テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
2件
この作品、面白すぎます🥰 楽しみにしています!!
私の大好きなアーティスト、湊さんが目の前にいる。信じがたい光景だ。
「なんで湊さんがここに……」
あんなに追いかけていた憧れの人が、手の届くところにいる。
彼は頭を掻き、横になるのをやめてソファに座った。
私は、ソファの前にある机の上を見た。
店長がいつもかけているメガネと茶髪のウィッグが置いてあった。ウイッグの髪色は、店長の髪の色と似ている。
もしかして……。
湊さんと目が合った。
「店長……?」
間違いない、店長だ。
いや、この場合、湊さんが店長だった?
私の思考回路が上手く働かない。
「お前。面接の時の約束、忘れたのか?」
言葉遣いも雰囲気も私が知っている店長でも湊さんでもない。私が知っている二人は、もっと優しい言葉遣いと柔らかい感じの人だ。
「覚えていましたけど、店長と話したいことがあって。何回かノックはしたんですが……」
彼は怪訝そうに私を見つめている。
その威圧感で、私もその場に座り込んだままだ。
はあ……と彼はため息をつき
「チッ、どうすっかなー。面倒くせーな。明日から解雇って言ったって代わりはいねーし。かと言って俺のことを話さないかっていう約束をしても信用ができない」
私が憧れていた湊さんって本当はこういう人だったの?舌打ちなんて、考えられない。
「申し訳ございませんでした。店長が湊さんっていうことは誰にも話しません。解雇もしないで下さい。お願いします」
私は頭を下げた。
すると彼はポケットからタバコを取り出し、ライターで火を点けた。
タバコを吸い、ふうと煙を口から出す。
頭を下げ続けている私。
座り込んで動けないため、これではまるで土下座をしているみたいだ。
「お前、俺のこと好きなんだっけ?」
「はい。憧れです」
憧れだったというべきだろうか?
しかし、彼の曲や歌が好きであることは彼の本性を見ても変わらなかった。
「そうか」
彼は、吸っていたタバコの火を消した。
そして、俯いている私の顎を持ち、上へあげる。
彼と近距離で目が合う。
彼の顔が急に近づいたと思った瞬間、キスをされた。
「……!!」
《パシャッ》
キスされたのと同時に、スマホのシャッター音が聞こえた。
「なっ……」
バッと顔を遠ざける。
「俺のことをバラしたら、この写真を週刊誌に売るからな。熱狂的なファンが自宅に侵入し、寝込みを襲ったって感じで記事にする。もちろん、世間は俺の味方だろうな」
フッと笑う彼。
「お前も俺とキスできて嬉しかっただろ?」
悔しさ、悲しさ、怒り、いろんな感情が混じって、涙が溢れる。
「はじめて……。だったのに……」
「はっ?お前、その歳でキスも初めてだったのか?」
予想外の私の涙と発言に、湊さんは戸惑っているように見えた。
感情のコントロールが上手くいかなかった。
私は立ち上がり、湊さんの頬を<パチン>と引っ叩いてしまった。
彼は、無言で叩かれた頬を抑えている。
「バカにしないで」
一言だけ伝え、勢いよく部屋を出た。
店の鍵なんて気にせず、全力で自分のアパートまで走った。
信じられない、目標としていた人があんな人だっただなんて。
はぁはぁと息が切れたままアパートの鍵を開けて、部屋に入る。汗が引かない。
服を脱ぎ、台所でいつものように身体を洗う。
何も考えたくない、服を着て布団の上に倒れ込んだーー。
気がつけば、朝になっていた。
水を飲もうと思い、立ち上がろうとする。
あれ?なんかクラクラする……。
#独占欲
#臨床心理士
昨日あんなに走ったから?
台所まで行くのがやっとだった。
何かに掴まって歩かなければ、転んでしまいそう。
今日は学校だ。
どうしよう?学校なんて行ける状態ではない。
医者に行った方がいいのかな?
いや、医療費がかかる。
そんな余裕はない。
冷蔵庫に入っている水を一口飲んだ。
身体に入っていかないような感覚だった。
今日は学校、休もう。
アルバイトはたまたま休みだったから良かった。
というか、アルバイトはもう成瀬書店では続けられないんだろうな……。
大変な秘密を知ってしまったし、あんなことをしてしまったし……。
新しいバイト先を早く見つけなくちゃ。
そんなことを考えながら、布団へ戻ろうとした。
《ピンポーン》
玄関のインターホンが鳴った。
ボロボロアパートのため、カメラ付きインターホンではない、そのため来客が誰かわからない。
私のアパートに来る知人なんて誰もいない。
どうせ、新聞の勧誘か何かだろう。
居留守を使うことにした。
《ピンポーン》
《ピンポーン》
《ピンポーン》
それにしてもしつこい。
具合が悪くて、玄関ドアののぞき穴から相手を見る元気もない。
「どちらさまですか?」
玄関ドアにもたれかかり、外にいる人物に声をかける。
「俺だ……」
俺って誰ですか……?
ん?
聞いたことがある声……。
「俺だ、開けろ」
この声、店長?いや、湊さん?
どっちで呼んだらいいのだろう。
仕方なくドアを開ける。
「はい」
そこにいたのは、店長の姿をした湊さんだった。
「ちょっと邪魔をする」
そう言うと彼は、玄関先からどんどん部屋に入っていこうとした。
「ちょっと!汚いから入らないで下さい!」
クラクラしながらも、彼を止めようとした。
男性に見られても良い部屋じゃない。
彼は部屋の中を見渡した。
「なんだか、懐かしい感じがするな」
「えっ?」
てっきりこんな狭くて古い部屋、バカにされると思っていたのに。
彼は一つしかない部屋の隅に胡坐をかいて座り、立ったままの私に
「昨日は、悪かった」
一言謝ってくれた。
「へっ?」
傲慢な態度は変わらなそうだが、どういう風の吹き回しだろう。
「寝起きが悪いってこともあるけど、最近イライラしてて……。んで、お前に正体がバレて、余計にイライラして……。冷静に考えたら、酷いことをしたと思ってる。悪い」
彼は頭を下げてくれた。
「いや、私も立ち入り禁止なのを知っていて部屋に入ってしまって……。憧れの湊さんを叩いてしまったし……」
ああ、ダメだ。
身体に力が入らない。
「お前、どうした?顔色、真っ青だぞ?」
湊さんが私の顔を覗き込む。
「朝からちょっと具合が悪くて……」
私は急にその場に倒れそうになった。
彼がそれを支えてくれた。
「おい、大丈夫か!?」
それから記憶がない。
必死に声をかけてくれる湊さんの声だけが頭の中に残っていたーー。
目を覚ますと、大きなベッドの上で寝ていた。
ふかふかなベッド。
きっとまだ夢の中にいるのだろう。
いい匂い、香水の匂いかな?
天井を見る。
夢にしては、現実にいるような感覚。
「おい、起きたか?」
声がする方を見ると、湊さんがソファに座っていた。店長の姿ではなく、アーティストの湊さんの姿だった。
「あれ?湊さん?」
起きようとするが、まだ力が入らない。
「無理するな。まだ寝てろ」
湊さんが近づいてきて、私が座っているベッドへ腰掛ける。
「私は……。夢を見ているんでしょうか?」
「残念だけど、夢ではないな。あれから大変だったんだぞ」
「私、どうしたんですか?湊さんが家に来たことは覚えているんですが……」
天井の電気が眩しく感じ、再び目を閉じる。
「ここはどこですか?」
彼はふうとため息をついた。
「ここは俺の家」
「えっ?」
驚いて再び目を開ける。
「湊さんの家って、成瀬書店の二階じゃないんですか?」
はぁと彼は再びため息をつき
「この俺の家があんなところなわけないだろ。あれは、祖父の家だ」
そうなんだ……。
だからたまにしか居ないんだ。