を見せてやるよ」
『頼りにしてるよ、先輩!イクメンの方がいいんだったよな?』
佐々木からそんなふうに言われると、こそばゆい。
「うん、そうだよ。愛妻家でイクメンってやつがモテるぞ」
紗枝の“そんな男のセックスに興味がある”というセリフを思い出していた。
『俺も早くそんな生活してみたいわ』
プシュッと缶ビールを開ける。
「そういうわけだから、まぁ、ちゃんと結婚生活を送れよ。そのうちチャンスがくるから」
『まぁ、よろしく頼むよ。結婚式もよろしくな』
「おう、じゃあ、またな」
電話を切って、思った。
_____また、紗枝のような女を探してみるかな?
イヤイヤな態度の杏奈より、楽しむために抱かれる女の方がいい。
餌は“愛妻家でイクメン”というラベル、そしてスマートな振る舞いだろう。
これからのために、新しいスーツでも買おうか?と考えていた。