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柔らかな木漏れ日が降り注ぐ、春の午後。皇宮の庭園は、色とりどりの花の香りに包まれていた。
「パパ! おそい! セレナ、おなかすいちゃった!」
芝生に広げた敷物の特等席。カイル殿下の膝の上にちょこんと座っているのは、三歳になった愛娘のセレナだ。
「……すまない。今、ケーキを用意させた」
恭しく皿を差し出しているのは、この国の次期皇帝。けれど今の姿は、どう見てもセレナ専属の――。
(家来一号よね……)
「パパ、あーんして!」
カイル殿下が固まった。
「あ、あーん……だと?」
「はやくー!」
「……分かった。ほら、あーんだ。こぼさないよう、ゆっくり食べるんだぞ」
「おいしー!」
「そうか!」
「ぷっ……ぎゃはははは!」
後ろに控えていたギルバートが、たまらず吹き出した。
「あの『氷の皇太子』が、今じゃ三歳児の家来っすか!」
「うるさいぞ、ギルバート」
鋭く睨みつける。
「パパー! おかわり!」
「ああ。今すぐ――」
「駄目です!」
アンナがすかさず割って入った。
「セレナ姫。ケーキは一日一切れまでですよ。虫歯になってしまいますからね」
「はーい……」
しょんぼりするセレナを見て、カイル殿下が眉をひそめる。
「……かわいそうではないか! もう一切れくらいいいだろう!」
「よくありません! 殿下ったら、セレナ姫を甘やかしすぎですよ!」
「俺がいつ甘やかした」
「アンナの言う通りよ! いい加減、自覚しなさい!」
本人には、これっぽっちも自覚がないらしい。
「ぷっ。殿下、怒られてるじゃないっすか」
ギルバートが肩を震わせる。
「お前はいい加減黙れ!」
ケーキを食べ終えたセレナが、芝生を舞う蝶を追って駆け出した。
「わーい!」
「セレナ、走るな。転ぶと――」
「きゃっ!」
「危ないっ!!」
ほんの少し足をもつれさせただけなのに、カイル殿下がものすごい勢いで地を蹴った。
ズザザザザッ!
芝生へ滑り込み、娘のクッションになろうとする。けれど――。
タタッ。
セレナは自力で踏みとどまった。そして足元に転がっている父親を、不思議そうに見下ろす。
「パパ、なにしてるの?」
「……お前を、傷一つなく受け止めようと……」
思わず吹き出した。三年経っても。いや――三年経ったからこそ。カイル殿下の過保護は、悪化の一途を辿っている。
「セレナ」
立ち上がったカイル殿下の服についた草を払いながら、娘を手招きした。
「もうすぐお誕生日ですけれど、何か欲しいものはありますか?」
「なんでもいいの?」
「ええ」
ちらりとカイル殿下を見る。
「どんなものでも、パパが用意してくださいますわ」
「ああ。任せろ」
家来の誇りをかけるように、胸を張った。
「この俺に用意できないものなどない」
セレナの顔が、ぱあっと輝く。
「あのね! あかちゃんがいい!」
「……はい?」
「セレナ、おねえちゃんになりたいの! かわいいおとうとか、いもうとがほしい!」
「…………」
隣で、カイル殿下が彫像のように固まった。
「パパ?」
「殿下?」
みるみるうちに、耳まで赤くなっていく。そして――救いを求めるような。それでいて、どこか期待に満ちた視線がこちらへ向けられた。
「……ソフィア」
「な、何ですの?」
「今のを聞いたか」
「聞いていましたけれど……」
「娘の願いだ」
「ええ」
「できる限り応えてやるのが、親の務めだと思う」
ものすごく真剣な顔で、何を言っているのよ。この人は。
「お前は……どう思う?」
「…………っ」
今度は私まで頬が熱くなる。
「そ、そんな目で迫らないでくださいませ!」
「真剣な話だ」
アンナが、ギルバートの袖をぐいっと引っ張った。
「ほら、私たちは退散しましょう!」
「え、俺も?」
「いいから!」
アンナに引きずられるように、ギルバートまで遠ざかっていく。私は二人の背中を見送り、扇で熱くなった頬を隠した。
(まったく。セレナの前で、そんな約束させようとしないでよ!)
「……話の続きは、夜に伺いますわ」
***
その夜。セレナが子ども部屋で眠りにつき、静かな時間が訪れた。私は寝室のソファに腰掛け、復興特区の年次報告書に目を通していた。セレナが生まれてから、三年。あの頃始めた産業誘致特区を中心とした復興計画は、少しずつ帝国各地へ広がっている。
最近では、他領だけでなく他国からも視察の問い合わせが来るようになった。
カイル殿下も、これまでの功績を認められ、近く帝位を譲られることになっている。夫婦そろって、相変わらず忙しい毎日だ。
カチャ。
扉が開いた。
「まだ仕事をしていたのか」
「殿下こそ」
入ってくるなり、私の隣へ腰を下ろす。
「……何ですの?」
「いや」
「さっきから、じっと見つめすぎですわ」
「見ていただけだ」
(……なんか恥ずかしいんだけど)
ふっと目元を緩める。
「ソフィア」
「はい?」
「昼間の話だが――」
(やっぱり、その話!?)
表情が、少しだけ真剣になる。
「セレナの願いだから、というだけではない」
「……え?」
「俺も……いつかもう一人、家族が増えたら嬉しいと思っていた」
少し照れくさそうに視線を逸らす。
「セレナが姉になる姿も、見てみたい」
「……私も、同じですわ」
「……本当か?」
さっきまでの顔はどこへやら。ぱっと表情が明るくなる。
「ふふっ。いくらなんでも分かりやすすぎますわよ?」
彼の頬に、そっと手を添える。
「嬉しいのだから仕方がないだろう」
「もう……」
頬に添えた私の手に、カイル殿下の手が重なった。指先を包むように、きゅっと握られる。
「だが――急ぐつもりはない」
「……え?」
「セレナの出産の時、随分つらそうだったからな。お前の身体が一番大事だ」
自然と距離が縮まり――唇が、優しく触れ合った。
「……今はただ、こうしてお前に触れていたい」
「……そういうことをさらっと仰られると、困ってしまいますわ」
「困る?」
「ええ」
「ますます、殿下を可愛がりたくなってしまうではありませんか」
もう一度、そっと唇を重ねた。
「今夜は――もう少しだけ、二人でこうしていませんか?」
「……望むところだ」
少しも離すまいと抱き寄せられ、私もその背中へ腕を回した。そうして――甘やかな春の夜は、ゆっくりと更けていった。
コメント
1件
第70話、めっちゃ良かった! 「氷の皇太子」がセレナの家来一号になってて、もう笑ったわwww 三歳児に「パパ、あーんして!」ってやられて固まるカイル殿下…最高すぎる。 しかも転んだ娘をクッションになろうと滑り込む過保護っぷり、悪化しとる(笑) 夜の寝室シーンも…「お前の身体が一番大事」とか言い出すのズルすぎん? ソフィアの「ますます殿下を可愛がりたくなる」って返しにもニヤけた。 甘々で尊い…これからも見守りたい家族だわ😭🔥