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そのメールを受け取った時、美冬は信じられなくて、もう一度メールを確認してしまった。
そして目の前にいた杉村に声を掛ける。
「ね? これ……夢じゃないよね?」
「どうしたんです?」
こういう時も冷静な杉村は助かる。
血の気をなくしたような顔をしている美冬をちらりと見て、デスクのところまで来ると、杉村はパソコンの画面を覗いた。
「ガールズ・コレクションへのご招待? あら、しかもスペシャルゲスト枠じゃないですか。おめでとうございます、社長」
「やっぱり、夢じゃないのよね」
「引っぱたきます?」
「念のために叩いてみてくれる?」
「しませんよ、そんなこと」
杉村の呆れたような冷たい目は夢ではない、現実のことだとハッキリ分からせてくれる。
「最先端とコンサバティブの融合、進化し続ける老舗ブランドであり、スペシャルゲストとして出演をご依頼したく……。よかったですね、社長」
3月にティーンズ向けに行われているそのファッションショーは毎年会場を変えて行われている。
今年は京都ということだった。
スペシャルゲストとして招待されているのは二枠で、一枠は京都の着物生地を使ったブランドで、もう一枠がミルヴェイユだった。
「このコレクションって、ティーンズ向けかと思っていたのだけど」
「そうでもないですよ。ターゲットは10代から20代なんです。どちらかと言うとちょっと背伸びしたい高校生からお若いOLさんがターゲットですね」
今までのミルヴェイユはキャリア層やセレブ層がターゲットだった。
招待されたコレクションは普段のミルヴェイユとはターゲットが全く違う。
「ケイエムとのコラボ商品を出しましょう。その方が映えそうだわ。うちの商品は憧れブランドとして認識してもらえるようなショーにしたいわね」
「デザイン部と企画開発部に連携します」
「よろしくね」
杉村に任せておけば大丈夫だということは分かりきっている。
ガールズコレクションはとても華やかな舞台だ。
プロのモデルにミルヴェイユの服を着てもらって、ライトの当たるランウェイを歩く……そんなことは美冬の中では想像したことがなかった。
その喜びを美冬は噛み締める。
大変なこともたくさんあった。
けど、こんなご褒美があるのが人生というものなのかもしれない。
それも、美冬が常に一生懸命に仕事をしていて、周りに恵まれていたからだ。
おそらく今回の件はエス・ケイ・アールの木崎社長の力も大きいのではないかと思う。
きっとミルヴェイユと一緒に仕事をしたいと思ってくれた木崎の気持ちや、憧れブランドとしての強い推薦がミルヴェイユを華やかな場へと導いてくれた。
もちろん、お詫びの気持ちもあるだろうがそれ以上のものを返してもらった。
ビジネスマンとして有能な人でありながら、もらった恩は忘れないという木崎の振る舞いを目の当たりにして、美冬は自分もそうでありたいと強く思う。
ちょっと問題もあったようだけれど、今の綾奈ならば、その問題も近いうちに解決するのだろう。
「へぇ? ガールズコレクション?」
帰ってきた槙野に美冬は真っ先に報告した。
美冬はキッチンで夕飯の準備をしている。
いつもはお互いに帰りも遅く、外食がほとんどの二人なのだが、美冬は今日はもう落ち着かなくて、杉村に社長室を追い出されてしまったのだ。
それは杉村の思いやりなのだろうが。
「うん! 本来ならターゲットではないからレギュラーではなくてスペシャルゲスト扱いなんだけど。でも、ケイエムコラボで注目してくれたんだと思うわ」
嬉しそうに話す美冬を見て、つい、という感じで槙野は口角がきゅっと上がってしまっている。
「良かったな」
実を言えば槙野にはその価値がよく分からない。
けれども美冬がこれほどまでに嬉しそうなのだから、それは相当に良いことなのだろうと判断した。
それに自分の愛する人がとても嬉しそうなのは幸せだ。
今日のように、とても可愛いエプロン姿で出迎えてくれるのは、たまにのことなので槙野もテンションが上がる。
茹で上がったパスタを手製のボンゴレビアンコのソースと混ぜながら、美冬はカウンターの向こうにいる槙野にパスタをお皿に乗せて渡した。
槙野はテーブルセットしながら、他の惣菜を別の皿に盛り付けている。
そんな槙野にキッチンから美冬は話しかけてくるのだ。
なんでもないこんな日常が幸せなのである。
「今回は京都開催なのよ。いつもとても大きな会場を使うの。今回はどこか寺院だった気がするわ。寺院の庭とかでファッションショーをするらしいわね」
「寺院でファッションショー!?」
その組み合わせにさすがの槙野も驚いて、思わず手が止まる。
色々寺院でイベントをやることも最近は多いと聞いてはいるが、ファッションショーまで開催するとは思わなかった。
「コンサートとかもあるらしいものね。ブランド毎で違う寺院を使うらしいから街全体がファッションウイークになるんでしょうね。すごく楽しみだわ」
「そんなに大きな規模のものなのか。俺も行こう。ミルヴェイユの晴れ姿だからな」
「祐輔は忙しいんじゃないの?」
「妻の晴れ姿を見ることくらい許してほしいな。それに時間があれば美冬と京都を散策するのも悪くない」
「時間あるかなあ……」
そうして、よく冷えたワインボトルをダイニングに持って来た美冬からボトルを受け取る槙野は、受け取る前にさらりと美冬の頬を撫でた。