第七章 篝火花
青城烈 師走
窓の外から街の人の声がする。
俺の耳は何かと敏感だ。
十メートル先にいる人達の会話や、下の階にいる人達の少しの会話も聞こえる。
便利な面、不便な所もあり、噂話が聞こえることがたまにある。
あの女やあの男の不仲話、俺と清羅のゴシップ、清羅の母親とあの男の密会話。
自然と耳に入ってくるのは昔から変わっていない。
そのせいで常にイヤホンでもつけてやろうかと考えたこともあった。
でもそれは塞げばいいだけの話だ。
スマホで曲を探す。
探している間に、清羅の行ってきますの声や、仲睦まじい姉弟達の声が聞こえる。
少し右上に視線を向けると今が登校時間なのだと確認できた。
俺の好きな曲を流す。
それは頭の中へと連想させ、情景を一コマ一コマ変えていく。
丁度ルネサンス期の音楽に興味を持っていたので、聴いてみたがとても良い。
中世を思わせるクラシックと、それに順応する玉響のメロディー。
最近のストレスを取り除いてくれる愛すべきもの。
音楽とは、まるで俺の望んだ未来や過去をつくるようだ。
これなら日々を忘れて浸れることが出来る。
ベッドに横たわり、布団を被った。
──まともに寝てなかったから、今からでも寝ようか。
考えているうち、瞼が落ちていく。
目を開けたら清羅と俺だけの白昼夢が広がっていればいいのに。
緩やかな眠りにつきながら、そんなことを考えた。
──起きて、烈。
これは夢なのか。
はたまた本当の現実なのか。
目を開けると、布団を取り上げている柏柳家の使用人がいた。
扉からもう一人、もう二人と出てきて、俺の私物を袋の中に入れる。
「何をやっている。」
「やっとお目覚めになりましたね。奥様が仰ったのです。烈様の私物を捨てるようにと。」
俺に暴力を振るった時の報復か。
すぐに起き上がり、使用人が持っている袋を取り上げる。
「烈様、おやめください。」
主人の命令にしか従わず、感情の有無がわからない人形のようだ。
「俺にも意思がある。俺の私物なのだから俺がどうしようと勝手だろ。俺が従うのは清羅の母親じゃない。」
「私達が従うべき相手は柏柳家の方たちのみです。貴方の意思など従うつもりはありません。」
俺の意思を無視し、私物を取り上げるのを再開する。
意味がわからない。
なんなんだ、あの女は。
「俺のものは良いが、清羅とのものは取り上げるな。」
「そのような意見など聞き入れるつもりはありません。清羅様とのものは、奥様にお渡しいたします。分かったのなら、もう一度深い眠りについてください。受験生なので、今はお休みする時間ではなく、学校へ行く時間ではありますが。」
後ろで使用人数人が面白おかしく笑った。
使用人は俺の袋を無理矢理とり、スマホを入れる。
イヤホンや、小説、漫画、バレーボール、衣服、縫いぐるみ。
それに気づき、急いで清羅との写真を入れた者の袋を破かれながらも、取った。
趣味の物は良い。
愛する人との物は取られたくなかった。
「何をするのですか!やめてください!」
俺の手を掴み、袋を取り上げようとする。
だが、俺の握力と使用人の握力は圧倒的に俺の方が優っていた。
当然のように取るが、前方や後方に使用人数人が囲む。
俺の袋を触ろうとする。
「触んな。」
この家の家具に触るその手で触られたくない。
激しく抵抗しながらも、袋は徐々に破れていく。
そのまま破れろ。
そしたら簡単に取られない。
「今すぐ降参なさっては?こちらには貴方よりも遥かに力量のある方がたくさんいます。」
一人の使用人が合図すると、複数の使用人が俺の手を掴む。
このままでは取られる。
だめだ、清羅との思い出を清羅の母親に渡したくない。
──くそ。
俺はしつこく手を振り払い、使用人達の脛を蹴る。
痛がるところに清羅と俺が映るフォトフレームの角を目や頭へと刺す。
勢いよく何度も何度も振り下ろした。
大して人数がいなくて良かった。
周りの使用人に殴りかかり、同じ手法で何度も痛めつける。
息が切れそうになりながらも殺意をもって行なっていく。
早く死んでくれ、早く…。
扉から出ようとする者の服を引っ張り、近くにあるイヤホンで首にきつくかける。
「やめてください….!お願いします….!」
徐々に力を込めていくうちに使用人は息が聞こえなくなった。
人を殺める方法はこんなにも簡単だったのか。
俺は犯罪者となってしまったようだ。
疲れる、疲れてしまう、早く死んでしまいたい…。
「しね….。」
しんでくれ、ここにいる者も、俺も。
死んでいるのか定かではない者の足を曲げて、確かめる。
──こいつは死んでる。
──こいつは死んでない。
死んでない者には昨日夜に使った果物ナイフで辺り一面の身体を切り付けて、魚を捌くように皮膚を剥がす。
そういえば、清羅もあんなことやってたっけ…。
学校の家庭科室で死体を解体している所。
俺の学校の家庭科の先生はいつも家庭科室から出る時、黒いカーテンをつけて中を見せたがらない。
家庭科室の机にプリントや成績表を置いているかららしい。
それを利用して清羅は世にも恐ろしいことをしていた。
だが隙間から見えてしまった時に、俺は不思議と安堵を覚えた。
摩訶不思議な清羅の心を凝視したのだ。
あの子は結局俺と同等の醜い人間。
なら、一緒に汚れあってしまうべきだと。
清羅の解体方法を見よう見まねでやりながら人間の身体の中身を詳しくメモする。
ここには脂肪がたまっているだとか、ここら辺は臭いが無いとか。
幸い、今日はこの使用人だけしか家には居ない。
後で換気しなければ。
そうしなければこの犯行は晒しあげられ、清羅と俺は一つでいられなくなる。
清羅も俺も、早く死んでくれないかなと思う。
あの時、確かに清羅は生と死の熱望を感じていた。
少しの笑顔と少しの震えですぐに分かった。
彼女を分かってあげられるのは俺しかいないのだと直感的に感じてしまった。
「….汚い。」
でもやはり触られなければ良かった。
こんな奴らの腕や足を解体するくらいなら、潔癖が酷くならない俺の手を解剖してしまった方が良い。
まさにこのシーンは惨憺たる光景だ。
そこでそんなことを考える俺は一番汚いだろう。
だからこそ清羅が俺と共に汚れてくれるのが良いのだ。
清羅だったら潔癖をしなくなるかもしれない。
清羅は汚いけれど、この者達に比べたら綺麗だ。
こんな俺を軽蔑してくれ。
そして、俺だけが清羅を汚してしまいたい。
死体は重曹で臭いを消した。
こんなものが薬局で売ってるなんてと思いながらも、都合がいいなと綻ぶ自分がいた。
ついでに煙草も買い、一服した。
まだ処理はしなくて良いだろう。
最近は清羅の母親と父親が帰ってくるのは遅い。
仮に、他の姉弟達が帰ってきても俺にすら関心は抱かないはずだ。
それよりも、明日には警察が調査を始めるということの方がハラハラする。
でももういっそバレてしまった方が良いのではないか。
それで清羅と一緒に死ねば良い。
もう面を被る必要はない。
俺はとことん清羅だけを考えてしまっているようだ。
──最後の足掻きとして姉弟達に押し付けてしまえばいいか。
俺は本当にクズ男だ。
これがニュースでよく放送される所謂サイコパスの考え方なのだろう。
煙草を吸いながら手袋を付けて、死体を運ぶ。
念の為にポケットに何枚か手袋を入れておくことにした。
煙草をそこら辺に捨て、部屋から出た。
姉弟の部屋と思われる場所の扉を開ける。
「….えっ….烈さん?」
小さく舌打ちをした。
「なんで….使用人達を….」
「….だれ?」
「….え?」
血の気が引く清羅の弟の元へと近づく。
見下ろすと共に清羅の弟は過呼吸を起こした。
面倒だ。
なんで今の時間帯に都合悪くいるんだ。
ああ、そういえば、最近、清羅の弟は体調を崩しがちだったか。
気が弱い清羅の弟だったら、押し付けても何も言わなそうだったからと部屋に入ったが想定外のことが起こった。
「烈さんが、殺したんですか?」
意外とこの死体を見ても冷静でいられるようだ。
「そうだと言ったら?」
「そんな….梨沙さんまで….」
すると突然涙を流し始めた。
泣き声は嫌いだ。
昔の俺を連想させるから。
煩わしいこの感情をぶつけるように平手打ちをする。
こういう子を見たら弱くなる癖をやめてしまいたい。
「烈さんは….悪魔だ….」
何を言ってるんだ、こいつは。
怒りのあまり眼球に爪を食い込ませてしまった。
悪魔か。
俺の代名詞に似てる。
なら天使は誰なんだ。
天使なんて正義と善意を振り翳しているだけではないか。
腹が立つ。
目に爪を食い込ませても泣きじゃくるその声が….。
「忌々しい子供だな。」
清羅の母親と同様に首に手をかけ、一気に力を込めた。
「やめて….ください…」
今にも力尽きそうな弱々しい声で抵抗する。
救いようがないな、俺も、清羅の弟も。
無力で孤独に満ち溢れる人間。
そうしたことが俺という人格をつくり、皮を破っていく。
俺は俺に同情ができない。
故意に殺人を犯す自分に可哀想、辛かったねなどという綺麗事は言えない。
気持ち悪い人造人間という方が似合う。
力を弱めると既に清羅の弟は息絶えていた。
首に手をかけた赤い跡が残り、下を見つめたまま涙が頬を伝る。
それはまるで絵画のようだった。
清羅の弟を見ると変な感情になる。
それがまたいらつかせる。
体温を感じない腕を持ち上げ、清羅が最も大切にしている次女の部屋に行った。
そこで部屋から持ってきた果物ナイフでまた解体して、重曹をかける。
そこで使用人達が使っていた袋の中に死体を入れ、強く縛った。
そしてタンスの奥深くに入れて、荷物類で隠す。
虫が繁殖する可能性があるが、あの次女に復讐出来ると思えば痛くも痒くもない。
行程の苦労からくる疲弊の後には快楽がくる。
発情しているわけではない。
ただ赤ん坊が遊ぶ積み木を倒すようなことが嬉しいだけ。
他人の手に触れた手袋を少しずつ取り、部屋に戻った。
手袋は別の袋に移し入れた。
これで終わり。
白い煙を出してもう一つのイヤホンでクラシック音楽の続きを聴く。
それをしながら袋に俺の私物を入れる。
他人がつけた私物を再度使えるわけがない。
汚くて、俺や清羅とは違う汚さ。
──この曲をつくった……さんは、とても汚いものがお好きなようですね。だからこそ、美しさを追い求めてこのような華麗なる曲を作ったのでしょう。
──それって……は、いわゆる、変な人なんですよね?
──きっとそうだと思いますよ〜。
──まさに高貴なる墜落曲というタイトルにぴったりですね!
──これをつくった……さんは、元々お綺麗な方だったようです。なので、転落してしまった今、また綺麗を追い求めるのですね。
不意に見たこれらのコメントは清羅のようだ。
清羅は綺麗なものが好きだ。
でも、それは単純な概念ではなくて抽象的なものに対してだけ。
それが転落した今こそ、また感じたかったように見える。
清羅も俺も変な人なんだな。
そう考えると笑いが漏れそうだ。
笑いが込み上げながら俺もコメントを打った。
柏柳清羅 師走
「皆さんは心配しているかと思いますが、学年主任の荻原先生が亡くなりました。なので、明日から三学年の主任が変わります。」
先程までの落ち着いた雰囲気から一変して、嫌な雰囲気へと変わった。
亡くなったなどという興味が出てしまうような曖昧な言い方はしないでほしい。
勉強に集中出来ないだろう。
平然を保ちながら、いつものように問題集を解いていく。
「あ、あの、もしかして水川さんが亡くなったのもそれが関係しているんですか?」
地味目の女子生徒が問う。
度胸があるのは尊敬する。
「えー….水川さんは、消息不明だそうです。」
その四文字に胸を撫で下ろした。
まだ私が殺害したことがバレていないのと、警察はこの時期まで欺けるのかという関心。
だけれど調子には乗れない。
それはかえって私へと戻ってくる。
「空が消息不明だなんて….警察は頭悪いのね。あの大企業の娘を何とも思わないの?」
声を発したのは、スキー合宿で私を墜落させた人物だった。
「みなさん落ち着いてください。とりあえず、ホームルームはこれで終わりにします。詳しい詳細は私へと話しかけてください。」
出席簿を縦にトントンと教卓に叩いて、教室から出て行った。
それでもまだこの空気と雰囲気は変わらない。
皆んな事件があるんじゃないか、これは神からの試練なのではないかと頭がおかしいことを考えている輩もいた。
少しだけ静かにしてほしいなと思い、イヤホンを手に取った。
「この事件で首謀者であり、犯人なのは本当は柏柳さんだったりして?」
またスキー合宿で私を墜落させた者、早坂さんが口を出す。
「おい、やめろよ。消されるぞ。」
「えー?だってそうでしょう。皆んな心の中ではそう思ってたに違いはないし。学年主任だって空だって柏柳さんは嫌っていたわよね。」
問題を解く手を止める。
これで一問の問題が無駄になった。
早坂さんの方へと視線を向ける。
「そうやって人を貶めて噂を流すのは楽しいかしら。あまりにも滑稽で笑えてくるわ。」
「事実よ?事実を言って何が悪いのかしら。」
「ならその事実を警察に突き出してみたら?まぁあなたほどの財力で警察が動くとは限らないけれど。」
頬を赤くして、うるさいわねと顔を伏せた。
ある意味、頭の悪い子供と捉えるべきだろう。
問題集を閉じ、家へと帰る支度をする。
ホームルームまでに鞄に入れられなかった烈とのお揃いのペンダントをロッカーから取った。
周りの生徒がうわーとその美しさに魅了される。
これは有名ブランドの当時の新作だったと烈から聞いた。
おおよそ十億円だ。
そんなものを軽々しくよくつけられるなと引き目をとる生徒の気持ちも分からなくもない。
十億円のペンダントは全世界を探しても、稀にあるかないかくらい希少価値である。
ペンダントを鞄に入れ、家へと帰った。
扉を開くと何かの臭いが鼻を突く。
一瞬で分かる、烈から漂う微かな体臭に似ているもの。
──煙草か…。
烈の煙草を定期的に吸う癖をやめさせたいが、ストレスを煙と共に放り出すためと考えれば何かと躊躇してしまう。
でも末恐ろしかった。
男に溺れる母と煙草に惹かれる烈が同じ運命を辿ってしまいそうで。
私はどうするべきなのだろう。
そうこう考えているうちに直大のことを思い出した。
今日は風邪で休みだと姫衣菜から聞いた。
それにしても使用人が常駐しているはずなのに誰一人としていない。
まるで誰か消えたように冷たい空気が鳥肌を立たせる。
静寂だと思っていたのは都合が悪いことを塗り替えていたのだ。
直大の部屋をノックしても何も応答が無かった。
まさか…
いいや、そんなわけがない。
信じたくない、直大がいないかもしれないだなんて。
部屋の扉を開くとベッドにはおらず、どこを見渡してもいなかった。
予感が完全に的中した。
なら烈もいないのか。
同様に烈の部屋の扉を開くと、烈は質素な部屋で蹲っていた。
「烈、ここら辺にあったものは?どうしたの?」
焦り気味に問うと、片付けたの一言だけを返された。
「ねぇ、烈….貴方、もしかして使用人と直大を殺した?」
お願いだから否定してくれ。
心の片隅で祈った。
「清羅に関係ある?」
これは肯定だ。
嘘を隠している私と同じ。
絶望で身体全体が冷めていくのを感じる。
「….殺したなら殺したって言って。私達の間では嘘をなるべくつかないって約束したでしょう。」
「……殺した。」
長い沈黙のあと、呟いた。
良かった。
認めてくれないと私もどうしたらいいのかわからない。
「どうして?」
「使用人達は俺と清羅のものをとるから。清羅の弟は遺体を見られたから。」
いつから私達はこんなにも似てきてしまったのだろう。
申し訳ない気持ちと親を恨む気持ちが広がる。
殺人鬼の人格をつくるのは環境が大いに影響してくる。
私と烈のような家庭で育てば社会不適合者や、犯罪者になることは極めて高い。
それでも社会へと出世した者や、幸せを掴む者はいるというが、そんなの一握りに決まってる。
変わるきっかけが無いと人は変われない。
全員が全員自立した大人ではないのだ。
未熟のまま成長する子供のような大人はどこを探しても必ずいる。
でもどうしようもない。
申し訳ない気持ちと、親を恨む気持ちがあるのはどうしようもなく溢れてしまうのだ。
「ごめんね、烈。」
「なんで。なんで清羅が謝る。」
「親が無理なら私が救いたかった。烈も私を救ってそれで幸せになんて、なれないみたい。だから申し訳なくて謝ってるの。」
言葉を失う烈は宥めるように私の頬に手を当てる。
「潔癖症じゃないの….?」
「清羅だけは汚いと思えない。」
あまり手入れされていない髪の毛と爪、以前とは違う姿なのにここまで美しいと思えるのは、烈に対して感情が変わったからなのかもしれない。
軽蔑、愛情。
それが何よりも美しかった。
右手で頬に当てる手を触り、見つめ合った。
烈の優しい顔が好きだ。
烈の全てが好きで、愛していたい。
烈とだったら汚れてしまっても、美しくなってしまってもいいと思った。
どちらをとっても救済には違いない。
烈とだけ心や身体までもが繋がっていく感じがした。
ずっと烈とだけ添い遂げたい。
未来永劫、永遠に ──。
私達が抱き合ったあと、烈は勉強している私に甘えた。
私の身体を自分の方へと持っていき、キスをしてくる。
首筋に顔を埋める姿が愛されているのだと実感した。
すんすんと鼻を鳴らすたび吹きかかる息に、じんわりと体温が上がっていく。
烈の筋張った大きな手がセーラー服の中に入ってくる。
「清羅、清羅。」
何回も名前を呼ぶ声が聞こえる。
「ん?」
「今くらいは勉強しなくたっていいだろ。」
わかりやすく拗ねた。
子供っぽい感じにまた愛おしさが増す。
「そうだね。今日は烈と一緒にいようかな。」
「そうしろ。」
ベッドへと行き、布団に潜り込む。
幼稚舎の頃を思い出す。
「美嘉園幼稚舎の頃、こういうのよくやってたよね。」
「清羅がこの時だけは泣いてて、母親には泣き顔なんて見せなかったな。」
「お母様の前では泣いてはいけないっていう暗黙のルールがあったから。」
「俺もそういうのあった。」
れつーと名前を呼び合った時代が懐かしい。
幼稚舎の頃の母は特に指導が厳しく、父も一度止めに入った事があった。
それでも母の精神が安定することはせず、私達姉弟は耐え抜くしかなかった。
日々のストレスで死ぬ寸前を保つ時、必ず烈と悲しみを分け合ったのだ。
それしか辛さを紛らわせる手段が無かった。
「悲しくなった時はまたこうして慰め合おう。それで、将来は結婚して….子供に話をしてあげるの。ママたちは幸せだったんだよーって。」
叶うはずのない夢を語った。
それでも烈が私を見る目は変わらない。
好きな人を好きだという感情で見る目が安心して仕方ない。
「清羅だったら子供が生まれても何回もその話しそうだな。」
「したっていいでしょう?だって私と烈との子供だよ。凄く可愛いに違いない。」
「その前に進学を考えないとな。子供が生まれるのは前提として。」
話を遮るように次の話題に変えた。
この際、高校だけ普通のところへといって、進学はしない方向にすればいい。
仮に刑務所で収監されてしまっても、その後に高校へは行けるのだから少しの幸せを噛み締めながら罪を背負っていく。
適当に生きて、適当に生涯を終えたい。
「烈はどうしたいの?」
「俺は清羅が行きたい所に行く。」
「私は白金医大付属も良いと思うけど、普通の所がいいの。」
布団から出て鞄からパンフレットを取り出す。
烈は起き上がっていた。
見せると、納得するように頷いた。
この高校は都内で、偏差値六十程度の普通の高校。
スマホで調べた情報によると評判がいいらしく、卒業生は就職する人が多いらしい。
生徒の意思によって適する職業を参考にさせてくれる、駅から徒歩十分という理想の場所だ。
烈も頷いてくれたので、後は母と父の説得だけ。
あの二人が承認してくれるとは到底思えない。
やはり何かを犠牲にしなければ、受け入れてくれないだろう。
戸籍を外すでも暴力でも何でもいい。
解放されると思えば ──。
「水祷宮高校?」
「進学校でもないから、私や烈にはぴったりだと思って親しい先生から貰ってきたの。」
「清羅が行くなら俺も行く。親を説得するのが災難だが。」
「説得しようだなんて思ってないよ。私は家を出るつもり。戸籍を外すでも暴力でも何でもいいから解放して貰えばそれで良い。」
以前は暴力への恐怖で解放してもらう勇気を踏み出せずにいた。
だが烈がいることで、私の心の中に勇気の燈が出来たのだ。
「俺も一緒に説得する。」
「ありがとう、烈。」
僅かな時間、時が刻まれていく感じがする。
烈は私の肩に寄りかかり、光への道筋を開いてくれた。
「踏ん張れ、清羅。」
「うん、踏ん張ってみる。」
どうか、最悪な結末にはならないでほしい。
どうか、どうか…。
無力な私達が大人へとなれますように。
コメント
10件
怖い雰囲気から生々しい雰囲気なるの凄い笑笑 それにしても烈くんめっちゃ怖い笑笑笑笑 ゾワってする フォロー、ブクマ失礼します
ミステリー要素と恋愛要素とで完全に分かれてるの好き。 区別がついてていいと思う。 R先生の表現が独特で、少し生々しい感じなので、そこが魅力だと思います。凄く良い👍️