テラーノベル
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軽薄なお決まりのセリフを口にして笑ったのは――、尊さんだ。
「えっ!? 何で!? なん……っ、えっ? えぇええっ!?」
私は立ち上がり、周りの人が思わずこちらを見るほど大きな声を上げて驚きを表す。
「えぷしっ!」
その途中で、横を向いて思いきりくしゃみをした。
「あーあ、もう……」
尊さんは呆れたように言って笑い、立ちあがると自分のマフラーを私に巻いてくれた。
……あぁ、いい匂い。
「マフラーしてこなかったのか?」
「……だって、実家行くだけだったから」
「ほら、手も冷えてる」
そう言って、彼は自分の黒い革製の手袋を私の両手に嵌めた。……あったかい。
「……へへへ。おっきい」
「体冷やすなよ」
尊さんはポンと私の頭を撫で、空になったお茶のペットボトルを自分のコートのポケットに入れた。
「なんか体が温まるもんでも食うか? ……ここにいるって事は、中華街でなんか食ったか?」
「ううん。何も」
さっきはまったく食べたくなかったのに、隣に尊さんがいると思うだけで、現金にも空腹になってきた。
彼はゆっくり歩き出し、隣を歩く私は、ある事がしたくて手袋を片方脱いだ。
「はい、これ」
「ん?」
私は尊さんの右手に手袋をキュッキュッと嵌め、彼の左手を握った。
「了解」
私の意図を汲んでくれた尊さんは、クスッと笑って繋いだ手を自分のコートのポケットに入れる。
(好きだー!)
私は悶えて足をバタバタさせたいのを堪え、俯いて思いきりニヤニヤした。
「……で、俺がここにいる理由だけど」
「はい」
気になっていた事を言われ、私はニヤつく口元をキュッとすぼめて返事をする。
「『YOU』」
「ユー?」
私は思わずオウム返しに尋ねたあと、「あっ」と声を上げた。アプリだ。
『YOU』は恋人用にも使えるし、ビジネスでも使えるアプリで、特定の相手とスケジュールを同期し、通話やメッセージも使える上に、位置情報も確認できる。
なんでも共有したい恋人にはぴったりだし、仕事でも秘書がよく使うらしい。
付き合い始めた頃に、予定を共有するのに二人でアプリを入れる事にし、位置情報の事なども確認されたけれど、特に抵抗はなかった。
まさかそれが役立つとは……。
スマホは亮平にとられたままだけど、私はスマートウォッチ派なのでそちらを追跡してくれたんだと思う。
「あんまり位置情報を多用するのは良くないと思ったけど、さっき電話の向こうに誰かいたみたいだったし、変な雰囲気だったから問答無用で使って、車をかっ飛ばした。……無事で良かったよ」
言われてその時に気づいたけれど、尊さんは慌てて出てきたような格好をしていた。
いつものように髪をセットしてないし、むしろ寝癖がついてる。
カーキ色のモッズコートの下は、オレンジのパーカーとジーンズ。靴はスニーカー。いつもなら考えられないカジュアルさだ。
(……でもそんな尊さんもカッコイイ……)
イケメンは何を着ても似合ってしまうのだ。たとえ寝癖がついていてもカッコイイ。むしろ可愛い。
「……なんで横浜にいる? 今日、実家に行くんじゃなかったのか?」
尊さんは戸惑った顔で尋ねてくる。
そうなるのは無理ない。私だって想像していなかったから。
「……亮……、……継兄が迎えに来たんだけど、途中から変な感じになって、
車でそのまま……」
気まずく言うと、尊さんは「あー……」と納得したように声を漏らして何回か頷いた。
「変な事はされてないか?」
「うん、大丈夫です。あの人、変な空気は醸し出すけど、私に手を出す勇気はないと思う。ヘタレだもん」
「……〝いつもの事〟か……」
尊さんは溜め息混じりに言い、私の手を握っている手に少し力を込める。
「……家族間の事だろうけど、今度からは俺に相談してくれ。家族仲を壊す真似はしない。でも朱里の気持ちを楽にする手助けをできるかもしれないし、失礼にならない範囲でお兄さんに一言いう事もできる」
「……はい」
尊さんの思いやりのある言葉を聞いて、今になって恋人ができた実感を得た。
亮平や美奈歩の事は、今まで母に言う事もできず、一人で対処するしかなかった。
恵や昭人には話を聞いてもらっていたけれど、『何か言おうか?』と言われても事態が悪化するのを怖れて辞退していた。
でも尊さんなら、事を荒立てずに上手に私を守ってくれるかもしれない。
(……守られてるんだ。……頼っていいんだ……)
誰かに頼り、縋ってもいいのだと思うと、フッと肩の力が抜けたような気がする。
なんでも『一人でやらなきゃ』と思っていた私には、些細な事であっても大きな変化だった。
「…………っ」
立ち止まった私は、尊さんに抱きつく。
「ん? どうした?」
彼は私の頭をポンポンと撫で、優しい声を掛けてくる。
「…………っ、ありがとう……っ、――――ございます……っ」
涙は堪えたけれど、声は震えてしまった。
その声を聞いて、尊さんは何か感じたんだろうか。
「大丈夫だ。俺が守る」
彼は理由を深く聞かなかったけれど、そう言って優しく私を抱き締めてくれた。
「っ~~~~……っ」
――ありがとう。
泣いたら困らせると思って我慢したのに、次から次に涙がポロポロ零れてしまう。
尊さんは嗚咽する私を抱き締め、人目から守るようにコートの中に入れてくれた。
コメント
2件
尊さんが危険を察知してくれて本当に良かった…😢
アプリを共有しててよかった🥹尊さん朱里ちゃんのメッセージと突然切れたスマホで危険を察知してすっ飛んで出てきたんだね😭よかった…温かいコートの中で少し気持ちを落ち着かせよう🥺