今日は土曜日。
午前中から成瀬書店のアルバイトがある。
昼食に食べる、パンの耳で作ったフレンチトーストと夕食で食べるおにぎりをそれぞれお弁当箱に入れる。
「さぁ、行きますか」
自分に喝を入れ、アパートを出発した。
成瀬書店に着き、鍵を明けて開店準備をしようとした。二階を見ると、立ち入り禁止の看板がドアの前に掛かっている。
「店長、いるんだ」
そんなことを思ったが、気にせず準備を始めた。
開店しても、お客さんはなかなか来ない。
お店で流すためのラジオをかける。
すると、ちょっとした嬉しい出来事が起こった。
<次は、リスナーさんからのおススメの曲です>
ラジオ進行のアナウンサーが曲の紹介を始める。
<湊で、Last Songです。どうぞ>
「ええー!!湊さんの曲だぁ!!」
お客さんが店内にいないせいもあり、仕事そっちのけでラジオで流れている湊さんの曲を真剣に聴く。
「朝から湊さんの曲を聴けるなんて、幸せだったな……」
独り言を呟きながら、余韻に浸っていた。
すると
「湊の曲、そんなに好きなんですか?」
「店長!?」
曲に集中していたため、店長が二階から降りて来た音にも気がつかなかった。
「すみません。はい。湊さんの曲が大好きで、つい……」
仕事をサボっているところを見られてしまった。
とりあえず、すみませんでしたともう一度謝罪をする。
店長は、カウンターに寄りかかり
「湊のどこが良いんですか?」
そう私に聞いてきた。
どこが良い……?
店長は、湊さんのことが嫌いなんだろうか?
「全てです。詩も作曲も、歌声も……。全部憧れなんです。湊さんの歌で私、救われて……」
語りすぎて、変なやつと思われたかな。
店長の顔を見ると、なぜか悲しそうな顔をしていた。
「店長?」
「すみません。プライベートなことを聞いてしまって。今日は二階にいるので、何か困ったことがあったら声をかけてください」
そう言うと、再び二階へ上がっていった。
「変なの……。でも、怒られなくて良かった」
その日も特に変わったことはなかった。
開店時からの出勤だったため、閉店時間前の数時間は他のアルバイトさんに交代をした。
店長は二階から降りて来ることはなかった。
明日は日曜日、学校に行かなくてもいいため、銭湯は我慢した。アパートに帰り、台所でお湯を出し、頭と身体を洗う。
季節は秋に変わっていた。少し肌寒い。
「寒い……。早く布団に入って寝よう」
明日もアルバイトだ。休みなんてない。
友達と過ごす時間も、洋服を買うお金も、好きな物を食べることも今の私にはできない。
でも、私には湊さんの歌があるから。
頑張っていけるんだ。
スマホで音楽を聴きながら、眠りについた。
今日のアルバイトは、午後から閉店までのシフトだった。開店時からいるパートの人と交代をする。
「私のいる時は売上がなかったよ。それにしても、よくこのお店やっていられるわよね」
私が働く前からいる中年の女性パートさんだった。
そういえば、最近立ち読み客ばかりで売上がほとんどない。それは私も感じていた。
「店長に聞こえちゃいますよ?」
「ああ、店長は朝からどこかに出て行って、今日はいないよ」
「最近、この店がいつ潰れるか心配でさ……。私、パート辞めようかと思っているのよ。でも、こんな楽なバイトはないし」
そう愚痴のような不安を漏らしながら、パートさんは帰って行った。
私もいきなり明日から来なくていいなんて言われてしまったら、本当に生活ができなくなってしまう。売上について、店長が帰ってきたら意見を聞いてみよう。
閉店間際、店長が帰ってきた。
「お疲れ様です」
私は閉店準備をしていた。
「お疲れ様」
一言、そう言うと彼は二階へ上がって行く。
なんだか今日は挨拶が素っ気ない。
いつもはもう少し丁寧なのに。
「あのっ」
私の声が聞こえなかったのか、そのまま二階のドアが閉まった。
閉店したら、帰りに寄って行こう。
二十二時を過ぎ、お店は閉店をした。
売上が落ちていることと、今後のお店のことを店長に聞きたくて二階へ上る。
しかし「立ち入り禁止」の看板が掛かっていた。
どうしよう。でも、明日から解雇って言われても困るし。
「店長?すみません。お話したいことがあるんですが?」
ノックをして、声をかけてみる。返答はない。
もう一度ノックをする。
「店長?」
何も反応がない。
面接の時の約束を思い出したが、どうしても話がしたかった。
「すみません。開けますよ?」
何も聞こえない。
「失礼します」
部屋に入ると、ベッドとソファがあった。
物はあまりない。
そこにいるはずの店長はいなかった。
代わりに知らない男性がベッドではなく、ソファで横になって寝ていた。
後ろ姿だったため顔が良く見えないが、金髪の髪の長い男の人。
誰だろう?店長の友だちとか?
でも、おかしい。
そんな人、お店に入ってきたら裏口からでもわかるはずなのに。
起こさないように、そっと男性の顔を覗き込んだ。
「きゃあー!!!!!!」
あまりの衝撃に悲鳴を上げてしまった。
えっ?えっ!えっ?
どうして!?
そこに寝ていたのは、私の大好きなアーティストの湊さんだった。
思わず腰を抜かし、床にしりもちをついてしまった。そして、その場から動けない。
「っんだよ、うるせーな」
私の声で湊さんの目が覚めちゃった。
あんなに叫んでしまったのだから、起きてしまうのは無理もない。
コメント
2件
え、え、湊さんだ、!! 店長さんなのかな、?🤔