朝の光が、やけに眩しかった。
目が覚めたないこは、天井を見ながら動けずにいた。
身体は重く、頭の奥で何かが鈍く響いている。
ないこ: ……なんか、変だな。
時間を確認して、慌てて支度を始める。
今日もやるべきことは山積み。
でも、どこか現実感が薄い。足元がふわふわしているような感覚。
ないこ: ……夢、だったのかな。昨日のも。
ぼんやりと鏡を覗く。
そこに映るのは、無表情な自分。
――いや、「自分」じゃなかった。
鏡の中の闇ないこ: おはよう。今日も、苦しそうだね。
ないこ: ……夢じゃ、なかったのか。
鏡の中の闇ないこ: 君が「僕」を認識した時点で、もう夢じゃないよ。
僕は、ずっとここにいる。ただ――今までは君が、見ようとしなかっただけ。
ないこ: ……どうして、そんなことを言うの。
鏡の中の闇ないこ: 優しさだよ。君が壊れ切る前に、ちゃんと向き合わせてあげてる。
ないこ: ……やめて。
目を逸らして、無理に笑う。
ないこ: 今日も配信、あるから。笑ってれば、なんとかなる。
鏡の中の闇ないこ: 笑ってれば、何が「なんとかなる」の?
ねえ、ないこくん。君、本当はもう、限界なんじゃない?
ないこ: ……っ。
自分の部屋の空気が、急に冷たく感じた。
視界の端に、黒い“もや”のようなものが揺れている。
鏡の中だけじゃない。部屋の隅に、床の影に、気配がある。
それでも、ないこは目を逸らす。
それが自分の中から生まれているものだと、気づきながら。
ないこ: 僕は、平気だよ。大丈夫。
……今までも、全部ひとりでやってきたんだから。
鏡の中の闇ないこ: そう。君はずっと、ひとりだった。
その言葉が、心の奥でぐさりと刺さった。
孤独に慣れていたはずなのに――
その一言が、どうしようもなく痛かった。
その日から、ないこの周囲で小さな異変が増え始める。
録音していた自分の声が、一瞬だけ別人のように低くなる。
寝ている間、無意識に何かを呟いている。
鏡に映る“自分”が、笑い方を間違える。
でも、誰にも話せなかった。
それを話した瞬間、「壊れた人」になるのが怖かった。
ないこ: ……大丈夫。これは、僕の中だけの問題だから。
だけど、そう繰り返すたびに、
“闇ないこ”は少しずつ――確実に、この世界に染み出していく。
次回:「第五話:境界」へ続く。