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「これが書類なんだけど」
首藤はハンバーガーショップのテーブルに着くなり、資料を広げ出した。
「私たちがするのはサイトの広告を貼りつけて、誘導する仕事。ここではオーナーと呼びます。オーナーとして登録するにはまずこのアプリをダウンロードして。ほら、あの動画で見たやつね」
そう言いながらバーコードリーダーを指さした。
「お、おう……」
輝馬はその手際の良さに内心舌を巻きながら、今日はポニーテールに眼鏡をしている首藤を見つめた。
(一昨日、俺が誘いを断ったこととか、全然気にしてないんだな……)
思えば佐藤という付き合いたての彼氏がいるのだから、当然と言えば当然なのだが、それが妙に意外だった。
「OK?ダウンロードできた?そうしたら次は設定から、管理→オーナーの順に入って、新規登録。ここで専用のアカウントを作るんだけど」
「なあ」
ページをめくった首藤に話しかける。
「これって、首藤がやっていいの?あの留守とかいう人の仕事じゃないの?」
「……ああ。うん。本当はホストの仕事なんだけど」
首藤は目を伏せると資料を見下ろした。
「………なに」
わけのわからない沈黙に、輝馬が顔をしかめると、彼女は意を決したようにこちらを見上げた。
「私、市川君を守ってあげたくて」
「守る?どういう意味だよ」
首藤は大きな目でこちらを見つめてから資料を一枚めくった。
「あのね、オーナーは入会時にコース選択があるんだけど」
「コース?」
「うん。コースによって還元率が微妙に違うの。つまり誰の広告から登録したかによって、その利用者たちの還元率が変わるってことなんだけど」
「は?なんだよ、それ。公平じゃないじゃん」
「だから、よ」
首藤は目を細めた。
「コースはNormalとRoyal、Premiumまであって。Normalだと還元率は78%なの」
「はあ!?78?パチンコより低いじゃん」
輝馬は目を見開いた。
「そう。それでRoyalが85%。パチンコとトントン」
「……じゃあ、Premiumは?」
首藤は輝馬を見つめた。
「99%に跳ね上がるの」
「99って……」
輝馬は思わず笑ってしまった。
「それってサイトに利益でるの?」
「ううん。出ない。でもPremiumのコースから入った人には利益が出なくてもいいの」
首藤はそう言いながら目を細めた。
「ほとんどの人がNormalのコースで入るから」
「ーーなんで?」
輝馬が眉を寄せると、首藤は資料をめくった。
「これがオーナーのコースごとの入会金」
「入会金って……金とるのかよ?」
輝馬は眉間に皺を寄せた。
「そう。Normalは12万円。Royalは45万円。Premiumは120万円」
「ひゃく……」
輝馬は言葉に詰まった。
「ね。ちょっと高いでしょ」
「ちょっとどころじゃねえよ!!」
思わず大きな声を出してから輝馬は口をふさいだ。
「でも留守さんはきっと市川君にはPremiumを進めてくる。独身だし、一流企業に勤めている正社員だから」
「…………」
来週から正社員でもなくなる可能性が濃厚な輝馬は、眉間に皺を寄せた。
「確かにPremiumの方が稼げるの。でも入会金が高すぎるから、選べる人はそうはいない。私は市川君に無理をしてほしくなーーー」
「お前は?」
輝馬は首藤の言葉を遮った。
「首藤はどのコースで登録してんの?」
首藤はじっと輝馬を見つめた。
「私は……」
首藤はそこで躊躇したが、やがて意を決したように輝馬を見つめた。
「ーー実は、ちょっと前までホスト通いをしていて」
「ホスト?……ってあの?」
思わぬ単語に、輝馬は顎を突き出した。
「そう。あるホストにのめりこんじゃって、ホス狂いっていうの?になっちゃって」
「はあ……」
「売掛金たまっちゃって、これ、飛ぶしかないかなってときだったから」
「うーん……」
おおよそ見当もつかない世界だ。輝馬は曖昧に頷いた。
「売掛金はカード会社とか関係ないし、留守さんが入会金の方はローンでもいいっていうから、手っ取り早く稼げるPremiumにしたけど、そういう理由がある人ってのもマレだとは思うし」
輝馬は腕を組んだ。
なるほど。やはり青天白日のまっとうなサイトではなかった。
オーナーになるための多額の入会金。
加えてNormalコースの還元率の低さ。
この2つで稼いでいる会社だということだ。
甘い汁を吸っているのは、Premiumで入会した一部の利用者のみ。
しかしオーナー自身も多額の入会金を払った後は、高い還元率で利用者を集めやすいし、保持しやすい。
ある程度利用者が集まって、元が取れた後は、勝手に収入が入ってくる。
まさにハイリスク・ハイリターン。
このビジネスで成功したいなら、逆にNormalやRoyalでやる意味はないということだ。
輝馬は迷わずPremiumを押した。
「え、いいの?大丈夫?」
首藤が目を丸くしている。
(大丈夫だぁ?嘗めたことを言ってくれる……)
輝馬は口の端で笑うと、椅子のアームレストに肘をついて頬を乗せた。
首藤が成功したように。
城咲が成功しているように。
俺だって。
ピロン。
そのときテーブルに置いたスマートフォンが鳴った。
通知バーが開く。
【峰岸優実 用事終わったー。どこにしよっか】
「!!」
慌てて首藤を見ると、彼女は資料に目を落としていた。
(よかった。……まあ見られたところで何もないけど)
首藤はトントンと資料をそろえると、視線を輝馬に戻した。
「あとはサイトの方から通知が来ると思うから、そうしたらオーナーとして動き出していいよ。そこにSNSへの貼り付け方なんかも書いてあるから、難しいことはないと思う。あとは承認が出たら、市川君自身もサイトでプレイが可能になるから。その時も還元率は99%だから、仕事の合間でも小遣い稼ぎくらいにはなるかも」
そう言いながら資料をバッグにしまうと、首藤は立ち上がった。
「あと、このことは、くれぐれも佐藤君には内緒ね!」
しーっと人差し指を立てる首藤に苦笑する。
「大丈夫。相棒を信頼しろよ。お前のホス狂いのことも黙っててやるからさ」
深い意味はなくそう言うと、彼女は一瞬考えたような顔をしてからふっと微笑んで頷いた。
「じゃあね。相棒」
「ああ」
輝馬はハンバーガーショップを出ていく首藤の後姿を見送った。
高校時代、自分を追い回していた女は、他の男の元へ背中を向けて去っていく。
そして自分はこれから、高校時代に自分を振った女と会う。
恋人や想い人が知らないグレーな秘密を共有した2人は、それぞれの大事な人の元へ向かう。
輝馬はククッと笑い、
「……変な関係になったもんだよ。まったく……」
そうつぶやくと、峰岸に返信すべくスマートフォンを手にとった。