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ゆうれい都とナギ

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ゆうれい都とナギ

23 - 第20話「夕立と傘と音の記憶」

2025年07月20日

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第20話「夕立と傘と音の記憶」
ぽつ、と。

頬にひとしずく、落ちた。


空は、知らない間に暗くなっていた。

雲はまだ遠くにあるのに、音もなく、雨だけが先に降りてきた。


ナギは、薄く透けたグレーの傘をさした。

それは、ユキコが手渡してくれたもので、骨が少し歪んでいた。

透明な生地の端に、手描きの花の模様が描かれている。

だけどその花は、全部、逆さまを向いていた。


ナギのTシャツはもう少し色がくすみ、

髪も湿気で頬に張りついていた。

胸ポケットに入れた鉛筆が、知らないうちに芯だけになっていた。


「ユキコは?」


どこを見渡しても、姿がない。

でも、傘の中には、誰かの“声だけ”が残っていた。


《濡れた音って、ひとの記憶に残るんだよ》




水たまりの上を歩くたび、ナギの靴がやわらかい音を立てた。

それは現実の音というより、心の奥のどこかに届いてくる、昔きいた音に似ていた。


ふいに、風が吹いた。

傘が軽く持ち上がり、バランスをくずしたナギの肩が、木の枝に触れる。


そのとき──


「ぴ、ぴぃ……ぴいぃ……」


鳴き声だった。

けれど、それは鳥の声ではなく、ずっと遠い記憶のなかの音だった。


赤ちゃんの泣き声。

もしくは、テープが切れるときのような、ちぎれた音。


ナギは、胸のあたりをぎゅっと押さえた。

自分でも、理由がわからなかった。




ユキコは、傘をささずに立っていた。

真っ白なワンピースが、雨に透けて、

その奥に肌の輪郭が見えそうで見えない。

でも、その輪郭すらも、“いまだけ”の存在に見えた。


「ナギちゃん、その音、ずっと探してたんだよね」


「……なに、それ」


「さっき聞こえたでしょ? あの音、ナギちゃんがいちばん最初に忘れた音」


ナギは傘を閉じた。

雨が髪に、まぶたに、肩に、ぽつぽつと刺さってくる。

でも冷たくなかった。

その代わり、“音”がじわじわと染みこんでいく。




ふたりで、雨の中を歩いた。


足音だけが、遠ざかっていった。

やがて、音もなくなった。

雨がやんだのではなく、耳がその音に慣れてしまったのだ。


「ねえ、ナギちゃん」


「うん」


「今聞こえてる音も、いつか忘れるよ」

「でも、それでいいの。忘れても、また思い出せるから」


ユキコの声は、水の中で聞こえるみたいだった。

にじんで、ぼやけて、でもやさしくて。


ナギは、ただ、目を閉じた。


傘の音、雨の音、鳴き声、遠い記憶の木の枝の音──

ぜんぶ混ざって、ただひとつの“懐かしさ”に変わっていた。

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