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#深澤辰哉
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一足早い…というかフライングが過ぎるんじゃない?とさえ思う忘年会を兼ねた同窓会で、貸切の居酒屋。会場の真ん中で、俺はいつものように完璧な太陽を演じていた。
「えぇ?あべちゃんそれマジ?盛ってない?」
「あははっ、本当だって! 今度皆で遊びに来てよ、初回なら全然安く済むし、紹介なら男が来ても大丈夫だから!でも俺は指名してよ?指名料とか割り勘なら安いもんでしょ?」
「うっわ、営業えぐーっ!!」
「でも興味はあるかも!ホストのあべちゃん、私見てみたーい!」
「そう?…実際見て俺のこと好きになっても知らないよ?」
寄ってくる同級生たちの期待に応え、欲しい言葉を投げ、場を回す。今となってはナンバー入りのホストとして、これくらいの社交と多少の嘘は呼吸をするより簡単だ。けれど、視界の端に紛れ込んだモノクロの影を見つけた瞬間、そこで配らせていた視線は止まった。
会場の隅、ジョッキを握りしめたまま石像のように固まっている男。アイツは…確か…
(…あぁ、岩本、だっけか。)
高校の頃、同じ空間にいても基本的に言葉を交わさなかった。でも、どこかストイックな空気を纏っていた彼の背中を、俺は何故かずっと覚えていた。
(…うっわ…顔色悪。)
周囲がどんなに盛り上がっていても、彼一人だけが深い泥の中に沈んでいるみたいに見える。
大手企業で営業をやってるってさっき他の子からちらっと聞いたけど、多分退勤してそのまま来たのであろうその立派なスーツの下にある心が、ボロボロに擦り切れているのが透けて見えてしまった。
なんだか放っておけなくて、居ても立ってもいられなくなった俺は、群がる連中に《あ、ごめん! 懐かしい顔見つけちゃった!》と、とびきり明るい笑顔を振りまいて、一直線に彼の方へ歩き出した。
「お疲れ!久しぶりだね、岩本!」
いきなり至近距離で声をかけると、彼は弾かれたように顔を上げた。俺の顔を見るなり、過剰な疲労によって光の薄れた目が泳ぎだす。
「え?…あ、えっと…、」
必死に記憶の引き出しを開けようとしているのが分かる。あぁ、一瞬《誰だっけ》って顔したな。…でも、そんなのどうでもいい。俺は笑みを浮かべたまま、彼の肩をぽんと叩いた。
「阿部だよ!…ねぇ、そんな死にそうな顔して飲む酒とか絶対に美味しくないって。もうアルコールが勿体ない!」
敢えて空気を読まず、彼のパーソナルスペースを強引に踏み荒らす。驚きで固まる彼を真っ直ぐに見つめて、俺は有無を言わせないエネルギーを込めて宣言した。
「…あっ、決めた!取り敢えず来週の月曜、サシで呑みに行こうよ!」
「…えっ?」
「俺奢るからさ。いいよね?うん。決定!連絡先教えて!」
俺の勢いに圧倒されて、ただ呆然として流される彼。その目の中に、ほんの一瞬だけ、絶望以外の色が灯ったのを俺は見逃さなかった。…まあ、少なからずポジティブなものではないだろうけど。
オープン初日の開店直後。少し落ち着かない空気の中、ドアのベルが鳴った。
「いらっしゃーい。…あらリョウちゃん! ほんとに来てくれたの!?」
現れたのは、若手ながら今後の夜の街を象徴するような華やかなオーラを纏ったリョウちゃん。俺の店子時代からの付き合いだけど、譲り受けた場所とはいえ、自分の城となった所で彼を迎えるのはやっぱり少し照れくさい。
「オープンおめでとう、ふっかさん…あ、もう今日からは『ママ』って呼んだ方がいいのかな?」
カウンターに肘をつき、リョウちゃんが悪戯っぽく微笑む。慣れ親しんだ『ふっかさん』という呼び名が、新しい肩書きに上書きされる瞬間。なんだか、また1つステージを上がったような気分だ。
「やだもうー!まだママなんて柄じゃないけどさ…リョウちゃんに呼ばれるなら、それも悪くないね?ドリンクはいつものでいい?」
「あ、いや…その前にちょっと紹介させて?」
俺がいつものグラスの準備をしようとすると、リョウちゃんそれを制して自分の後ろを指さした。そこには、さっきからソワソワと耳を立てた子犬のようにこちらを伺う、キラキラとした金髪の…向日葵のような笑顔の少年がいた。
「この子、ウチの店に新しく入ったサク。まだ19で右も左も分かってないけど、根性と元気だけはあるから。夜の遊び方、ママからもしっかり叩き込んでやってよ。」
リョウちゃんがちゃんと『後輩』として彼を紹介する。
紹介された少年──サクくんは、リョウちゃんの言葉が終わるか終わらないかのうちに、勢いよく頭を下げた。
「初めまして、サクです!この度はオープンおめでとうございます!ママさん、めちゃくちゃ色白で肌綺麗っすね…!」
「…ん?早速営業?」
「にゃっはは!バレた?俺のことは呼び捨てでいいんで、可愛がってください!よろしくお願いします!」
目をキラキラさせて懐に飛び込んでくる無垢なその愛嬌。リョウちゃんのナチュラルな、それでも計算された微笑みとは対極にある天然素材の可愛げに、俺は思わず毒気を抜かれた。
「っはは!分かった。じゃあ俺のことは…折角だからそのままママって呼んで?さっくん。」
「さっくん!?めっちゃいい!俺ママの雰囲気結構好きっす!」
「…サク、お前ちょっと距離感考えて。」
リョウちゃんが呆れ顔でさっくんの襟首を軽く引き戻すと、そのままスッと指先でシャンパンメニューの最上段をなぞった。
「じゃあ、これ抜こうかな。俺からのお祝い。」
リョウちゃんが指定したのは、店で一番高いボトルだった。流石、ナンバー入りは太っ腹の桁が違う。
「いいの?リョウちゃん。これ、結構するよ?」
「ウチの店に比べたら全っ然安いよ。ママの門出なんだから、派手にいかないと。」
《ね?》と微笑むリョウちゃんに頷き、冷えたボトルを恭しく取り出す。布を添え、ゆっくりとコルクをギリギリまで回し、彼に渡す。
「シャンパン第1号、派手にお願いね?」
「任せて?じゃあいっくよー!ママ、オープンおめでとーーっ!!」
「ワン!ツー!さんしーごぉっ!」
──ポンッ、という軽やかで景気のいい音が、さっくんの掛け声と合わせて店内に響き渡った。
「ありがとー!!」
「うぇーーーい!うわすっげぇ!本物のシャンパンだ…初めて近くで見た…!」
「サク、分かってると思うけどお前はまだ飲めないからね?」
「分かってますって!」
さっくんが目を輝かせて歓声を上げる中、俺は2つのグラスに黄金色の液体を注いでいく。立ち上る繊細な泡が、この新しい店の未来を祝っているように見えた。
「じゃあさっくんはジンジャーエールにしようか。色近いし。」
「にゃすっ!あざっす!」
折角なので、彼にも雰囲気を楽しめるようにシャンパングラスに注いでいく。
「それじゃ、ママの新しいスタートに。」
「ママ、おめでとうございまーす!」
「ありがとーー!」
リョウちゃんのリードで、三つのグラスが重なり合う。
薄いガラスの音が、これから始まる夜の幕開けを告げていた。