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(まだ、近くにいるはず……)



店を出て、右左を確認する。結構目だった、ダサい格好をしていたから、すぐに見つけられるはずだけど……と、俺は必死に走っていると、少し先のバス停に向かって歩く、あの青いジャージを見つけた。



(よかった、間に合った)



「ちょっと、君!」



バスに乗られてしまったら……と、考え、咄嗟に手が出てしまった。彼の腕を掴み、少しこちら側に引っ張ってしまった。ジャージで隠れていたけれど、結構しっかりした腕なんだなあ、と顔からは想像できないたくましさに、俺は言葉を失っていた。

そんな、俺と腕を捕まえた青年の目の前で、停まっていたバスのドアは閉まり、青年は「あ」と声を漏らし、俺の方を振返る。それから、捕まれた腕と、俺を交互に見て、悲しそうな顔をした。それは、小さな子犬のようだった。何かやってしまったのではないかと、俺は、慌てて手を離した。



「……バスいっちゃったんですけど」

「あ……あの、ごめんね」

「別にいいですけど」



少し、冷たく口を尖らせて言う青年に、本当に申し訳ないことをしてしまったのではないかと、俺は頭を下げた。

青年は俺を見下ろしたあと、何かを思い出したかのように、わざと大きな声を上げる。



「あ~これじゃあ、間に合わないなあ。今日は、大好きな昼ドラの最終回なのに」

「え、最終回! それは、ごめん」



ちらりと、これまたわざとらしく俺の方を向く青年。その姿に、思わずあざと! と声が出そうになった。

宵色の瞳が俺を見つめていると、青年の視線は、俺が持っていた鞄に落とされた。



「もしかして、それ……僕の?」

「ああ、うん……さっき、忘れていったよね。だから、届けに来たんだけど。お節介だったかな……その、昼ドラ」

「もう、本気にしてるんですか? 可愛いですね」



プッと吹き出すと、今度は打って変わって、ケラケラと、腹を抱えて笑い出した。そんなに面白かったのかと俺は、拍子抜けしてしまう。

表情がころころ変わって面白いなあ、なんて思いつつも、よく見れば、可愛い顔をしているなとも思った。だから、あのあざとい仕草が鼻につかないんだ、とも思った。



(矢っ張り、可愛い子だな……)



自分より年がしたであろう、目の前の青年……(もうこの際少年といってしまってもいいんじゃないかと思うぐらい幼く見える)少年の笑顔は小さな子供のように無邪気で、小さな口から八重歯がちらりと見えた。

でも、こんな時間に学生が外を出歩いているものなのだろうか。いや、良い方は可笑しいんだけど……浪人生……、いいや高校生ぐらいに見える彼はおそらく高校生ぐらいだろ! と俺は予想する。とても働いているようには見えないし、そのダサい青いジャージと汚れたジーパン……可愛いのに勿体ない。不良という奴なのか、サボり魔なのかは分からないけど。

どちらにしろ、こんな可愛い子がこの時間ふらついている(夜ではないにしろ)のはほっとけなかった。



「君は、学生……だよね。学校は行かなくて大丈夫なのかな?」



俺がそう聞くと、少年はきょとんとした顔で見つめてき、申し訳なさそうに頬をかく。



「あ~若く見られるのはいいんですけど、僕今年で二十歳になるんです。あ、後大学には進学していなくて」

「ええ! その可愛い顔で!」



いや、そんなに驚くことじゃないでしょ。と、少し呆れ気味に青年(少年ではなかったのでこれまた、訂正)は笑う。それから、少年と、コントのような他愛も無い会話をして、俺はハッと、ここに来た目的を思い出し、少年に鞄を差し出した。まず、これが先だったのに。



「祈夜『ゆず』君。はい、これ」



営業スマイルで、俺が、少年の名前を呼べば、少年は困った顔をしながら、鞄を受け取ると「違いますよ」と零した。

それから、あのノートを鞄の中から取りだして、ノートで顔を半分隠しつつ、ふわりと笑う。やはり、一つ一つの行動があざとく見えてしまう。それがいい! って、ズキュンと心を撃ち抜かれる。



「僕、ゆずじゃなくて、ゆうって言うんです。祈夜柚。よく、ゆずって読み間違えられるんですけど」

「……うわ、ごめん。そうなんだ………本当にごめんね、そうか、ゆう君、ゆう君か」

「……へえ、僕のこと知らないんだ」

「何かいった?」

「ううん、何でもないですよ。でも、ありがとうございます」



と、ゆう君は、にこりと笑った。


けれど、名前を間違えていたのは申し訳なさ過ぎる。

俺が、そんな風に悩んでいれば、ゆう君はずいっと下から顔を覗くように、俺の方を見ると、あざとくコソッと言いながら笑った。



「いいですよ。ゆずで。なんだか、貴方にゆず君って言われるの面白いですし」

「よ、良くないよ。ほら、大切な名前なんだから」



俺は、顔が赤くなってしまって、それを誤魔化すために首と両手を同時に横に振った。



(可愛すぎる、あざとすぎる!)



心臓が何個あっても持たない!

俺は、今にも沸騰して零れてしまいそうになりながら、ゆう君……ゆず君を見ていると、ゆず君は、口元に人差し指を当てて、こてんと首を傾げる。



「そういえば、貴方の名前は? 僕だけ知られているなんて不公平じゃないっすか」

「あ、俺の名前?」



不公平。確かにそうかも知れない、と俺は、咳払いをし、つい癖で営業スマイルを作って自己紹介をする。



「俺は、朝音……朝音紡。あそこでバイトをしてる、何処にでもいる普通の大学生だよ。って、なんだかかしこまった自己紹介になっちゃって恥ずかしいな」

「大学ってこの近所のですか?」

「ああ、まあ。うん。そうなるね…実は教師を目指してて」

「教師を目指す、BLカフェでバイトするお人好しな大学生……なるほど」

「どうしたの?」

「いえ、何でもないです…くふっ」



ゆず君は何かに耐えるように、口元を抑えた。ノートが落ちたことなんて、気にも留めていない様子で、笑う。そして、ピタリと動きを止めた。



「朝音さんなら適任かも」

「うん? 今何か言った――ッ!?」



俺がそう言いかけた瞬間、いきなりゆず君が俺の両手を掴む。突然のことで、俺は硬直することしか出来なかった。



(手……温かい……)



握られた手は、熱を帯びており溶けそうなぐらい熱かった。

それから、期待に満ちた、キラキラと輝く宵色の瞳で見つめられる。



「僕、ビビッときちゃったんです。一目見たときから貴方がいいって! 朝音さん、BL小説のモデルになってください!」


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