レンブラントはヘンリックとテオフィルに先に城に戻る様に言い、一人ある場所に向かった。
町外れの見覚えのある小さな教会の建物の裏に周ると庭に出た。庭一面に咲く花を尻目に庭を通り抜け、その先の林に入って行く。心臓が煩いくらいに脈打って落ち着かない。何故こんな場所に来たのか自分でも理解出来ない。ただ……彼女が呼んでいるそんな気がした。
林を抜け出た瞬間、吹き抜ける風を感じた。視界には無数の墓石が映る。
此処に来るのは久々だ。彼女と出会ってからは何度か足を運んだが、やはりいつ見ても美しい。天から日が差し込み、白色の墓石を照らし出している。丈の低い無数の花が隙間なく咲き乱れていて、天国があるならこんな感じかも知れないと漠然と思う。
レンブラントはワザとゆっくりと歩みながら、見覚えのある後姿へと近付いて行く。そして彼女の後ろで足を止めた。
「何を話していたの?」
墓石の前に祈る様にして膝をついている彼女の背に問いかける。
「……報告していました」
彼女は振り返る事なく墓石を見つめながら答えた。
「報告?」
「はい、お祖母様の昔愛した方の孫息子様と恋をしましたと」
「っ……」
言葉が出なかった。彼女から責められている気がして息苦しく感じる。
「それともう一つ」
「もう一つ……?」
「この度、私ティアナ・アルナルディはハインリヒ王子殿下と婚約しましたと」
ーーこの日レンブラントが城へ戻ると、ティアナとハインリヒの婚約が公表されたと聞かされた。
自邸に帰り乱暴に自室の扉を開ける。机に積み上げていた書類の山を乱暴に掴み床に叩き付けた。これ等は全ては信仰金の裏帳簿やら国税に手を付けた証拠などだ。他にはヴェローニカに集めさせたフローラの怪しげな薬に関する資料なども含まれている。
ーー第二王子の聖女。
ハインリヒが巷で騒がれている偽聖女を手に入れたと貴族等は騒ぎ立てている。これで形勢が逆転するだろう。今やフローラは民衆の間では魔女と称され、新たに現れたティアナは真の聖女だと認識されており水面下で貴族等にも徐々に浸透しつつある。
第二王子派は聖女という強力な盾を手に入れた。寝返る貴族等が一気に増えるのは目に見えている。更にフローラという分かり易い対比がある事で拍車が掛かるだろう。
ーーこれで王太子派は終いだ。
(どうにかしてクラウディウスを救いたかった……)
レンブラントは苦労して集めた資料を呆然と眺める。本来ならこれだけの証拠があれば糾弾する事は容易い。後はフローラがクラウディウスを操っている事を証明して彼を正気に戻す方法が分かりさえすれば……。だが時間切れの様だ。ハインリヒは甘くはない。それに何よりも民衆達は皆今苦しんでいる。昼間の光景が幾度となく蘇り、自分の判断は間違いだったかも知れないと思った。
散乱した書類をそのままにしてレンブラントは椅子にもたれ掛かる。呼吸を整え自分自身を落ち着かせる。未だに混乱している頭をゆっくりと整理していく。
(ティアナが、聖女か)
まさか偽聖女の正体が彼女だったとは驚いた。驚いたが、不思議とその事実をすんなりと受け入れている自分がいる。腑に落ちたと言えば良いだろうか。
『答えられません、私にはそれしか言えません』
何故あの時彼女が誘拐されたのか……。
何時か花薬の事を訊ねた時の彼女の反応を思い出す。色々と気になる事や聞きたい事があった。だが今は聞くまでもない。彼女が手にしていた小瓶が恐らく花薬なのだろう。暴かれる事を拒んでいた筈のティアナが自ら聖女として振る舞う姿を見て、彼女の強い意思を感じた。彼女なりの決断なのだろう。
『この度、私ティアナ・アルナルディはハインリヒ王子殿下と婚約しました』
ハインリヒとティアナが婚約するなど予想外ではあったが、これで良かったんだとも思える。これから彼女は新たな王太子の誕生と共に王太子妃となり又聖女としても民衆から愛される存在となるだろう。あの時ティアナを手放した判断は間違いじゃなかった、その事だけは無力で不甲斐ない自分が唯一誇れる功績だろう。
『レンブラント様……私も貴方をお慕いしております』
「ティアナ……僕も君を愛しているよ」
後悔はない。いや後悔する資格など自分にはない。なのにどうしてだろう。何故こんなにも苦しいのか分からない。往生際の悪い自分に嘲笑する。
「さて、僕は僕のすべき事をしないとね」