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 沖縄旅行、ついに当日。
 朝早くのフライトだったにもかかわらず、みことは空港でもずっとそわそわ。
けれど飛行機に乗ってシートベルトを締めた瞬間、すちの手がそっと重なってきて、ふっと力が抜けた。
 「大丈夫、ちゃんと着くよ」
すちの低く落ち着いた声に、安心したようにみことは微笑む。
 機内ではふたりで手を繋いだまま、寄り添ってまどろむ。みことはうとうとしながら、時折すちの肩にもたれたり、手の中で指をくすぐったり。ふと目が合うと、すちが微笑んで「まだ眠い?」と囁いてくる。そんな静かな時間が、心地よく流れていった。
 那覇空港に到着すると、一気に南国の空気。潮の香りと強い陽射しに、ふたりの目もぱっちり覚めた。
 「暑いね……!」
「夏、って感じだね」
 みことが感嘆するように空を見上げ、すちは荷物を手際よくまとめながらレンタカーの手配へ。
 無事に車を借りて、すちが運転席へ。みことは助手席で海沿いの道に目を輝かせる。
 「なんか、映画みたい…!」
「俺たちが主演?」
 軽口を交わしながら、目的地――おきなわワールドへ向かう。
 到着すると、色とりどりの琉球衣装を着た観光客や、沖縄音楽が響く陽気な雰囲気がふたりを迎えてくれた。
 「ここが……おきなわワールド!」
「鍾乳洞とか、琉球ガラスの体験もあるらしいよ。いろいろまわってみよう」
 すちが手を差し出し、みことは少し照れながらもその手を取って歩き出す。
ふたりの沖縄旅行が、ゆっくりと本格的に始まった。
 
 鍾乳洞「玉泉洞」の入り口に立ったふたり。洞窟の中からはひんやりとした空気が流れてきて、外の灼けるような暑さとのギャップにみことは思わず小さく身をすくめた。
 「うわ、涼しい……!」
「気持ちいいだろ。夏の沖縄にはちょうどいいな」
 階段をゆっくり下っていくと、そこはまるで別世界。無数の鍾乳石が天井から垂れ下がり、幻想的な照明が岩肌を照らしている。静かな水音が反響して、まるで自然の神殿の中にいるようだった。
 そんな中——
「……っ、わっ!」
 突然、みことの頭上にポタリと冷たい水滴が落ちてきた。思わず小さな悲鳴を上げ、肩をびくっとすくめる。
 「びっくりした……!」
「はは、今の声、めちゃくちゃ可愛かったな」
すちはくすっと笑いながら、みことの頭を軽くぽんぽんと撫でた。
 鍾乳洞の中は薄暗く、ところどころ足元が濡れて滑りやすくなっている。
 「足元、気をつけて」
「うん……ちょっと怖いかも……」
 するとすちが、そっと手を差し出す。
 「じゃあ、手。俺がリードするから」
「……うん」
 恥ずかしそうに頷きながらも、みことはすちの手をしっかり握る。その体温が、ひんやりした洞窟の空気の中でやけに頼もしくて、心まで温まるようだった。
 「大丈夫、俺がちゃんと見てるから」
「……ありがと」
 すちの言葉に少しだけ顔を赤くしながら、みことは彼の背中を信じてついていく。
 静かな鍾乳洞の中で響くふたりの足音と、時折交わすささやかな会話。
それだけで、十分幸せな時間だった。
 
 鍾乳洞から出たふたりは、まぶしい陽射しに目を細めながらも、次の観光へと向かった。
 「すごかったね……あの世界、ちょっと忘れられない」
「だよね、感動した」
 そのあとは「ハブ博物公園」や「伝統工芸館」などを巡り、沖縄の歴史や文化に触れていった。すちは展示をじっくり見ながら、時折みことの手を引き寄せて解説したり、写真を撮ったり。
みことも自然体で笑っていて、終始穏やかな空気が流れていた。
 そして午後になり、次に訪れたのは「琉球ガラス村」。
 「ここで琉球ガラス体験ができるんだって。すごく楽しみにしてた」
「ほんと?……なんか、すちと一緒に作れるって思うとちょっと緊張するけど」
 工房の中はガラスを吹く炉の熱気でむっとしていたが、それがまた職人の世界を感じさせ、ふたりはわくわくした表情で案内を受けた。
 「じゃあ、どんな形にする?ペアグラスにする?」
「うん……色もすちと合わせたい」
 それぞれのグラスに好みの色を混ぜ、職人さんのサポートを受けながら、ふたりで慎重にガラスを吹く作業が始まる。
 「ふーっ……これ、意外と力いるね……」
「可愛い顔して、ちゃんと吹けてるじゃん」
「ちょ、そんなこと言わないで……集中してるのに!」
 お互いのグラスが少しずつ形になっていくと、みことは何度もすちのグラスを覗き込んでは、
 「それ、すちらしくていいね」
「そっちも。……俺、このグラス、ずっと使うわ。みことが作ってくれたやつだから」
 最後は専用の型に入れて冷却へ。完成までは少し時間がかかるため、後日配送してもらうことになった。
 「……届いたら、一緒にそれで乾杯したいな」
「うん、したい」
 ふたりで作ったペアグラスは、旅の思い出としてだけじゃなく、これからの日々にも寄り添ってくれるような気がした。
琉球の陽射しの中、手を繋いで工房を後にするふたりの影は、どこか未来へと続いているようだった。
 
 
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 夜、ふたりが向かったのは那覇の国際通り近くにある、地元の人にも人気な飲み屋街。
入り組んだ路地に、赤提灯が並ぶレトロな雰囲気の居酒屋に惹かれ、ふらりと暖簾をくぐる。
 「わぁ……にぎやかだね。沖縄の夜って、こんな感じなんだ」
「地元の人も観光客も入り混じってる空気、なんかいいよな」
 すちはカウンター席を選び、みことの肩に軽く手を添えて座らせる。
木のぬくもりが残るカウンターには、泡盛の瓶がずらりと並び、天井からは提灯がぶら下がっていた。
 店のおすすめで頼んだ料理が次々と運ばれてくる。
 「……これが海ぶどう?」
「うん、ぷちぷちするよ。……ほら、食べてみ?」
すちが箸でつまんだ海ぶどうを、みことの口元に運ぶ。
 「……ん、ほんとだ、しゃきしゃきしてる!ポン酢がすっごい合う」
 続いてラフテー、島豆腐の厚揚げ、グルクンの唐揚げ……沖縄の郷土料理をふたりでシェアしながら、ほろ酔いで顔をほころばせる。
 「これ、おいしい……けどちょっと濃い味だね」
「だから泡盛が進むんだろうな」
 すちはみことのグラスに泡盛を少しだけ注ぐ。
「水割りだから、飲みやすいよ」
 「ん……ありがと。……でも、飲みすぎてまた甘えんぼになったらどうしよう」
「それはそれで……可愛いから、いいけど?」
 すちのからかうような言葉に、みことは頬を染めて小さく睨んだ。
 「……帰ったら覚えててよね」
 そんなやり取りに、隣の席の地元の人が笑いかけてくる。「仲いいねぇ、観光?」と。
すちが自然に「はい、沖縄は初めてで」と返し、みことは少し恥ずかしそうに頭を下げた。
 沖縄の夜風と、人懐っこい空気。
お腹も心も満たされて、店を出たふたりは肩を寄せ合いながら、ゆっくりとホテルへの帰路についた。
遠くで聞こえる三線の音に耳を傾けながら──。
 ホテルの部屋のドアが開いた瞬間、みことの瞳がぱっと輝いた。
 「……わぁ、すごい……!」
 高層階に位置するその部屋は、夜の沖縄の海が一望できる大きな窓と、温かみのある間接照明が印象的な落ち着いた空間だった。
木目調のインテリアに、ふかふかのラグ、そして何より──
 「ダブルベッド……!」
小走りで近づいて、ふわりと腰をかける。
 「……ねえ、見て。広いよ……一緒に寝れるね」
 そう言って、みことは嬉しそうにすちに微笑みかけた。
その無邪気な笑顔に、すちの心もやわらかくほどけていく。
 「うん。一緒に寝るに決まってるでしょ?」
 照れたように俯いたみことの髪に、すちがそっと手を伸ばして撫でる。
そのまま、部屋の明かりを落とし、ナイトウェアに着替えたふたりはベッドに並んで横になる。
 「今日、すっごく楽しかったなぁ……」
「明日も楽しくなるよ。……海行くし」
 静かな夜の中、さざ波の音がほんのかすかに聞こえる。
 「……ねえ、すち」
「ん?」
 「……ちゅーして、寝たい……」
 すちはみことをそっと引き寄せ、額に、鼻先に、そして柔らかく唇にキスを落とす。
 「おやすみ、みこちゃん」
「ん……おやすみ、すち……」
 優しいキスに包まれて、ふたりはぴったりと身体を寄せ合いながら、穏やかな眠りに落ちていった。
月明かりが、静かにベッドの上を照らしていた。
 
 
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