『 』
……目が覚めた。時刻は朝の6時半。
布団から出たくないな、まだ寝ていたいな、そんな考えは一切切り捨て布団から出る。
リビングに行くと、キッチンで母さんがご飯を作っている。………いい匂いだ。今日の朝ご飯何かな。
「あ、おはよう蒼斗」
そう言われて自分が朝の挨拶を忘れていたことに気が付いた。
「おはよ。何作ってるの?」
「ん〜?朝ご飯!」
いや知ってるけど。
「とか言うんでしょ〜?冗談だって、目玉焼きとソーセージ!」
完全に思考を読まれている。なんてこった。
「ほら、さっさと食べて準備しなよ。」
コト、と音を立て椅子に座った僕の前に皿が置かれる。美味しそうだ。
待ちきれないので食べることにした。
「いただきます」
「は~い」
「……!」
おいしい。久しぶりにこんなにおいしいソーセージ食べた気がする。
「だろ〜??」
「…なんで思考読んでるの?」
「さあ?」
そんな他愛もない会話をしながら、ふと時計を確認する。
「あ、まずい。そろそろ着替えなきゃ。」
こんな悠長に話している場合ではなかったようだ。
さっさと食べ終えて、服を着替えて、髪を整える…。
あっという間に準備ができた。今日は寝癖を1つ残らず直せている。時間がなかったにしては相当いい出来だ。
「いってきまーす」
「いってらっしゃーい」
そう言って家を出る。しばらく歩くと同じ方向に歩く人がちらほら見え始める。3人で横並びに歩く女子たち、大きい声で話しながら走ったりする騒がしい男子の集団。ひとりで歩く子は少ない。
僕はひとりだ。友達いないから。
寂しくはない。慣れたから。
今よりもっと小さい頃は頑張って友達を作ろうとしてた、と思う。
だけど、表情の変化が全然なくて気味悪がられたり、話が難しくて話したくないと言われたり、男の子には女みたいでなんか嫌、女の子には男子みたいでいや、と拒否されたり。
それに、僕は『楽しい』とか『悲しい』とかがわからない。泣いてる子がいてもなんで泣いてるかわからないし、「たのしいね!」って言われても何が楽しいかわからない。共感ができない。
そんな僕は嫌われてしまう。
嫌われるくらいなら、最初から話したりなんてしない。話しかけられても、できるだけ優しくしながら距離をおいていく。話しすぎるとみんな僕のこと嫌いになるから。無視もよくないし。
そんなことをぐるぐると考えていたらいつの間にか学校についていた。
ランドセルから教科書を全部出して、宿題を出して、席に座って本を読む。話す人はいない。
授業を受けて、お昼を食べて、帰る。いつも通り。だと思った。
母さんは今日は仕事じゃないから家にいる。
「ただいま」
いつもだったら「おかえり〜!」って言って玄関まで来てくれる。のに。今日は来てくれない。おかしいな。
「母さ〜ん…?」
なんだかまずい気がする。
部屋に入ると、母さんが苦しそうな顔で蹲っている。
「母さん…!?」
母さんの体をゆすってみるが、起きる気配がない。どうやら意識がないようだ。こういうときは、えっと、
「っ、救急車!」
その辺に落ちている母さんのスマホから電話をかける。しばらくして、サイレンとともに救急車がやってきた。
そこからあまり記憶がない。気が付いたら病院にいた、とでも言っておくべきかなぁ。うん。
しばらくすると看護師さんが来て、僕に話しかけ始めた。
「ねえ君。お母さんの家族の人の連絡先とか、知らない?」
調べたらわかるもんじゃないのかな。どうでもいいか。
母さんに教えてもらった、伯父さんの電話番号を伝える。
「ありがとう。じゃあ僕はこれで。」
そういうと出ていってしまった。
きっと看護師さんが電話をかけたのだろう、30分くらい経った ころ、伯父さんが病室に駆け込んできた。
「………蒼斗。久しぶり。」
前会ったときと変わらない声のトーンだけど、ちょっと掠れていて、顔はなんとも言えない表情をしている。
「…遥香は…その、お前の母さんは…なんというか、えっと……とにかくやばいらしいんだ。」
焦りが強すぎて言葉が出ないのだろう。大事なところを全部端折って『やばい』と伝えてきた。
「そう、ですか…」
いつも冷静だけど大事なことは絶対に何度でも優しく教えてくれる伯父さんが、一言、『やばい』。母さんはとんでもなく危険な状況らしい。
だけど詳細は誰も教えてくれなかった。なんでだろう。まだ10歳の僕にはわからない、早いと思ったのかな。
そのうち母さんが目を覚ましたようで、ちらりと母さんの顔を見た伯父さんが母さんのところへ話しかけに行く。
伯父さんに声をかけられた母さんは何かを話そうとしていたがどうにも声が出せないらしく、驚きの表情で口をはくはくさせている。
声が出せないことに気付いたのだろう、伯父さんは鞄から手帳とボールペンを取り出すと筆談を始めた。伯父さんは普通に喋れるので筆談をする必要はないのだけど、きっと僕に聞かれてはまずい話なんだろうなぁ。
しばらく筆談をしていた二人だが、話が終わったのだろう、伯父さんが声を出して話しだした。
その後も伯父さんが話しかける、母さんが書く、伯父さんが話しかける、母さんが書くの繰り返しをしていた。
どれくらい時間が経ったかな。ふと腕時計を見た伯父さんが
「うわ!もうこんな時間か!」
と声を上げた。
「俺、明日も仕事で早いんだ。そろそろ帰らなきゃ。蒼斗は?」
「え、あー、えーっと、今日って何曜だっけ、」
「今日は金曜。てことは明日は土曜日だから、学校はないよな。え、合ってる?」
今日は金曜。そういえば、クラスの誰かが『明日休みだね!やった〜っ!』って誰かと話してたような気がするな。
「……蒼斗?」
「っあ、ごめん。ぼーっとしてた。明日は学校ないよ。」
いけない。質問に答えるのを忘れていた。
「そっか。ならゆっくりできるな。あ、でもここから家には帰れないからお前は俺と帰らなきゃいけないんだった。」
はは、これじゃお前が学校なくても帰る時間変わんねーな!、と笑う。伯父さんはよく笑う人だ。
「じゃあ、俺帰るわ。」
また来るな、と母さんに伝えて病室を出ていった。置いて行かれては困るので僕も母さんにまた明日と言って病室を出た。
伯父さんについて行って車に乗る。
そこからしばらく二人とも黙っていたが、突然伯父さんが口を開いた。
「そういえば蒼斗。今日母さんいないからお前一人だよな。大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ」
多分。
「まじ?うわ〜!蒼斗ずいぶん大人だな〜!まだお前10だろ?」
「そ?」
「そ。」
「俺が10歳の頃なんてさ、帰って来たら速攻でランドセル玄関にぶん投げて、山入ったり公園でサッカーしにダッシュで行ったりしてたぜ?」
ははは、なっつかし〜!と笑いながら昔の話をし始める。やっぱり、伯父さんはよく笑う。
そこからはしばらく伯父さんや母さん の昔の話を聞いていた。
「お、着いたぞ。ここだよな?一人で大変だとは思うけど頑張れよ!じゃあな!」
「うん!ありがとー!!」
言いたいことだけ言ってさっさと車を走らせて行ってしまったので、できるだけ大きな声で感謝を伝える。
さて、一人だ。
とりあえず洗濯物を片して、あるもので適当にご飯を食べよう。
………自分のためにご飯用意するの、面倒だ。
前、母さんが同じようなこと言ってたっけ。あれほんとなんだなぁ。
とりあえずご飯を食べて、風呂に入って。
今日は母さんがいないからとちょっとだけ夜ふかししてみた。でも母さんがいないとつまらない。母さんは面白くて、賑やかだ。
コメント
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好きです。すごく好きです。