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撮影場所の確保が進み、映画制作は具体的な段階へと移りつつあった。
しかし、もう一つの問題が浮上した。
「美術と小道具をどうする?」
映画のセットや衣装、細かい小道具の用意には、相当な時間と手間がかかる。
大学の備品だけでは不足し、制作費も限られていた。
「細かい装飾とか、演出を考えられる奴が必要だな。」
友が頭をかきながら言った。
「それなら、豪志(ごうし)がいるじゃねえか。」
太力がコーヒーを飲みながら、何気なく言う。
「……あいつ、最近ゼミに顔出してないだろ?」
友が眉をひそめた。
豪志――ゼミの美術・小道具担当だった男。
彼は昔から、ディテールへのこだわりが強く、映画の世界観を作ることに情熱を持っていた。
しかし、「変化を嫌う」性格でもあり、最近は映像制作に対する興味を失っていた。
「豪志に頼むしかねえ。」
奏太は覚悟を決め、豪志の家を訪ねることにした。
その夜、奏太は豪志のアパートを訪ねた。
玄関のチャイムを鳴らすと、ドアがゆっくりと開き、無精ひげを生やした豪志が顔を出した。
「……何しに来た?」
彼の声は、以前のような熱意のあるものではなかった。
「お前に頼みがある。」
「断る。」
即答だった。
豪志はドアを閉めようとする。
しかし、奏太は強引に足を踏み入れ、押しとどめた。
「待てよ!」
「うるさい。帰れ。」
豪志の部屋は、散らかったままの状態だった。
以前は美術の資料や映画関連の本が並んでいた棚も、今はほこりをかぶっている。
「……お前、本当に映画作りをやめるのか?」
奏太は、まっすぐ豪志を見つめた。
「もう興味がない。」
豪志は、投げやりな態度で答えた。
「どうせ、俺がどんなにこだわっても、誰も評価なんてしない。」
「そんなこと……。」
「あるんだよ!」
突然、豪志が声を荒げた。
「俺は、お前らと違って目立つわけじゃない。演出やカメラワークみたいに、直接評価されることもない。」
彼の目は悔しさで濡れていた。
「結局、映画の成功なんて監督の手柄になるだけだ。俺がどんなに頑張っても、誰にも気づかれないんだよ!」
その言葉に、奏太は何も言えなかった。
豪志は、ずっと自分の役割に疑問を抱いていたのだ。
どれだけ努力しても、自分の価値が認められない。
その積み重ねが、彼を映画作りから遠ざけてしまった。
しばらく沈黙が続いた。
やがて、奏太はゆっくりと口を開いた。
「お前の作る世界がなきゃ、俺の映画は完成しない。」
豪志は、顔を上げた。
「俺が描きたいのは、ただの物語じゃない。生きた証を残すための映画だ。」
奏太は言葉を続ける。
「人が生きた証って、何だと思う?」
豪志は、答えない。
「それは、その人が残したものだよ。」
「……。」
「お前が作ったセットや小道具は、確かに一瞬しか映らないかもしれない。でも、それがあるから、映画はリアルになる。登場人物の人生が伝わる。」
奏太は、少し微笑んだ。
「俺は、お前の作る世界が好きだった。」
「……。」
豪志の目が、わずかに揺れた。
「お前の力が必要なんだ。俺たちの映画には。」
しばらくの沈黙の後、豪志は深く息を吐いた。
「……本当に、俺が必要か?」
「必要だ。」
即答だった。
豪志は、顔を伏せたまま、しばらく考え込んでいた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「……条件がある。」
「何だ?」
「俺が作るセットや小道具が、この映画の中でしっかり映ること。」
その言葉に、奏太は微笑んだ。
「当然だ。お前の世界を、俺がカメラで残す。」
豪志は、苦笑しながら頷いた。
「……ったく、お前、しつこいな。」
「お前もな。」
こうして、豪志は再び映画作りの世界に戻ることを決めた。
翌日、豪志はゼミ室に戻った。
「お、帰ってきたな。」
友が嬉しそうに迎える。
「ちょっと黙れ。まだやるとは言ってねぇ。」
豪志はぶっきらぼうに言いながらも、どこか嬉しそうだった。
「それで、どんなセットを作る?」
彼は腕を組み、奏太の顔を見た。
「……主人公が、最後に自分の人生を映すスクリーンを作りたい。」
「スクリーン?」
「そうだ。彼が見てきた景色や、触れたものを再現する空間。まるで、彼の人生そのものが映し出されるような……。」
豪志は少し考えたあと、にやりと笑った。
「面白い。やってやるよ。」
彼は小さく呟いた。
「俺も、何かを残したいんだ。」
その言葉は、豪志自身の決意でもあった。
——誰に認められなくても、自分が生きた証を残したい。
その想いが、彼を再び映画の世界へと導いたのだった。