第八章 木立蘆会
青城烈 月迫
幸いにも俺が数日前に犯行を犯したことを、清羅以外は誰も知らなかった。
次女は虫が毎晩空中に浮いていたり、少しの腐敗臭が鼻へと通るようで、どうすれば良いかと頭を悩ませている。
ざまぁみろと不意に思ってしまう俺がそこにいた。
俺はもう孤独ではなかった。
教室に入るなや否や、皆が俺を心配して、少しお高めの洋菓子をくれる。
手袋をつけて生活しているので、快く貰うことが出来た。
そして清羅からも手紙を貰った。
便箋に包まれ、鳳仙花の香りが漂うレター用紙はまるで、仲を取り戻したいと言われているようだった。
生まれてからこんな待遇はなかったからか、涙が溢れ出る。
なんてことをしてしまったのだろうという懺悔、歩みだそうという挑戦。
俺が求めていたものはこれだったに違いない。
「あっ、そういえば烈くん聞いた?」
同じ班の男子が声を掛ける。
「なにが?」
「前、この学校で事件が起きてたんだよ。俺らの学年の主任が死んだみたいな。それの犯人逮捕されたんだって。」
それならよく知ってる、なぜなら俺が殺したからとは言えない。
鼓動がどくどくと鳴り響く。
「そうなんだな。」
「そうそう。しかもその犯人誰か分かる?」
「いや。」
「松平先生なんだって。やばくない?」
化学と生物を受け持つ教師で、三学年の学年主任とお付き合いしていた人。
正直、案の定すぎて、へぇーとしか思えない。
そういう事件の犯人は大抵、親しくしている身内だ。
ただそれは故意にやったのか、やっていないかによる。
故意に企てる計画的犯行はその場合に該当するけれど、故意に企てない咄嗟に犯してしまう犯行は該当しない。
俺の場合は後者に該当する。
社交的な松平先生は後者に該当してしまい、後者の方が残忍性が高い。
警察にとってはそちらの方が都合が良い。
難癖をつけて逮捕したのだろう。
「まぁ、そうだな。」
「今は裁判中らしいんだけど、俺のお父さんが言うには死刑にするかもしれないって。」
この男子生徒の父親は確か、裁判所の裁判長だった。
「じゃあもう裁判所まで行き着いてしまってるんだな。」
「そうだよー。凄い大変らしくてね。毎日忙しんだって。烈くんのお父さんはお仕事なんだっけ?」
最近の状況を知って言ってるのかと思ったが、いかにも何も知らないような態度で、感情が出なかった。
「起業家だった。」
「え?あ…ごめん。」
今更とんでもない失言だったと気付いたようで、縮こまった。
「別に。今更だろ。」
「そうだけど….あ、そうだ。俺、烈くんに憧れてバレーボール始めたんだ。スパイクの打ち方教えてよ。」
バレーボールは一時期、俺の全てと言っていいほど、一心同体の存在だった。
スポーツが野蛮だからと二年時の時にあの男に言われたのを思い出す。
大切に愛用していた一つのバレーボールはあの男によって、ゴミとして捨てられてしまった。
愛の存在がなくなった俺はそこから愛に執着するようになった。
目の前にいる男子生徒の軽い気持ちなんかよりも、ずっと重みが重なっている。
奪うものではないのに、奪われたくないと思ってしまう。
「受験が終わったらな。」
「うん!全然良いよ!さんきゅ!」
屈託ない笑顔をした。
今はそれが近くにあるようだ。
裏庭へ行くと、事件があったとは思えないほど鮮やかな緑陰が浮かんでいた。
主任が死んだ場所の草を足で散らす。
土が靴裏につくだけで、なんら変わらない。
そこには血がついていたはずなのに。
はっとした。
俺はなんてことを考えていたんだ。
改心するのではなかったのか。
花を添えて、コンビニで買ったおにぎりを頬張った。
どうせ味はしないだろうなと思っていたが、何故だか味がした。
──美味しい…
生まれて初めて感動した。
コンビニのおにぎりはこんなに美味しかったのだ。
喉につっかりそうな勢いで次々に頬張り、涙が出始めた。
潔癖症がコンビニでは発症しない感動よりも、味がする感動の方がよっぽど大きい。
味がするのも何かきっかけがあるのだろう。
清羅と俺の天秤が水平になったことか、もしくは──。
ぱんっと手を合わせ、ご馳走様でしたと心の中で言った。帰り道、いつも通り清羅と下校をした。
気分が良いのか、ここ数日は髪型をころころと変えている。
時にはお団子、時には三つ編み、時にはハーフアップ。
権力というより、成績優秀なため、許される行為だと清羅は言う。
俺自身も庶民へと変わってからというもの、その地位が崩れる様を見たことがない。
特待生並の成績だからなのと、単純に清羅がバックについているからなのは目に見えてわかる。
「手紙、読んだ?」
「うん。清羅っぽい字で、清羅っぽい気持ちだった。」
嬉しい反面、所々についていた血の跡が気になってしょうがない。
俺が苦しい思いをしている分、清羅も俺自身と自分自身を救おうと必死だった。
お手洗いの頻度が多いし、排水溝の詰まりが激しく、唇はがさがさと荒れていた。
荒れているどころじゃない。
放置された血の塊と乾燥した白い皮が共存するかのようにくっつき、自傷行為に近いことをしている。
手紙を書いている間、清羅は何を思っていた?
「ふふ、なにそれ。」
「….真面目な話なんだが、清羅大丈夫か。」
「大丈夫。これくらい慣れっこなの。」
何がとは聞かずに、質問の意図を分かっているかのような解答だ。
本音と向き合えていない。
「俺は何に対して大丈夫かと聞いてない。ゆっくりで良いから話してくれないか。」
君の全てを──。
「….まだそれは出来ない。言いたくないの。」
申し訳ない顔で謝った。
「なら、話せる時、話せ。俺はお前の味方でいる。」
清羅と手を繋いだ。
手を繋ぐことでお互いの存在意義を確かめ合う事ができる。
「ありがとう。」
俺たちの関係は良好したが、その関係の名は変わっていない。
恋人ではなく、愛し合っているだけ。
付き合ってとも、好きとも言われていない。
なのにどこか清羅の仕草が俺を愛しているように見えた。
対して今までと変わっていない事実に痛感する。
これは悪く言えば、良いように利用しているだけだ。
本当に変わっていない。
本当に ──。
その理由はきっと、親が関係している。
親から解放されずに俺が亡くなった時、お付き合いをしていれば悲しみは永く続く。
その関係さえ名前をつけなければ、次の機会へと進むことができる。
そう清羅は思っているのだろう。
でも結局、どちらも愛し合っていることが共通しているならば、永く悲しみに明け暮れるのに間違いはない。
純粋は俺にとって罪だ。
マンションに着くと、エントランスで警官が俺たちを待っているようだった。
焦りに焦った。
冷や汗が止まらない。
清羅を見ても俺と同じような状態だ。
手を強く握り、顔をいつものように戻した。
「あっ、柏柳様….恐縮なのですが、お話だけ伺ってもよろしいでしょうか?」
腰を低くする。
「….構いません。」
二人の警官は息を呑み、尋問のような時間が始まった。
「柏柳様の使用人数人と柏柳直大さんが共通して失踪してしまった事件についてですが、十二月十日、お二人は何をしていたか教えてください。」
エントランスのソファに座り、ケーキに手をつけた。
「私は学校に行ってました。」
「俺は清羅の….柏柳さんの家で過ごしていました。」
「失礼ですが、それは居候という形で間違いないでしょうか。」
「いえ、俺が柏柳さんの家に同居させてもらっています。」
「なるほど….お二人は使用人と直大さんと仲が良いですか?」
「俺はあまりですが、柏柳さんは親しい間柄だと思います。」
警官が聞いた話をメモしながら俺を凝視する。
心の声が聞こえてくるようだ。
──本当はこいつがやったんじゃないのか。
残念ながら、これは外れていない。
「ここ最近、使用人や直大さんの不審な行動などを目撃したことはありますか?」
「無いです。」
「俺も無いです。」
「分かりました。」
質問をした警官がメモをしている警官に耳打ちをする。
何か勘づいてしまったのか、それが分からなくてドキドキした。
心を落ち着かせるために紅茶を飲み干した。
だが緊迫感が俺の後を追っているようで落ち着くことが出来ない。
「そんなに緊張なさらなくて大丈夫ですよ。」
安心させるように微笑んだ。
その笑顔こそが罪を吐かせる者の悪行だと思うと、緊張する。
「烈、大丈夫だよ。貴方は何もしてない。」
それは嘘だ。
本当は全て知ってしまっているのではないか、証拠として扱おうとしているのではないか。
清羅は手を俺の手の上にのせた。
「ゆっくりでいいので、お答えください。使用人と直大さんと最後に会話したのはいつですか?」
この警官も俺を疑うように目線を合わせる。
「俺が同居を始めた時以来、話しておりません。」
疑いが解けたように次は清羅に視線を合わせる。
「十二月九日のディナーが最後の会話でした。」
「では申し訳ありませんが、どんなことをお話ししたのかをお聞かせください。」
「普通の世間話です。ご存知の通り、私は私立中学に通っていますが、直大は公立中学に通っているのでどんなことを勉強しているのか聞いていました。」
清羅の手は震え、内心は焦っているようだった。
「そうなのですね….。それだけしか話していない感じですか?」
「えぇ。今更ですが、もっと話しておけば良かったと後悔しています。」
疑いから逃れるように悲しげな表情を見せる。
これには流石の警官も同情するようで、それ以上は何も触れずに終わった。
「驚かせてしまい、申し訳ありませんでした。」
「いえ、全然大丈夫です。」
清羅は引き攣った笑顔をつくる。
「本日はお忙しい中ご協力頂き、ありがとうございます。では失礼します。」
深く礼をしてその場を後にしていった。
力が抜けたように、どかりとソファに座る。
残ったケーキをフォークで掴み、人目を気にせずに大きい口で頬張った。
まだ味はそこまで感じられないが、どんな味かは想像することが出来る。
清羅は顔を見られたくないのか、すぐさまエレベーターに乗ってしまった。
いつもと違って虚げな表情に周囲の人々は困惑する。
エレベーターの扉が閉まると共に、俺の心はぽっかりと空いた気がした。
タルトやら苺やらを平らげる。
味はしないのに美味しいと感じる舌に違和感を覚えた。
柏柳清羅 月迫
自分の部屋で本を読みながら母を待っていた。
今日は烈が久しく学校に登校した日だから、私も一緒に頑張ろうと進学のことについて話すつもりだ。
とは言え一筋縄ではいかないのが現実。
白金医大付属を志望校にしていたのに、急に変えるのはおかしいやら、貴方には適していないやらを言われるのだろう。
烈も自分の部屋にいて報告を待っている。
期待に応えられる結果になれば良いと願うばかりだ。
一階から使用人がおかえりなさいませと言う声が聞こえた。
深呼吸をして呼吸を整える。
パンフレットを持ち、一階へと降りた。
降りると父と母がいた。
父までいるのは想定外だった。
これは長時間話すことになるだろう。
「お帰りなさい。お母様、お父様。」
「えぇ。清羅、そのパンフレットはなに?柏柳の一族には相応しくない高校みたいね。」
今日は母の機嫌が悪い。
父がいるからだろうか。
「お話したいことがあるんです。」
父は不思議そうに首を傾げた。
母は何となく感じ取るように、駄目よと一言言う。
「私にも私なりの理由があります。この高校に行かせてください。」
「頭でもおかしくなったのかしら。貴方は白金医大付属に行きたいと言っていなかった?」
「….お前にはその高校、合っていないと思うぞ。」
直接確かめてから言ってほしい。
何故子供の意思を尊重してあげないのか分からない。
「本当は、白金医大付属ではなく水祷宮に行きたかったんです。」
母の顔色が段々と変わっていく。
「今更変えるだなんて私は許さないわ。」
「未知子の言う通りだ。もう十二月だ。一月には願書を提出するんだぞ。分かって言っているのか?」
「私の学力だったら充分にいけます。出席日数も、内申も申し分ないと思います。」
母が立ち上がった瞬間、使用人達はいつものことを察知するかのように別の部屋へと行ってしまった。
くるのだ。
抵抗してはいけない。
抵抗すればどうなるかは何となく想像がつく。
目線を合わせた時、咄嗟に目を閉じた。
静まり返るリビングでその音だけが聞こえた。
頬が痛い。
「あんたみたいな子育てるんじゃなかったわ。」
失望したのか、パンフレットを奪い、私の心をぐちゃぐちゃにするように丸める。
このくらいは想定内だ。
何がなんでも説得さえすれば、母は家を出ることを許してくれるかもしれない。
土下座をしよう。
そうすればきっと…
「説得しようだなんて無駄な考えよ。貴方は一生柏柳家の裏切り者として生きていくの。家を出ることは許されない。」
どうすれば良いか頭が回らない。
「….ごめんなさい。」
弱々しい声が出た。
足枷をつけられたように体が重い。
私は力無く土下座の体勢をする。
微力も感じられない、絶望感が口から出た。
「お願いします。お願いします、お母様。私は自立が….したいんです。」
「柏柳家で大事に育てられてきた貴方が自立できるわけないじゃない。何を言っているの?やっぱりあの庶民と親しくなった貴方はだめね。」
「あの子は排除すべきだろう、清羅。な?」
父の言う排除は死を意味する。
それに、母は大事に育てられてきたと言うけれど、大事が監禁や教育虐待を指すわけない。
大事だったら子供の好きなことにお金や時間を使うべきだ。
私の両親は両方おかしい。
排除すべきは母と父だ。
烈じゃない。
「烈は排除すべき存在ではありません。烈は尊き存在です。」
「本当に貴方は頭がおかしくなってしまったみたい。私までそうなりそうだわ。貴方を誑かしたあの男が悪いのに何故庇うの?」
「….私の大好きな人だからです。」
堪忍袋の緒が切れたように次は私の頭を床に押さえつけた。
額から血が流れそうになっても限界まで幾度となく苦しませる。
床の大理石のせいで余計に痛いのだ。
タイル部分に血が流れ始める。
死にそうになりながらも烈を守り続けた。
横から私を守ろうとする烈がいないければ私は死んでいたに違いない。
「何故邪魔をするの?たかが庶民が。調子に乗らないでくださる?」
「誰だって人が窮地に陥った時くらい助けるだろ。お前らこそ頭狂ってるんじゃないか。」
「今何を….」
今まで見てるだけの父が烈をリビングから出そうと強く腕を掴む。
痛がる烈を私は放っておけなかった。
「….烈….たすけて。」
烈は舌打ちをして父を突き飛ばした。
「….貴方、私をここまでして清羅を救いたいの?」
眉間に皺を寄せ、そう呟く。
「黙れ。」
母の顔を殴りつける。
ここで殺したら私達は一生、高校へ通うことは出来ないかもしれない。
「そこで殺したら、…」
「結果的にこいつらが死ぬんだからいいだろ?!母親だからって情が湧くのかよ。」
「違う….違うよ、烈….」
烈から全てを否定されたようで心臓が破裂してしまいそうだった。
説得している間に母が服を掴んだ。
床に突き落とされ、以前と同様に首に手をかけた。
またあの方法で殺すつもりだ…
足枷のような音が足の中で鳴り響きながら私は母の髪を引っ張り、殴りつけた。
人を殴るのはこんな感覚なのか。
じんじんと痛いのに、少しだけ心が晴れたようだ。
次はどうすれば…
次はどうすれば母が死なずに苦しめ続けることができるだろう ──。
「何するのよ、清羅。」
「お母様、お父様、私は……」
「あなた達に長年苦しめられてきました。ですが、今こそが解放するべき時だと思うのです。高校は行かなくても良いですから、家から出させてください。お金は必要最低限しか出さなくて良いので….。」
やっと本音が言えた。
それが何よりも嬉しい。
呼吸が乱れながら深く頭を下げた。
「….貴方はいつまでもそうやって自分勝手なのね。この間あげた問題集はやり遂げていないし、何不自由ない生活も全部嘘だったと言うの….?最悪よ….」
放心するように涙を流し始めた。
もう今更同情なんて出来なかった。
ただ父と母を殺したいと思う気持ちでいっぱいいっぱい。
「清羅、お母様にきちんと謝りなさい。」
振り返ると、父が鬼のような形相でこちらを見つめていた。
謝って何になると言うんだ。
私はこれまでずっと謝ってきた。
なのに今頃になってきちんと謝れとは本当に父なのか疑ってしまう。
「お父様もお父様ですよ。正義を振り翳すばかりで、私の置かれた状況に見向きもしない。お父様だって、陰で不貞関係を築いているのに何を謝れと言うのですか?」
「そんなこと….」
「もう良い加減懲り懲りなんです。誰も助けてくれず、烈しか助けてくれないこの状況に。疲れました。嘘で塗り固められた家族と言うのに。」
眉間がぴくぴくとする。
泣きたいのに、泣けなかった。
こういう時に家族とはなんだろうと考えてしまう。
「恩を仇で返すのね、清羅。」
この人達はどこまでも私達を追い詰め続けてくる。
「恩なんて、どこに存在していると言うのです?」
呆れのあまり、笑えてくる。
それが癪に触ったのか、勢いよくカッターを取り出した。
「監禁しなくなった代わりによくそれを使いますよね。手間が省けるからでしょう。私をどうぞ傷つけてください。」
横で清羅…と私を呼ぶ声が聞こえた。
──烈、安心して。
「大丈夫だよ、烈。」
僅かに微笑み、手を差し出した。
切るでも傷をつけるでも、なんでもいい。
開放だけを望んでいる。
母はわーなのか、あーなのか分からない奇声をあげて直線上で刃を入れる。
鍋に入れたお湯が沸々と上がるように私の血も上り続けた。
今の私は生贄みたいだ。
「….やめろ、糞婆….」
カッターを持ち、どこかに放り投げる。
その一瞬が私を痛くしない鎮痛剤となる。
「ああ….清羅の腕が血まみれに….後先を考えない、無能で無力なモノが傷ついてしまったわね。」
まだ母は笑っている。
「これでもまだ許可を求めるの?」
「当たり前です。私は解放されるためならば何だってします。」
たとえ暴力を振るわれても、権威が喪失しても、全てが終わっても、殺人を犯しても。
手段だけが残り続ける。
「そんな綺麗事を叶えられれば良いわね。どうせ無能には無理でしょうけど。」
「….侮らないでください。」
名前呼びから無能呼びになったのが関係を変えたも同然だ。
こんな無能、あなた達の世界には到底要らないでしょう。
「事実を言っただけよ。….まぁ、もう良いわ。」
母は諦めがついたようだ。
安堵した時、近くの花瓶を手にする。
「何をするの?お母さ──」
「解放されると思ったかしら。本当に無能で無力なんだから….」
溜め息をつき、手を離した。
耳を塞ぎたくなる音と一緒に床に破片が飛び散る。
一つの破片が私の足へと刺さり込む。
母はこれが狙いだったのだ。
「なんてことをしてくれたんだ!未知子!」
父が怒鳴る。
「私にとったらたかが百億よ。それが痛くも痒くもないの。いつからそんなにケチるようになったのかしら。旦那様。」
「それは俺が愛梨から貰ったものなんだぞ!」
「愛梨?ああ、安藤商事のご令嬢ね。貴方も大概不倫男になったのね。いい気味よ。」
安藤商事と言えば日本で聞かない人はいないくらいに有名な商社だ。
それが世間に公になれば、それこそ再度虐められるかもしれない。
「ふざけんな、この腐れ女!」
「うるさいわね。大企業の会長だからって何を言っても許されるわけじゃないのよ。こんな所、嫁がなければ今頃、学さんと家庭を築いて、貴方みたいな人と清羅みたいな無能と、頭が悪い小狐達を構わなくて良かったのに。」
「黙れ!クソ女。」
「貴方とは良い関係を築こうと思ったのに….残念ね。清羅、だからその報復としてここに死ぬまでいなさい。分かったわね?」
怒りをこちらへとぶつけてきた。
まだ納得しきれないらしい。
「嫌です。貴方達とは離縁します。」
「無理な話ね。貴方は何がなんでも、白金医大付属に合格させて、将来は医師になってもらうから。企業を継ぐのは下の子達でいいわ。わかったわね。」
早く同意しろという目でまじまじと見る。
この人達を改心させるのは難しいと諦めざるを得なかった。
「….保留にします。」
「……気持ち悪い子。」
私の肩にわざとぶつかり、家から出て行った。
父は怒りのあまり服を脱ぎ捨て、扉から入る使用人に煙草を持ってこいと命令した。
足早に用意する使用人が私達を心配して顔色を伺った。
それすらもうざく、怒りが出る。
──心配するくらいなら仲裁してくれてもよかったのに。
忠誠心が無い使用人。
どうしようもなく全部が欠如する両親。
それに抗い、もがき苦しむ私達。
携帯を取り出し、烈へと送るメッセージを打った。
『あの人達を殺してしまいましょう。』
コメント
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気を許してるのはれつくんだけだったのね... せめてもの救いだよ! ほんとに親がくそすぎる
どうすれば二人を救えるのだろう? そこを考えた時点で、二人はもう救われないのかもしれませんね。。 とても悲しく、同情しがたい事件が起きるなんて誰も知らないでしょうに。