テラーノベル
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二階の窓から外を見下ろすと、子どもたちが楽しげに走り回っている。先生にぎゅっと抱きしめてもらっている子もいた。その光景に、ついため息が漏れる。
俺も甘えたい人生だったよ。姉とか妹に囲まれて何も考えずにダラダラしてぇ。
あと彼女も欲しい。できれば優しくて、料理できて、顔可愛くてスタイルもいい人。あとは強いていうなら、常に笑顔な子がいいな。
あと金持ち。
そこまで高望みしてないのに、なぜこうも出会いがない?
自分の条件に合った子と話すことができる出会いの場に高い金を払ったのに、まだ1人の女の子としか出会ってない。
ちなみにその子とのデートは、出会って数分でビンタ一発。「最低。」と言い残して、そのまま去っていった。
俺は何も悪いこと言ってないのに。なんか思い出すだけでイライラしてきた。
窓を閉めて時計を見ると、朝の9時。仕事を始めなきゃいけない時間だ。
軽く体を伸ばして支度を整える。壁に飾ってある俺の大好きなアイドルのポスターを見て玄関を出た。
雲ひとつない快晴に鼻歌まじりで歩き出すも、仕事場が近づくにつれて自然と気分が沈んでいった。
「相変わらず、ここは汚いな。」
窓に映るのは割れた酒瓶、酔い潰れて倒れる人、道端で吐いている者たち。見ているだけで気分が悪くなる。
うつむいたまま扉に手を伸ばすと、不意に肩を叩かれ、体が跳ねた。
「おはよう、カイル。今日もいい天気だし、テンション上がるでしょ?掃除、よろしくね。」
声の主は顔見知りの冒険者、クインツ・セルビア。そこそこ名のある冒険者だ。
かっこよくて頭もよくて、モテる。しかも、パーティメンバーは全員女子という意味不明な構成。戦闘でも華麗な剣技を披露し、仲間たちからの信頼は絶大。 酒場に行けばいつも美女に囲まれ、どのギルドに顔を出しても「クインツさん」と呼ばれる。俺みたいな掃除屋さんとは世界が違いすぎる。
さらに、貴族とのコネも持っているという噂も聞いたことがある。
なんやねんこいつ。
そんな華やかな人生を送ってるくせに、妙にさっぱりした性格で、偉ぶるわけでもない。 むしろ人懐っこいタイプだから、ギルドの誰とでもすぐに打ち解けるし、女だけでなく男の仲間も多い。 いつも遠巻きに見ているが、アイツは気づけば俺に話しかけてくる。
なんやねんこいつ。
「最悪だよ。二つの意味でな。」
少し語気を強めると、セルビアは首をかしげた。
「なんで?二つって、もう一つは?」
“おまえだよ”と返したかったが、口には出さずに飲み込んだ。
この汚れきった冒険者ギルドの一階を掃除しなければならない現実が、そんな余裕すらも奪うのだ。
「まぁ、気分が悪い日もあるさ。前向いていこうぜ。」
そう言い残し、セルビアは去っていった。
「元気な奴だよ、ほんとに。」
俺は静かにモップを取りに向かう。
「どんだけ飲んでんだよ。これ、何本あるんだ?」
床に転がる酒瓶の山をじっと睨みつけた。イラつきが込み上げ、軽く念じると、瞬く間に大量の瓶が消え去った。
拭き掃除を始め、酔い潰れた冒険者たちを起こす。周りを確認して、ようやく今日の掃除が終わった。
片付けを終え、次の場所へ向かおうとした矢先、外から大きな物音が響いた。
気になって扉を開けると、目の前には漆黒の高級馬車が近づいていた。
静寂を切り裂くように、ゴトゴトと重厚な馬車の車輪が石畳を踏みしめる音が響く。
漆黒の馬体を持つ馬は鼻息を荒げ、鋭い蹄で地面をならす。車体には王国の象徴であるドラゴンの紋章が誇らしげに刻まれている。
馬車が完全に止まると、この場の空気を支配するかのように、深い沈黙が辺りを包んだ。
その堂々たる存在がギルドの荒れた雰囲気を一変させる。
「うわ、すげぇ。」
言葉が自然と漏れる。王族の馬車をこんな至近距離で見るのは初めてだ。 黒塗りの車体が朝の陽光を鈍く反射し、異質な威圧感を放っている。
そんな俺を余所に、馬車の扉がゆっくりと開く。軋み音とともに、一人の男が姿を現した。
鋭い瞳が、まるで獲物を見定めるように俺を貫く。 鎧は洗練された曲線と重厚な装飾が施され、王国の紋章が肩に刻まれている。
金属部分には細かい刃の傷が散りばめられ、歴戦の証が如実に浮かんでいた。
彼の背は高く、並の冒険者よりも頭一つ分は大きい。石畳を踏むたびに鈍く響く音が、耳から離れない。
そして、何よりも異質なのは、その存在感だった。 彼はただ立っているだけで、周囲の者は息を詰まらせ、無意識に後ずさった。
威圧的で低い声が響く。
「貴様が、カイル・アトラスか?」
俺、こういう怖い人ほんと無理。 掃除のときに「そこ、拭き残しだぞ」って怒鳴りそうな感じがするし。声は低音で地響き、顔は一歩間違えたら指名手配。絶対パワハラするタイプだ。
……え、今なんか言った? 怖すぎて内容が耳に入ってこねぇ。
「え、なんて?」
自分でも情けないと思うくらい素っ頓狂な裏声が出た。周囲の視線が一斉にこちらを刺す。
頼むから見ないで……。 そこの赤髪の子、目逸らすの早すぎるって。….ちょっと可愛いなこの子。
男が無言で一歩前へ。 ブーツが石畳を叩く音が、処刑の足音にしか聞こえない。
「何度も言わせるな! 貴様がカイン・アトラスなのかと聞いておるのだ!!」
その声で、胃のあたりがぎゅっと縮む。足が固まり、手がわずかに震えた。 やばい、さっきの朝食が逆流しそう。
でも冒険者ギルドで変人コレクションみたいな連中と関わってきた俺だぞ。 そろそろ成長したとこ見せなきゃ。
あと、さっきの赤髪の女の子がちょっとじゃなくて結構可愛い。俺、今、見られてる。見せろ俺の勇気。見せろ俺の男気。いけカイル!
そう決めた直後、口から出たのはーー
「まだ2回目ですよ!」
なんか違う。ちょっと今のはダサかったな。もっとこう、低音で「……誰にモノ聞いてんすか?」とか決めたかったのに。
でも男の眉がピクリ。効いた……? 効いたっぽい!
してやったりだ。俺は負けっぱなしの男じゃない。赤髪の女の子と目が合った。 猫顔っていいよねぇ。ウィンクしてあげるよ。
「貴様、なめるのもいい加減にしろ!! こちらにはもう時間がないのだ。はっきり答えろ。貴様がカイル・アトラスなんだろう?」
はいはい、やっとわかった。名前聞きたかったのね。 なら最初から、 「失礼ですが、カイン・アトラスさんでいらっしゃいますか?」 って言ってよ。口調が完全にヤクザなんだよ。
「はい、そうです。」
砂埃を払うようにパンパンと手を叩いて立ち上がる。 男はじっと俺を見据えたまま、静かに頷いた。
「やはり貴様か。もう時間がない。今すぐ馬車に乗れ。」
その言い方がまたムカつく。 さっきまで怒鳴ってたやつが、今さら“仕事人”みたいな口調すな。俺のビビり損、返してくれ。
「そうなったら、俺のバイト代はどうなるんです?あと、マッチポイントの代金もまだ払ってないんですよ!!」
男は一瞬、動きを止めた。やや引いた顔。こっちの予想通りの反応だ。俺は交渉力でバイトのクビを乗り切った男だからね
「なんだそれは!!さっきからふざけるな!!」
ふざけてるだと?こっちは真剣に恋がしたいんだよ!!
「マッチポイントっていうのは、出会いの場のことですよ!!まだ、スマッシュが決められずに困ってるんですよね。」
その言葉に誰も笑わなかった。めっちゃ面白いのに。この男のせいで台無しだよ。こいつはろくなラリーも出来ないんだろうな。
「もういい!!金のことはこっちに任せろ!だから早く乗れ!!」
腕をぐいっとつかまれ、そのまま力任せに馬車に押し込まれた。
俺、男に腕引っ張られたの人生で初めてなんだけど、すげぇ嫌な気持ちになるなこれ。 はぁ、俺は女の子に腕を引っ張られたい人生だったよ。
「チェンジで」
でも、最後の最後まで、抵抗するのがクールってもんだろ? 赤髪の子は俺のことずっと見守ってくれたし。今の俺どんなふうに映ってるんだろ。
決めた。あの子を最初のヒロインにしよ。
──なんでこっち見てニヤけるの? 怖いんだけど。
さっき騎士に怒鳴られてたよね? うわ、ウィンクしてきた。きも。
え、連行された……? あ、うん、納得。そりゃそうなるわ。っていうか、どの面下げてウィンクしてんだよ。
よかった、関わらなくて。
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