テラーノベル
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教室を出ると、夕方の光が廊下を橙色に染めていた。
kzhは当たり前みたいに隣を歩く。
僕は少しだけ落ち着かない。
誰かと並んで帰るなんて、いつぶりだろう。
階段を降りながら、kzhが何か話している。
けれど口元が見えない。
読めない。
僕が首を傾げると、kzhは「あ」と口を開いた。
それからスマホを取り出して慣れた手つきで文字を打つ。
『今の分かんなかった?』
僕は頷く。
『階段だと無理』
そう返すと、kzhは少し考えてから笑った。
『そっか』
たったそれだけ。
なのに妙に安心した。
「なんで分からないんだ」
じゃなくて、
「そっか」
だったから。
昇降口へ着く。
靴を履き替えて外へ出ると、校門の近くで数人の男子がたむろしていた。
昼休みに笑っていた連中だ。
視線がこちらへ向く。
一人が何か言う。
口元までは見えない。
でも笑っているのは分かった。
胸の奥が少しだけ冷える。
その時だった。
kzhが急に僕の前へ立った。
別に睨み返したわけでもない。
何か言ったわけでもない。
ただ自然に。
本当に自然に。
僕と連中の間へ入った。
まるで最初からそこが自分の立ち位置だったみたいに。
「行くぞ」
そう言ったらしい。
口の動きで分かった。
僕は小さく頷く。
二人で歩き出す。
後ろからの視線はまだ感じた。
でも振り返らなかった。
しばらく無言が続く。
住宅街へ入ったところで、kzhがまたスマホを差し出してきた。
『聞いていい?』
僕は画面を見る。
『いつから聞こえない?』
よく聞かれる質問だった。
でも不思議と嫌じゃなかった。
少し考えてから打ち込む。
『生まれつき』
kzhは画面を見て、
それから僕を見た。
変に同情するでもなく、
気まずそうにするでもなく。
ただ一言。
『じゃあすごいな』
思わず瞬きをする。
『何が?』
『読唇術』
返事はすぐだった。
『俺なんか先生の話も半分寝ながら聞いてる』
思わず肩が震える。
また笑ってしまった。
kzhはそれを見て満足そうな顔をした。
『やっぱ笑うじゃん』
僕は少し悔しくなって、
スマホを奪うように受け取る。
『うるさい』
そう打ち込んで見せる。
kzhは声を出して笑った。
もちろん聞こえない。
でも分かった。
笑っている。
楽しそうに。
その瞬間だった。
ずっと胸の奥に張り付いていた何かが、
少しだけ剥がれた気がした。
聞こえないことを知った瞬間、
離れていく人はたくさんいた。
面倒そうな顔をする人もいた。
かわいそうだと決めつける人もいた。
でも。
今日出会ったばかりのこいつは違う。
聞こえないことを特別扱いしない。
分からなければ聞く。
伝わらなければ書く。
ただそれだけだ。
夕焼けの道を並んで歩きながら、
僕はふと思った。
もしかしたら。
高校生活は、
思っていたより少しだけ悪くないのかもしれない。
その時。
kzhのスマホが震えた。
画面を見た瞬間、なぜか表情が曇る。
初めて見る顔だった。
僕が首を傾げると、
kzhは慌ててスマホを伏せた。
『なんでもない』
そう打って見せる。
でも。
その顔はどう見ても、
なんでもなくなかった。
コメント
1件
うわあ、このエピソード、すごく好きです……。kzhが「そっか」って受け止めたところ、あの一言に全部詰まってる気がしました。聞こえないことを特別扱いせず、でも伝わらなければ書くって自然にやってくれる距離感が、読んでいてじんわり温かくなりました。最後のスマホの震え、あの表情の変化が気になって仕方ないです。次が待ち遠しい……!