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第21話「トモダチの家におとまり会」
「今夜、泊まりにこない?」
ユキコがそう言ったとき、月はすでに低くて、まるで空に貼りついていた。
ナギはうなずいた。
長袖のパジャマを借り、ユキコの家の奥の部屋に通された。
畳の匂いがしない部屋だった。
代わりに、木と布と……わずかに“古い記憶”のにおいがした。
部屋の壁には絵がかかっている。
色鉛筆で描いた誰かの顔。
笑っているけど、目の中に口があるように見えた。
「この部屋、夜になるとちょっと変わるけど、だいじょうぶ?」
ユキコは、くすんだグレーの寝巻きを着ていた。
首元にはリボンのような飾り。
髪はゆるく下ろされ、耳元だけ、少し透けて見える気がした。
ナギは布団に入った。
小さめの掛け布団が、身体にぴたりと沿ってくる。
「……この布団、息してるみたい」
「うん、たまに夢のなかまでつれてってくれるんだよ」
「どこに?」
「ここじゃない“おとまり”」
部屋の隅に、だれか立っていた。
でもナギは、それを見なかったふりをした。
ユキコも、何も言わなかった。
「……トモダチ、他にもいた?」
「うん、でも今は“泊まってる”だけ」
ナギはうなじに汗を感じながら、目を閉じた。
すると、天井がすこしだけ低くなった気がした。
そして、布団の中から別の“ぬくもり”が、背中に触れた。
夢の中で、ナギは見知らぬ家にいた。
でも壁の模様はユキコの部屋と同じだった。
ただ、家具の位置が反対だったり、
扉の先が森だったりした。
「ナギちゃん」
ユキコの声が、どこからか聞こえた。
眠っているはずのユキコが、夢の外から話しかけているみたいだった。
「ここのおとまり、終わった子はみんな、“朝がない”んだって」
「……じゃあ、わたしも?」
「まだ終わってないよ。ナギちゃん、ちゃんと“帰る家”あるもん」
ナギは夢の中の家の床を見た。
床の板のすき間に、名前が彫られていた。
《なぎ》
朝がくる。
はずだった。
でも、部屋は変わらなかった。
外はあかるいのに、部屋の中の時計は夜のままだった。
ユキコが笑った。
「ナギちゃんが起きるまでが、おとまり会なんだよ」
ナギは、自分の手の甲を見た。
ひとつだけ、新しいスタンプが押されていた。
“いっしょにねた”
そのインクがじんわりとにじみ、夢の余韻のように肌に染みこんでいった。
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