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仕事でクビになって電車に乗ると、本を黙々と読んでいる小さな男の子がいた。
私は男の子が熱心に読書する姿を見て、彼のことを思いだした。
私には読書家の幼馴染がいる。
顔は思い出せない。
性別は男の子。
名前は……あれ、思い出せない。
彼と別れたのは15年前の秋ごろ、私が10歳の時。
ちょうど今の季節だった。
彼はどんな大人になったんだろう?
私は流れる車窓を目で追いながら、昔のことをぽつぽつと思い返す。
彼は読書が好きな子で、いつも難しそうな黒い本を読んでいた。
明るい茶髪で、光が当たると燃え上がるような夕日色に見える不思議な髪色。
メガネはかけていたかもしれない。
名前は――思い出せない。
電車が駅のホームで止まった。
(おかしいな。まだ到着予定の駅じゃないのに)
「誠に申し訳ありません。信号機の不具合で……」
車掌がアナウンスで状況を説明する。
信号機が故障して緊急停車したらしい。
「……行ってみようかな」
この駅は幼い頃、私が家族と住んでいたマンションの最寄り駅。
彼と出会ったのもこの町なのだ。
私は電車から降りて駅の改札を抜けた。
15年の間にずいぶんと街並みが変わってしまい、今ではすっかり都会だ。
「もうどこにも田んぼがないのね」
田んぼしかなかった小さな田舎町の面影はもう残っていない。
高層ビル、ショッピングセンター
カラオケ、居酒屋、ゲームセンター
ネットカフェ、カプセルホテル、コインランドリー
子供のころにはなかったものばかり。
当時10歳だった私は田舎では珍しい高層マンションの44階に住んでいた。
ベランダへ出て真下を見ると公園があり、母親に「いってみたい」と話したら、ビンタが飛んできた。
私が母親に叩かれたのはそれがはじめてじゃない。
「あの公園は行ってはいけない場所なのだ」と幼心に深く刻みつけられた一方で、好奇心が大きく膨らんだ。
そして衝動を抑えきれなくなった私は夜中にこっそりとマンションを抜け出して公園に一人でいった。
公園にはベンチで本を読んでいる男の子がいた。
他には誰もいない。
だって、真夜中だったから。