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いつの間に眠ってしまったのか、ランナはヒルのベッドの中で目覚めた。
身を起こして壁掛け時計を見ると明け方4時20分。体内時計の正確さには驚いてしまう。
4時半にアサの部屋に行く約束をしているので、ランナは急いで寝間着からドレスに着替える。
アサの自室に行った事はないが場所は分かる。横に連なる三つの城は構造が同じなので、二階の連絡通路の先にあるはずだ。ヨルの自室もそうだった。
明け方の廊下は薄暗く誰もいない。真っ白な廊下を進むと予想通り、白薔薇や天使がモチーフの装飾が輝く白銀の扉を見付けた。
(なんか、天国への扉みたい……)
ランナは扉の前に立って、その美しい装飾に見入ってしまう。アサは悪魔というよりも天使に近い印象だ。
国王の自室だが見張り番はいない。ノックしてみるが扉が分厚いので返事が聞こえない。ランナはそっと扉を開ける。
「ランナです。失礼します」
扉を開けた瞬間に、視界が白く飛んだのかと錯覚した。アサの部屋は眩しいほどの白に溢れている。
扉の先はリビングで、真っ白なソファにはヴァクト陛下の朝の人格・アサが座っている。その隣に座っていたモニカが立ち上がってランナを出迎える。
「ランナさん、おはようございます。お待ちしておりましたわ」
「モニカ様、おはようございます。アサ様……」
ランナはアサにも挨拶をしようとしたが、モニカの後方のソファに座ったままで立ち上がろうとしない。
アサは微笑んではいるが、いつもよりも生気が弱いと感じる。それは生気を読み取る能力を持つランナだからこそ敏感に感じ取れる。
それにアサはソファの背もたれに背を付けていない。ここでランナようやく気付いた。
「アサ様、傷は大丈夫ですか!?」
ランナはソファの前まで駆け寄ると、床に膝をついてアサの顔を見上げる。短剣で刺された傷が大丈夫ではない事は分かる。
三人格は同じ体を共有している。ヨルが負傷すればアサだって負傷する。そんな当然の事を忘れていた。
「あぁ、ランナさん、ご心配なく。大丈夫ですよ。すぐに治りますから」
傷が痛むはずなのにアサは微笑を絶やさない。こんな状況でモニカに個人的な相談話なんてしている場合ではない。
やっぱり帰ろうかとランナが思っていると突然、アサが白いシャツの前ボタンを外して脱ぎ始めた。
「え、あ、アサ様……?」
正妻のモニカがいる前で何をするつもりなのかとランナは狼狽える。シャツを脱ぎ捨てたアサの白い肩は意外と逞しい。
しかしその下、胸部から背中にかけて白い包帯が何重にも巻かれている。それが傷の深さを思わせてランナの心は落ち込んでいく。
「ランナ様、大丈夫ですわ。見ていてくださいませ」
背後からモニカの声が聞こえたので、ランナは横に移動してモニカと場所を代わった。今度はモニカがソファに座るアサと向かい合う。
アサは背中を向けて座り直す。ちょうど包帯の下にある傷口の部分をモニカに向ける形になった。
モニカは包帯の上から傷口を覆うようにして両手をかざす。その手の内側から白い光が溢れ出していく。
目に見えるほどの強い聖力。その光が何であるかは聖女のランナにはすぐ分かった。
「終わりました。もう大丈夫ですわ、アサ様」
モニカの合図を背中で聞き取ったアサは、後ろ向きのままで背中に巻かれた包帯を解いていく。
長く白い包帯が全て床に落ちると、アサの背中の肌が剥き出しになる。その背中を横から見ていたランナが絶句する。
(傷が……完全に消えてる!)
刺されたはずの背中の傷口が完全に塞がっている。それどころか傷痕すらない。完全に元の白く美しい素肌に再生されている。
モニカは横を向いてランナの驚き顔に笑顔で返す。
「治癒の能力ですわ。アサ様の愛のおかげで私の聖力はここまで高まりましたのよ」
モニカが誇らしげに強調して語るのは、聖女の能力そのものではなくアサからの愛。
聖女は愛によって聖力が高まる。呪いの効果もあるが、どれだけ二人が深く愛し合っているかが分かる。
それを抜きにしても、最高位の聖女くらいしか使えない治癒の能力が使えるなんて素直に感嘆してしまう。
「モニカさん、すごいです……私なんて魔法薬の調合くらいしかできないのに」
モニカへの感嘆というよりランナは自分に対して悲観的になって沈んだ口調になる。
アサはシャツを着て正面を向くと前ボタンを止めながら優しく諭す。
「それこそが、すごいのですよ。魔法薬を調合できる聖女はランナさんとポーラさんしかいません」
そう言われてもランナは素直に喜べない。アサもヒルもヨルも、この能力が目当てで近付いてくるのだから。
表情まで沈んできたランナを見て、アサはあえて明るい口調で話題を変えてきた。
「それにしても、刺されるなんてヨルはよほどの悪人ですね。自業自得ですよ。お友達は選んで頂きたいものです」
アサはヨルの女遊びを皮肉を込めて言い表した。そしてランナのせいではなくヨルのせいだと遠回しに伝えている。
やはりアサは聖人を超えて天使のようだ。負傷したのは自分なのにランナの心の傷を癒そうとしてくれる。
そんな彼の隣にモニカが座ると愛しそうに寄り添う。さらにアサは昨日の件に付け加えてランナを気遣う。
「本当にヨルは危険な男ですよ。ランナさんは彼に何もされませんでしたか?」
「あ、そういえば私、ヨル様に呪いをかけられて……!」
今になって思い出したランナは自分の左手の薬指を見て確認する。そこにあるのは漆黒の指輪……ではなく金色に輝く指輪。
「あれ? 金色に戻ってる! いつの間にか呪いが解けてる!?」
昨日の夜の時点では指輪は漆黒に染まっていた。という事は睡眠中に自然と呪いが解けていたのかもしれない。
アサも興味深そうにランナの指輪を見て何かを考えている。
「なるほど。やはりランナさんには呪いが効かないのですね。そういう事でしたか」
「え? どういう事ですか?」
床に膝をついたまま指を見ていたランナはソファに座るアサを見上げる。
「呪いの効果がないのは、ヒルの魔力が弱いからではなかったという事です」
ランナはまだ訳が分からずに、とぼけた顔をして聞いている。アサの隣のモニカはすでに気付いている様子で頷いていた。
「呪いを打ち消す聖力を持つ聖女。つまりランナさんは最強の聖女です」
アサの口から飛び出した予想外の一言にランナの思考は真っ白に飛んでしまった。