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「部屋に備え付けのお風呂もあるのに、大浴場もあるんだね。この学園、本当に広くて冒険し甲斐があるな」
「あ、はは、そうだね……」
アルフレートが学園に来て一週間が経った。
その間、特別としていつものクラスではなく、別のクラスで授業を受けた。もちろん、ランベルト対策だ。だが、あの後ランベルトが教師に直談判をし、僕とアルフレートにクラスに戻ってきてほしいといったため、来週から元のクラスに戻ることになる。
学園側からしたら、勇者であるアルフレートに何かあってはいけない。彼を守るためならば、いかなる手段を用いてもいい、というような方針らしく、ランベルトから遠ざけるというのは満場一致だったらしい。でも、ランベルトから頭を下げたという話を聞くと、彼も彼で反省した……のだろうか。
(というか、何で――)
「テオの腰は細くてしなやかだね。ああ、あと、肌もすべすべで赤ちゃんみたい。綿毛みたいな髪の毛もすごくかわいい」
「ああああ、あある、アル! ここ、大浴場だからね! 声響くからやめて!」
アルフレートの声はよく通る。だから、こんな広い大浴場でしゃべられたら、全身にアルフレートの声を浴びてしまって脳がおかしくなる。耳元でふっと息をかけられるように話されているのも原因かもしれないが、何よりも、彼は僕に密着しすぎていた。
鍛え上げられた筋肉質な身体が僕の貧相な身体にあてられ、発達した腕に体をからめとられて、自分の匂いを擦り付けるように僕の頬に張りのある頬を擦り付ける。アルフレートの黄金色の髪が、僕の綿毛の髪に溶け込んでいく。絡んじゃいそうで、結ばれちゃいそうで。
(二人だけじゃ、広すぎるよここ。どうして、こんなことになったんだっけ)
大浴場は、男二人がいてもまだまだスペースが余った。本来であれば、部屋の風呂もしくはシャワーを使わない学生がここを利用する。裸の付き合いも大事だろ! と、剣術や体術の教師、元は軍人だった教師が言い出したのが始まりで作られた場所だ。
それで、ちなみに、この大浴場に来たのはアルフレートが、共有風呂を見たいからという理由だ。
もちろん、アルフレートの頼みなので、学園側は、アルフレートだけが使えるようにと、他の生徒の大浴場の出入りを禁止した。一日だけだったが、アルフレートは「そんなことをしなくてもいいのに」と肩を落としていた。普通の学生として扱ってもらうことは不可能らしい。
(勇者だから、仕方がないよ)
アルフレートもわかっているだろう。
僕だって、アルフレートが勇者じゃなかったらって何度も思ったし、そしたら普通に僕たちは何の隔たりもなく暮らすことができただろうし。けれども、勇者という彼の身分がすべてを邪魔する。彼自身、それがある意味で枷になって、特別扱いされて、普通ではいられない。
だが、一つ良かった点があるとするのなら、僕が今度はアルフレートのお目付け役になったということだろうか。
同郷のものだから、アルフレートが心をゆるしていて、彼に唯一命令できるのが僕だからという何とも皮肉な理由で押し付けられた。僕としてはありがたいけど、アルフレートがそれで喜んじゃって、なんの。
僕は、悪役令息になる……はずのランベルトの腰巾着から解放されたというわけだ。多分、一時的に。
「アル、恥ずかしいって」
「んー? 何が?」
「二人きりだからって、そんなべたべたって。その、恥ずかしい」
もごもごと口を濁す。
昔はそれでよかったかもしれないけれど、今はもう大人になったわけで。あの頃とは勝手が違う。あの頃は意識していなかったことを意識しちゃうし、好きな人にそんなふうにべたべたされて、勃つものが勃たないわけがない――が、さすがにそんなことは到底言えない。それこそ、恥ずかしいから。現に、タオルで腰から下を隠しているのはそういう理由だ。でも、脱衣所で脱ぐ際に、アルフレートのは見えちゃったけど。
アルフレートはきょとんとして「テオは恥ずかしがりやだね」と言って笑っていた。
(……君が距離が近いの!)
恥ずかしくなってうつむくと、アルフレートの手が僕の顎を掴んで持ち上げた。かっと頬が熱くなるのを感じて、すぐに顔を背ける。
しかし、彼は無理やり僕に顔を向けさせた。
「テオ……すごくかわいいよ」
アルフレートの大きなアーモンド形の目が、僕の動揺をあらわにして泳ぐ様をみている。顎を掴んでいる手も、僕を逃がすまいと固く固定されている。
アルフレートの白い頬は、薄く染まっていて、なんだか色っぽい。彼の視線は熱っぽいもので、普段のものとは違っていた。獲物を狙うようなそれに僕は息を飲む。
「あ、る」
「テオ……」
彼はゆっくりと顔を近づけてくる。
何をされるのかなんてすぐにわかるけれど、僕は拒むことができなかった。せめてもの抵抗というか、羞恥心を外へ逃がすために目を瞑れば、ちょっと期待していたそれは一向に訪れなかった。
「…………え?」
「テオ、かわいすぎ。ダメ、鼻血出てきた」
「あ、アル!?」
さすがに冗談かと思って目を開けば、片手で口を覆って、その指の上にたらたらと赤いものが流れているのに気付いてしまった。ぎょっと目を向いて、僕があたふたとその場で手を上下させれば、アルフレートは楽しそうに「ひよこみたいでかわいい」と言い出す。さらに、流血量が増えた気がする。
「どどど、どうして、鼻血!」
「だって、テオがかわいすぎるんだもん。キスされるの期待してたんでしょ。ははっ、恥ずかしくて目ぇ、閉じちゃってたけど、唇をむって突き出して、キス待ちしてた。ああ、かわいすぎるテオ。食べちゃいたい」
「やめてよ! そ、そんな、顔してないし」
口にされるとさらに羞恥心が加速する。抵抗がかえってアルフレートを興奮させる材料になっていたんて。それに、キスされるって僕もわかっていたから、期待して、口を突き出していたなんて。
穴があったら入りたかった。でも、アルフレートはバカにしないし、それをかわいいといってくれる。僕としては、かわいいは誉め言葉じゃないんだけどな、と思うし、かっこいいって言ってほしい。でも、かっこいいって言葉は、アルフレートに似合う言葉だと思っている。
「キスしてほしいの?」
「い、いいよ。もう! それに、もう今日は三回したでしょ。ダメ!」
「でも、テオからのチューなら、カウントされないでしょ?」
何その屁理屈!
というか、僕がキスしてあげる前提になっているのがよくわからなかった。アルフレートとのキスは気持ちいし、その前後のこと全部忘れちゃうくらい濃厚だ。どうやって、そんなキスのテクニックを身に着けたか聞きたかったが、もし他の人としていたら怖くて聞けなかった。アルフレートに限ってそんなことはないけど。だから勝手に、キスがうまくなる加護を持っていることにして、僕はされるがままに彼の唇を受け入れていた。
思えば、自分からアルフレートにキスをしたことはなかった。
チューなんてかわいい言葉で言うが、アルフレートの場合チューじゃなくて、ジュルジュルだし。くちゅくちゅ……って。言い表せない音の数々をこれまで聞いてきて、キスとは何だとその定義から考え直している最中でもあった。とにかく、アルフレートとキスしたら、十分以上は唇離してくれないし、酸欠になるし、あと唇腫れちゃうし。一日三回でも多いのだ。それも、必ず約束を守るよう毎日。
アルフレートは僕の腰を抱いて、どう? と笑いかけてくるが、僕は迷わずノーと彼の口にバッテンと指で押し当ててやった。パチパチと、ラピスラズリの瞳が瞬く。いつの間にか、彼の鼻血はとまっていた。
しかし、ほっと胸をなでおろした次の瞬間、するりと腰辺りが撫でられた。
「じゃあ、こっちならいい?」
「こっちって、どっち!? ひぁっ」
「あーかわいい。テオ、もしかして敏感?」
タオルを上から捲いているのだが、それを脱がさんとする勢いで、腰を……お尻を撫で始めたアルフレートに今度はその手を止めるべく対抗する。だが、アルフレートの力にかなうはずもなく、尻たぶを掴まれ、両側からむにっと広げられるようにされ、かっと頬が熱くなる。だって、つまり、そういうことでしょ。
狙われていると僕は、首を横に振った。まだ早い。性急すぎる。
「ね、ねえ! 本当にダメなんだよ。そこは、ダメ」
「そうなんだ? じゃあ、気持ちよくなれるようにいっぱい触るね。テオが僕なしじゃ生きられないくらいになるくらいまでいっぱい……ね?」
ね? じゃない、それは困る!
慌てたときにはもう時すでに遅しだった。アルフレートの両手の指先が僕の尻をいやらしく揉み始めたからだ。円を描くように撫でられて肩がビクビクと震えた。どんどん感覚が、感度があがっていって、ぞわぞわとしたものが下から上へと上がってきている。
「アル……っ」
やめてほしいけど、好きだし、気持ちいし、強く突き放すことはできない。それに、いくら僕が引き離そうと彼の胸板を押すがびくともしないから。身長差だけでは片付かない、バカ力。相手は勇者。はじめから勝てるわけがなかった。
「あっ」
彼が僕の下腹部をむにっと掴んできたものだからぎょっとした。そこは今さっきそういう気分になりかけていた部分だ。
敏感な部分を優しく包むように触る。反応を見るように、ツンとこれまたソフトタッチで先端に触れれば、僕の身体はバカみたいに跳ねた。反応が分かりやすい、というようにアルフレートは笑っている。ふふ、なんて嬉しそうな声が時々降ってくるからまた顔の温度が上がる。
「や、アル、そっちは」
「ほら、テオのここも期待しているみたいだよ?」
「そんな、違う、違うから。アル」
タオルを押し上げているそこに気付いて、かっと顔が熱くなる。だって、それはアルフレートに触られたからであって……。でも、それを言う前にアルフレートが僕の腰を掴んで引き寄せてきたので、僕はバランスを崩した。そのまま彼に抱き留められる。
「うぅ……」
「テオ……かわいいね」
そのまま、頬にキスされ、耳にキスをおとした。これで、一日三回のルールは越えているはずだけど、唇じゃないからノーカンなんだろうか。
耐えきれなくなって、倒れるようにアルフレートにしがみつくと、彼はしっかりと支えてくれた。優しいけど、そうじゃない。
「あ……る」
「テオ、いいでしょ? テオだって、俺を――」
と、アルフレートが言いかけたとき、はらりと彼の腰に巻いていたタオルが落ちた。瞬間的に僕は彼の下半身に目をやってしまう。見なければよかったと、後から後悔した。
「ひっ!」
「て、テオ! テオ――ッ!?」
逃げ出した。脱兎のごとく。
そういう知識があるわけじゃないけれど、セックスするつもりだったんだろう。僕はきっと、受け入れる側だ。女役? とかいうのだろうか。まあ、どうでもいい、名称なんて大した問題じゃない。
そういう流れかあ、でも、アルフレートは恋人のように大事にしてくれるし、両思いだしいいかと軽く考えていた。けれど、アルフレートの股間を見て思った。絶対に無理だ。ムリムリムリ。
それは、僕のちっぽけな男性としての威厳や尊厳を木っ端みじんに破壊するほどの威力を持ったブツ。あれはブツだし、魔物だし、怪物だ。あんなものを、すがすがしい顔でぶら下げているなんて!
ただ一瞬見えただけ。長さなんて図ってないし、実際どれくらいかわからない。それでも、確実に僕の腹の奥まで入るだろう長さを持っていた。それもまだ、軽く勃起している程度。
裸で脱衣所まで走って、慌てて服を着る。今逃げなきゃいつ逃げるんだと、本能がいっている。そして、ズボンのベルトを締める余裕もなく、今度は脱衣所を飛び出して寮に戻った。途中で誰ともすれ違わなかったのは、不幸中の幸いだろう。
ただ部屋に帰っても危険を回避することはできなかった。
「ひぇっ」
かなり突き放したつもりだった。それに、鍵も閉めてしまった。ごめん、アルフレートと思ったけど、そんなこと謝る必要なんてなかった。なぜなら、バン――! としめたはずの扉が開かれたから。いや、壊されたといったほうが正しいかもしれない。
「テオ! 何で逃げたの!」
「なんで、まだ裸なの! タオル捲いたままなの!」
裸で走ってこなかっただけ安心する。それでも、廊下を腰にタオル捲いた姿で走っていたなんて想像したくなかった。秒で、アルフレートに追いつかれてしまったのだ。
(何でって、こっちが聞きたいよ……)
暗闇で光るラピスラズリの瞳はギラリと光って、反射した光を赤く灯していた。