黒蛇の大群が津波となって私達に襲い掛かる。
でも、次の瞬間、雪の結晶が舞い散り周囲の景色を一瞬で凍り付かせた。黒蛇の波は冬の風物詩の凍った滝のごとく牙をむいた状態で完全に凍結していた。
「ダイヤモンドダスト」
ルークは静かにそう呟き、パチンと指を鳴らした。
無数の黒蛇は瞬時に凍てつき粉々に砕け散った。
先程、大広間で黒蛇の波に襲われた際も、ルークの氷魔法で難を逃れることが出来た。
「やらせんよ」
ルークは挑戦的な眼光を放ちながら不敵にほくそ笑んだ。
ニーノは険相を浮かべると、忌々し気に親指の爪に噛り付く。
「汚らわしい獣人風情が、また私の邪魔をするのか⁉」
「それはこちらのセリフだ、おぞましい魔女め。お前がミアの妹でなければ遠の昔に我が爆炎魔法で焼き払っているところだぞ?」
ルークとニーノはそう言って互いに火花を散らし合った。
私は二人の間に割って入ると、ニーノに話しかけた。
「お父様達をこんな目に遭わせたのは貴女で間違いない?」
私は感情を抑えながら静かに彼女に問うた。目の端にお父様や神官長レオが倒れている姿が映ったが、私は駆け寄ろうとは思わなかった。この事態を引き起こしたのはある意味、彼等の自業自得だからだ。
「ええ、そうよ。このクソどもに天罰を与えてやったのはこの私で間違いないわ。私達を苦しめたお父様もじきに地獄に召されることでしょう。いい気味。ねえ、ミアお姉さまもそう思うでしょう?」
蔑みと嘲りに顔を歪めながら、彼女は狂気に塗れた笑い声を上げた。
「そう、よく分かったわ。ならここで決着をつけましょう、ニーノ」
「あはははは⁉ 決着ですって? ミアお姉さま、貴女、脳みそにウジ虫でも湧いているんじゃありませんこと⁉ そんなボロボロの状態で私に勝てるわけが……」
確かに私達は夜の国とライセ王国に降り立った直後の連戦で疲労が蓄積している状態よ。でも、それでも私達は負ける気はしなかった。
「ちょっと黙っていて。私は貴女じゃなくってニーノに話しかけているの」
私はキッと彼女を睨みつけるとそう言い放った。
ピタリ。彼女の笑みが消失し表情が苛立ちに塗れる。
「何をおっしゃっているの、ミアお姉さま? 何処からどう見ても私はニーノ……」
「黙りなさい! お前がニーノではなく魔女ランであることは百も承知よ⁉ いいから私達姉妹の会話に入って来ないで!」
私は人生で最高潮に沸騰した怒りの感情をニーノの中にいる魔女ラン向けて言い放った。
魔女ランは私の予想外の剣幕に言葉を失うと、焦燥を浮かべながら後退った。
「ニーノ、いい加減に出てらっしゃい! じゃないと、お姉ちゃんがお仕置きするわよ⁉」
次の瞬間、ニーノはビクッと身体を仰け反らせるとがっくりとうなだれるようなポーズを取った。たちまち全身に纏っていた瘴気が晴れる。
ニーノは静かに瞳を開くと、真剣な表情で私を見た。もうそこに他者を蔑み嘲るような穢れは完全に消え失せていた。
離れていたのはほんのわずかな時間だったけれども、今の私にとっては何十年もの間離れ離れになっていたような錯覚を感じていた。
間違いない。彼女こそが本物のニーノ。私の愛しい妹。久しぶりの再会に、私は思わず飛び出してニーノに抱きつきたくなる衝動を必死に押さえた。
でも、これだけは言いたかった。私は精一杯の笑顔を浮かべると呟いた。
「久しぶりね、ニーノ。会いたかったわ……!」
涙を流さない様に必死に我慢する。泣けばもうお終い。二度と私は立ち向かう気力を失ってしまうだろう。今はその時じゃない。涙と再会のハグは戦いに勝利した時にとっておくと決めた。
「ミアお姉さま……いつから気付いていたの?」
寂し気なニーノの声色が私の心に罪悪感を思い出させる。一瞬だけニーノの顔に呪いの鉄仮面が覆いかぶさっている幻を垣間見た。
「最初から……と言いたいけれども、確信を持てたのは貴女達が夜の国に来た時よ」
「それは何故?」
「偶然にも真実を知ることが出来た。今言えるのはそれだけよ」
あの時、私は偶然にも魂の共鳴現象を起こし、ジークフリートと魔女ランの二人の記憶を垣間見ることで真実を知ることが出来た。でも、迂闊なことを言えば何がきっかけで魔女ランに足元をすくわれるか分からない。可能な限り情報は渡さない方が良いと私は判断した。
「そう……分かった。なら全てを終わらせましょう。ミアお姉さまもそのつもりでここまで来たのでしょう?」
ニーノはチラッと私の隣にいるルークに視線をずらした。
すると、何故かニーノは唇をキュッと結び辛そうに眉根を寄せ物悲しそうな表情を浮かべた。まるで子供のように今にも泣きそうな表情だった。
「確かにそうよ。全てを終わらせに来たの。ニーノ、貴女を救い出した後は、夜の国も、そこで倒れているお父様も、ライセ王国の民も全て救ってハッピーエンドで終わらせるつもりよ……!」
ニーノは驚いたように目を丸めると、フルフルと肩を震わせた。
「嘘よ。そんなこと出来るわけがない。私は自分が助かりたいが為にミアお姉さまと入れ替わって殺そうとしたのよ? 本当は私のことが憎くて仕方ないはずだわ。だから、そんな嘘はつかなくていい。正直に私に復讐しに来たって言えばいいじゃない」
ニーノは弱々しそうにそう呟くと、悲し気に目を伏せた。
「復讐なんて最初から考えたこともないわ。あの時、入れ替わられた時だって、驚きはしたけれどもニーノを憎いだなんて思ったことは一度だってないよ」
「止めて! そんなわけないじゃない⁉ 私はあんなによくしてくれたミアお姉さまを陥れ、魔女として処刑しようとしたのよ⁉ こんな私を許そうだなんて、どれだけミアお姉さまはお人好しなの⁉ 憎めばいいじゃない! 恨めばいいじゃない! もっと怒ればいいじゃない! 私を殺せばいいじゃない!」
「それで、貴女を憎んでどうなるの? 恨んだら過去は変えられるの? 殺したら私は幸せになれるの? 貴女を殺せば私は一生自分を許せなくなる。そうしたら私はもう自分の幸せを考えることも出来なくなってしまうわ」
「私に復讐を果たした後で、夜の魔王と勝手に幸せになればいいじゃない! どうしてそこまで私に構うの⁉」
ニーノを殺した後でルークと勝手に幸せになればいいですって⁉ そんなこと出来るわけないじゃない! 私は怒りのあまり言葉にすることが出来ず心の裡で怒りを爆発させた。
「ニーノを愛しているからに決まっているでしょう⁉ そんなことも分からないの⁉」
私は喉が裂けんばかりの勢いで叫んだ。ここまで感情的になったのは生まれて初めてのことだった。でも叫ばずにはいられなかった。そうしないとニーノが何処か遠くに行ってしまうと思ったからだ。
「ミアお姉さま、どうあっても私を許すつもりなのですね? なら、私はこうします」
すると、ニーノは近くに佇む聖女ランの聖女像に手を置いた。
「ミアお姉さまの仰る通り、私の中には魔女ランの魂が存在しています。そしてこのペンダントの力を加えれば間違いなく古のゲートを開くことが出来るでしょう。その暁には魔女の力で王国民をアンデッドの兵士に仕立て上げ夜の国に攻め入って滅ぼします。どうですか? これでもまだ私を許すだなんて甘っちょろいことを言うのですか?」
ニーノは怒気と苛立ちに眉根を寄せながらそう宣言した。
私が再びニーノに許しを与えるような言葉を出せば、その瞬間、ニーノは聖女像に魔力を注ぎ有言実行するだろう。
「この分からず屋! もういい、分かったわ。なら力ずくで決着をつけましょう」
そう言って私は両手を前に差し出しと神聖魔力を集中し始める。
「それでいいんですのよ、ミアお姉さま……!」
ニーノは不敵にほくそ笑むと、私と同じように両手を前に差し出し神聖魔力を集中し始める。
こうして私達は生まれて初めて本気で姉妹喧嘩をすることになった。
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