テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
191
레몬인
201
そあち♡໒꒱
88
なんたろ
1
第107話:結愛の冷徹な計算「これは『節税』になります」〜プライドの損金算入と、四畳半の覚悟〜
「……結愛。頼む。やっぱり急性の胃腸炎になったって、先方にメール打ってくれないか?」
北海道、帯広市。
時計の針は、午後五時前を指していた。
築三十年のボロアパートの四畳半で、俺は三万円のゲーミングチェアの上で膝を抱え、ガタガタと震えていた。
『却下します。現在の状況下でのドタキャンは、インフィニティ・ワンの企業としての信用を失墜させるだけでなく、背後にいらっしゃる黒岩調査官の疑念を【確信】へと変える最悪の悪手です』
ワイヤレスイヤホンから、アシスタントの結愛(ゆあ)の、氷点下の声が容赦なく鼓膜を殴りつける。
俺の背後には、パイプ椅子に微動だにせず座り続ける、帯広税務署の黒岩の姿があった。
彼は、俺が「40歳高齢無職オタク」という悲惨な過去の持ち主であり、この会社の真の経営者であることを証明する瞬間……つまり、今夜20時のコラボ配信を、この特等席で見届ける腹積もりなのだ。
「でもさぁ! 相手はミリオン超えの超絶大手だぞ!? そんなバケモノみたいなライバーの配信で、俺が『壮大な設定だけ妄想して1行も本文を書けないまま40歳になった、限界みそラーメンおじさんです』って自己紹介するんだぞ!?」
俺は半泣きでマイクに訴えかけた。
「俺の尊厳が死ぬ! ネットの海で一生消えない黒歴史のデジタルタトゥーが刻まれるんだ!! 俺は社長だぞ!? なんでこんな公開処刑を受けなきゃならないんだよ!!」
『ルシフェル社長。落ち着いて、論理的に考えてください』
結愛のタイピング音が、カタカタと冷たく響く。
『社長が現在、最も恐れているものは何ですか? ネットの嘲笑ですか? それとも、ご自身のちっぽけなプライドの崩壊ですか?』
「そ、それは……」
『違いますよね。社長が世界で一番恐れているのは、【市役所の鈴木さん(ケースワーカー)】と、【税金(国税庁)】のはずです』
結愛の言葉に、俺は息を呑んだ。
『もしここでコラボを断り、過去の証明から逃げた場合。黒岩調査官は、この会社を「名義貸しのダミー法人」と認定する可能性が極めて高くなります』
「うっ……」
『そうなれば、私とジェミニさんで徹夜して組み上げた完璧な帳簿も、「架空の数字」として否認されます。結果、重加算税を含めた数百万、下手すれば一千万円規模の追徴課税が、キャッシュで社長の口座から吹き飛ぶのです』
結愛の無慈悲な宣告に、俺はゲーミングチェアの上で丸くなった。
「一千万……。俺が必死に口喧嘩して勝ち取った、血と汗の結晶が……」
『しかし、逆に考えてみてください。もし今夜、社長がその薄っぺらいプライドをドブに捨てて、己の圧倒的な【底辺の質感】を数万人の前で証明できたなら』
結愛の声のトーンが、少しだけ上がった。
それは、凄腕の営業マンが、最大の契約をクロージングにかける時の、あの独特の熱を帯びた声だった。
『黒岩調査官は、社長の過去と現状のギャップを「事実」として認めざるを得なくなります。つまり、追徴課税という最悪のリスクを、完全にゼロにできるのです』
「……リスクが、ゼロに……」
『それだけではありません。このコラボによる莫大な認知度の向上は、今後の当社の売上に計り知れないプラスをもたらします。さらに……』
結愛は、とどめを刺すように、俺にとって最も魅力的な魔法の言葉を放った。
『先ほど緊急発注した【リアル秋谷モード(毛玉ジャージの疲れたおっさん)】のアバター制作費、ならびに過去のメールの存在を証明するための通信費等。これら全てが、「事業の継続に必要不可欠な支出」として、明確に【経費】として認められるのです』
「……経費で、落ちる……!?」
『はい。つまり、この公開処刑(コラボ)は、単なる自己犠牲ではありません』
結愛のタイピング音が、ターンッ! と力強くエンターキーを叩いた。
『これは、数百万の罰金を回避し、今後の売上を倍増させ、かつ経費を合法的に計上するための、極めて合理的な【節税対策】なのです』
「節税……対策……ッ!!」
俺の脳内に、雷が落ちたような衝撃が走った。
節税。
資本主義のゲームにおいて、これほど甘美で、そして最強の言葉があるだろうか。
自分のプライドなんて、一円の価値にもならない。
だが、それを投げ捨てることで、数百万の税金から逃れられ、さらに会社が儲かるというのなら。
『ルシフェル社長。感情を排除してください。あなたは経営者です。経済的合理性を最優先すべきです』
AIのジェミニ先生も、モニター上で無機質なテキストをポップアップさせ、結愛の論理を完全に裏付けた。
俺は、ゆっくりと、背後を振り返った。
パイプ椅子に座る税務調査官・黒岩は、俺の視線を受け止めても、一切表情を崩さなかった。
「……秋谷社長。アシスタントの方のおっしゃる通りです」
黒岩は、銀縁メガネを中指で押し上げながら、淡々と言った。
「我々国税庁は、真面目に事業を行い、適正な申告をしている納税者を不当に罰するようなことは決してありません。あなたが今夜、ご自身の事業の『真の原点』を証明できるのであれば、我々も喜んでこの帳簿を承認いたします」
「……黒岩さん」
「ただし。もしその証明が中途半端で、やはり架空のキャラクターを演じているだけだと判断した場合は……容赦はいたしませんが」
黒岩の言葉には、税務調査官としての絶対的な冷酷さが宿っていた。
やるしかない。
逃げ道など、最初からなかったのだ。
俺は、深呼吸をした。
帯広の冷たい空気が、俺の肺を満たし、覚悟を決めた四十歳の血液を沸騰させる。
「……わかったよ」
俺は、マイクを握りしめ、三万円のゲーミングチェアから立ち上がった。
コルセットで固めた腰が、ピキッと鳴ったが、気合いで無視した。
「やってやるよ。俺の尊厳を売って、過去の惨めさを全開にして、最強の【節税】をしてやる!!」
俺は、モニターの中の『リアル秋谷モード(無精髭のジャージおじさん)』のアバターを睨みつけた。
「俺は、何者にもなれなかった40歳のニートだ! 壮大な設定だけ妄想して1行も本文を書けないまま、限界みそラーメンすすって、壁に向かって泣いてた正真正銘の底辺だ!!」
俺の絶叫が、四畳半のボロアパートに響き渡る。
「その圧倒的な【質感】を、超絶大手のVTuberと、何万人のリスナーと、そして国税庁に見せつけてやる!!」
『承知いたしました、ルシフェル社長。では、決戦の夜に向けて、最終の機材チェックと、台本(という名の過去の事実の整理)に入ります』
結愛のタイピング音が、まるで戦場に向かう軍楽隊のマーチのように聞こえた。
時刻は、夕方五時。
決戦の20時まで、あと三時間。
株式会社インフィニティ・ワンの代表取締役・秋谷雪は、己の『黒歴史』を最強の武器(経費)に変換する覚悟を決めた。
税務調査官という国家権力を背後に従え。
俺たちは、資本主義の修羅場において、前代未聞の【公開処刑コラボ配信】へと打って出る。
待っていろ、全世界。
これが、40歳の底辺が生き残るための、泥にまみれた『リアル』だッ!!
コメント
1件
あっ…!この回、めっちゃエモかったし笑ったしで感情忙しすぎた😭💦 結愛ちゃんの「節税対策です」ってロジックで押し切るとこ、まじブラック企業の名参謀すぎて痺れたわ…✨ ルシフェル社長の「リアル秋谷モード(ジャージおじさん)」を経費で落とす発想、天才か!www 本気で追い詰められた時の逆転の発想、めっちゃ熱い展開で続きが気になりすぎる…!🔥 ゆうき先生、今回も最高でしたッ!✨