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テラーノベルの小説コンテスト 第3回テノコン 2024年7月1日〜9月30日まで
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食事を早々に終えたら、イーリスを連れて囲いを離れ、誰よりも先に帰路に就く。馬車を揺らす道すがら、ヒルデガルドは深く考え込む。


(……おかしい。クレイが行方不明?)


脳裏に過るのは、かつて旅を共にした、勇敢で正義感の強い青年の姿。あの黒い鳶色をした落ち着きのある瞳に覗かれると、自然に笑えた。ヒルデガルドにとって、これまで出会ってきた中で最も良き友人だった。


決して邪悪を相手に屈したりせず、まっすぐに立ち向かい、人々の不安を背に、何があっても見捨てたりしない。そんな人間が沈黙を貫き、あまつさえ行方不明ときている。胸のうちに疑問が湧いては消えるのを繰り返した。


(あいつほど強い人間は、世界のどこを探してもいない。私が死んだと公表される直前までは、確かに生きていたはずだ。連絡を取り合って──)


頭が痛む。ずきずきと繰り返し、紐で強く締め上げるような痛みだ。顔をゆがめると同時に彼女は思い出す。


『どうして僕じゃ駄目なんだ?』


『君に限った話じゃない。興味がないんだ』


『……分かったよ。お前がそう言うなら』


クレイと最後に交わした言葉。だと思う。おそらくそうだ、と笑いが漏れる。彼女は記憶が蘇り、「ああ、そうだったのか」と情けなくなった。


ふと荷台で疲れから泥のように眠っているイーリスを振り返り、申し訳なさがこみあげてくる。彼女を弟子に迎え入れたことは失敗だったかもしれない、と。


「いまさら突き放すわけにもいくまい……」


流れてきた暗い雲がぽつぽつと雨を降らせ始める。


(あの日も雨が降っていたんだったか)


胸を貫かれたときのことは鮮明で、明らかな殺意がそこにあった。倒れる自分を見下ろす黒鳶色の瞳の冷たさといったら、なんとも凍えそうなほどだった。これで最後だと言わんばかりの──どこか悲し気な──雰囲気で、血の付いた剣を鞘に隠して去っていった友の姿。薄々は察していたことが、鮮明に頭の中で絵図を描いていく。


「イーリス、人間の感情というのは恐ろしいな」


ぼんやり雨の中を進み、ヒルデガルドはふと気づく。クレイが何らかの理由で行方をくらましているのなら、その原因はたったひとつしかない。


(私が生きているのは分かっているはずだ。いくら世間を上手く誘導したとしても、あの男はそう簡単に騙されてはくれない。……今度こそ見つけ出して殺すつもりでいるのかもしれん。だが、こちらとしても対策は既にある)


なんのために痛い思いを耐え抜いて生き延び、急いで霊薬を完成させたか? ただ死への恐怖を克服するだけでなく、自分を襲った人間が再び現れたとき、必ず勝利するためだ。クレイ・アルニムは最強の戦士ではあるが、ヒルデガルド・イェンネマンもまた、最強の大魔導師だ。ほんの僅かでも一歩進んでいたほうが立っている。霊薬は、その一歩になるだろう。


問題はクレイの行動が見えないことだ。彼がどこまで情報を掴んでいるか、どんな場所に息を潜めているのか。まるで獲物を狩るように静かに物音ひとつ立てずに寄ってきて、かみつくのが自分ならば、まだいい。周囲に牙を剥いたときが最も恐ろしい。特にイーリスを失いでもしたらと考えただけでもゾッとする。


首を横にぶんぶん振って嫌な想像を振り払った。


「……寒くなってきたな」


雨足は強まっていく。彼女がぱちんと指を鳴らすと、馬車の周囲だけが常に雨を弾く結界で守られた。仄かに温かい空間で、荷台に眠るイーリスも心地よさそうに毛布にくるまって小さな寝息を立てている。


「ふふっ、可愛い寝顔だ」


子供だった自分も、あんな感じに師の目には映っていたのだろうか。可笑しくて、微笑ましくて、ずっとこの時間が続けばいいのにと思う。


そんな矢先のことだ。黒い影が馬車の上を旋回するのを見て、彼女は眉間にしわを寄せて「ストラシア?」と、その鳥の名を呼んだ。彼女の所有する森に住んでいたフクロウが、結界の中へ飛び込んできた。


「イルフォードは遠かっただろう。それは手紙か?」


ストラシアが咥えている手紙を受け取る。封蝋にはアーネストの紋様があり、開いてみると頼んでいた調査の報告だった。


『愛しき我が────』


最初の一文を見て破きそうになる気持ちを抑え、いったん折りたたんで深呼吸をする。それからゆっくり、ゆっくりと開いて読み直す。


『愛しき我が君よ。あなたの指示通り、情報ギルドを通じて調査をしてみたところ、魔塔の中に奴隷商と通じている者がいるのを確認できたらしい。どうやら実験に使うためにコボルトやゴブリンなどを仕入れていたり、使い終わった者は闇市へ流しているそうだ。これについては証拠もなんとか手に入れてみよう』


想像よりもさらにひどい話だ。魔物ならば構わないだろうと実験道具に使う者がいると分かり、ヒルデガルドは不愉快さに手が震えた。


魔塔ではかつて動物を実験に使ったことがあるが、あまりに残酷だと言う理由から廃止。大賢者の英知として作られた魔法薬学用のダミー人形を用いるようになった。しかし、反対派も当然いた。いくら賢者の創造物だとしても、本物の生命と比べて結果が異なる可能性は出てくるはずだ、と。そんな声も圧倒的多数によって掻き消され、現在ではダミー人形でもじゅうぶんな成果が出ていたはずだが、動物実験をしない代替品として魔物ならば構わないと考える者がいることに吐き気がした。


(……アベルとアッシュはかなり臆病で非好戦的だった。ああして大人しく人間に関わらず、自然で暮らしているだけの魔物ならば捕まえやすいのだろう。反対派は、どうにかして私の行いを否定したいのかもしれんな。たかが二十数年を生きただけの小娘の意見で簡単にひっくり返されるのが、さぞ腹に据えかねるらしい)


手紙を読むほど、うんざりさせられる。魔塔が気高い魔導師たちの集まりではなく、ただの遊び場になっているのに呆れてしまった。


『それと、今回の件で通じている魔導師だが』


最後の一文を見て、なおさら強く思った。早急に対処すべきだ、と。


『現在、あなたの代理として魔塔の最高位に就いているウルゼン・マリスという大魔導師だと分かっている。もし関わるのなら、くれぐれも気を付けてくれ』

大賢者ヒルデガルドの気侭な革命譚

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