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ゾンビによって人々がほとんどの居住地を失ってから1年半。札幌の「バリケード」で果物屋を営む18歳の少年・藍野有理は、平凡ながらも堅実な商売を続けていた。
そんな荒廃した世界での最大の希望、それはある製薬会社が開発したゾンビを人間に戻すことができる薬、通称『新薬』。
人々の待望であるはずのその薬は、それなのに その所在と詳細が伏せられていて誰も手にすることも、詳しく知ることもできない。
なぜこんな状況になっているのだろう?ある日、果物屋を経営しながら有理はそんなことを考えていた。
自分のこれからの運命も知らずに。
物語は、有理とその親友の再会から始まる。
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ある日、果物を配達中の有理は、バリケードの警備任務についている同い年の青年と再会する。それは高校の同級生・佐野ユウスケだった。「有理!お前、生きてたのか!」佐野の屈託のない笑顔は昔のままで、有理も久々に心が温まる。佐野は持ち前の明るさで警備隊の中でも人気者だった。彼は有理の果物屋を頻繁に訪れるようになり、二人は終末世界での友情を育んでいく。
「この世界になっても、有理は変わらず真面目だな」佐野の言葉に、有理は複雑な心境を抱く。自分は本当に変わっていないのだろうか。
ーー
ある朝、藍色商店の常連客である老人・エドワード・鉄山(68歳、元教師)が店に現れない。几帳面な彼が約束の時間に遅れることなど考えられない。心配になった有理がエドワードの住居を訪ねると、彼は自室で死んでいた。
バリケード警備隊長の桜井正(45歳、元警察官)は現場を一瞥して「老衰による自然死だろう」と判断する。しかし有理は違和感を覚える。エドワードは68歳とはいえ、つい昨日まで元気に店を訪れていたのだ。
ーー
有理は現場を詳細に観察する。エドワードの部屋には几帳面な彼らしからぬ散乱があった。本棚の本が一部床に落ち、普段なら整然と並んでいるはずの文房具が机の上で乱れている。そして机の上には半分食べかけのリンゴが置かれていた。
「このリンゴ…昨日僕が売ったものだ」有理は記憶を辿る。エドワードは糖尿病を患っており、医師から糖分の摂取を控えるよう指導されていた。それなのになぜリンゴを?しかも半分も食べている。
有理は更に観察を続ける。リンゴの切り口は茶色く変色しており、死後数時間は経過していることを示していた。しかし不自然なのは、リンゴの芯の部分に小さな穴が開いていることだった。まるで何かを注入したような…
ーー
桜井隊長に疑念を伝えたが、「若造が推理ごっこをするな」と一蹴される。しかし佐野だけは有理を信じてくれた。「有理の直感は昔から鋭かったからな。俺も協力するよ」
有理は独自に調査を開始する。まずエドワードの隣人・田澤花子(52歳、看護師)を訪ねる。彼女は最初警戒していたが、有理の真摯な態度に心を開く。
「エドワードさん、最近様子がおかしかったの。『誰かに見られている気がする』って、何度も呟いていたわ」田澤の証言により、有理の疑念は確信へと変わる。
更に調査を進めると、エドワードの部屋から手紙の断片が見つかる。焼却炉で燃やされかけたその紙片には「drizzle研究所」「データ改ざん」という文字が見えた。
「drizzle研究所…?」有理は大きく驚いた。
drizzle研究所。それはゾンビを人間に戻す唯一の方法である薬、通称『新薬』を開発している会社の名前だったからだ。
ゾンビに溢れた世界において『新薬』は最大の希望となり得るかもしれないものだった。にもかかわらず、『新薬』に関する情報は誰も知らないように見える。有理にとって、そしてこの世界に生きる多くの人々にとって、それはとても大きな懸念だったのだ。
有理は驚きながらも再び慎重に断片を集め、それをパズルのように組み合わせていく。
ーー
手紙から判明したのは、エドワードがdrizzle社の元研究員だったということ。彼は表向きは引退した教師だったが、実は『新薬』開発に携わっていた科学者だった。そして手紙の内容から、彼が何らかの重大な秘密を知っていたことが伺える。
「私には何か見えないものが見えているようで…」有理は推理を巡らせながら呟く。エドワードが感じていた視線は、実際に誰かが彼を監視していたのだろう。
有理は更に医学書を調べ、リンゴの変色と穴の謎について考察する。結論として、エドワードの死因は毒殺だった。使われたのは青酸系の毒で、注射器でリンゴに仕込まれていた。エドワードは毒入りのリンゴを食べて死んだのだ。
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有理は関係者を洗い出していく。エドワードと同じdrizzle社の研究チームにいた人物を探すと、一人の名前が浮上する。ヴィンセント・健一(63歳)、現在はバリケード内で薬剤師を営んでいる。
ヴィンセントを観察すると、彼は最近になって急に裕福になっていた。新薬の密売で儲けているという噂もある。有理は更に深く調査を進める。
ヴィンセントの過去を調べると、彼が新薬開発の際、人体実験データを捏造していたことが判明する。エドワードはその事実を知っており、良心の呵責から真実を公表しようと考えていた。ヴィンセントはそれを阻止するため、エドワードを殺害したのだ。
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有理は桜井隊長と住民たちの前で推理を披露する。最初は半信半疑だった人々も、有理の論理的な説明と物的証拠の提示により、徐々に真実を受け入れる。
「エドワードさんは正義感の強い人でした。だからこそ、あなたの嘘を許せなかった」有理の静かな声が、緊張した空気の中に響く。
ヴィンセントは最初は否認していたが、有理の完璧な推理の前に観念する。「あの老いぼれが…余計なことを」彼の言葉は、自分の犯行を認めるものだった。
ーー
事件解決後、バリケード住民たちは有理の推理力を称賛する。桜井隊長も渋々ながら「君の才能は本物だ。この混乱した世の中に、真実を見抜く目を持つ者が必要だ」と認める。
佐野は嬉しそうに有理の肩を叩く。「やっぱり有理はすげーよ!昔から頭良かったもんな」
しかし有理自身は複雑な心境だった。推理により真実を明かすことはできたが、エドワードは戻ってこない。自分にできることの限界を痛感する。
何より、有理は一般人の多くに詳細が伏せられている『新薬』についての情報の片鱗を掴んだ。
ゾンビを人間に戻せる新薬の詳細。それがもしわかるのなら、数え切れないほどの人の命を救えるのかもしれない。それは封じられた情報を知った善人にとってごく自然に湧いてきた、この荒廃した世界での確かで大きな希望に違いなかった。
「俺には推理しかできないけど、それが誰かの役に立つなら…」こうして、有理は果物屋を続けながらも、困った人々の相談に乗る「探偵」として活動することを決意する。
藍色商店の看板に小さく「相談承ります」の文字が追加され、有理は新しい人生の一歩を踏み出した。佐野も「何か困ったことがあったら、俺も手伝うからな」と約束してくれる。二人の友情は、この荒廃した世界で一筋の光となるのか。