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男がバッと顔を上げる。上から見下ろす千紘の顔を見てビクリと肩を震わせた。


「……千紘」


「ほんとにやる事なす事全部姑息だよね」


明らかに怒りを抑えている声に、凪も驚いて目を見開いた。いつもヘラヘラしていて余裕ぶったり甘えてみたりする千紘が本気で怒っているところを見るのは初めてだった。


「だ、だって……」


「だって何? 俺には二度と関わるなって言ったよね? 納得したよね?」


どんなに憤慨していても、感情的に相手を責めないところは凪とは違った。ただ、その冷静さが冷徹にも見えて凪は黙ってそれを見つめていた。


「納得は……してない。俺はまだ千紘のことが好きで……」


「俺のことが好きだと俺が会ってる男に危害加えるわけ?」


「……」


千紘の言葉に男は座り込んだまま目を伏せた。バツが悪いとはこのことだ。まさか千紘に見られるなんて……とあからさまに動揺する。


「店の予約とキャンセル繰り返して嫌がらせした時もそうだけど、なんで俺だけじゃなくて周りも巻き込むの?」


「あれはっ、違っ……俺が」


「違わないじゃん。あの時に俺言ったよね? 他人の邪魔したり、周りに迷惑をかけるような人間は嫌いだって。俺は樹月を恋愛対象としてみれなくなったとか男として無理とか以前に人として無理なんだよ」


淡々と語る千紘。凪は2人のやり取りを聞いて目を丸くさせた。千紘が凪を好きになったきっかけとなった事件。

千紘にカットの予約が殺到し当日全てキャンセルされた嫌がらせ。それは凪が店先で声をかけた男と、千紘の元彼によるものだったと以前千紘から聞かされた。


それがこの男だったのかと改めて男の顔を見る。先程の狂気じみた顔を思い出せばコイツならやりかねないと思えてしまう。

ただ、凪にはそれだけではなく千紘と同じように憤りの感情も芽生えた。


千紘のことを好きだと言いながら迷惑行為ばかりを繰り返す。自分の気持ちを押し付けるばかりで全く千紘の気持ちは考えていない。

そんなもの、好きだと言って執着する資格はないと思った。


「仕事が忙しいからって言ったじゃん……。別れた理由は仕事だったのに何でそんなこと言うんだよ」


樹月はアスファルトを掌で撫でながらポツリと呟いた。


「そもそもその解釈がおかしいじゃん。俺の仕事中に予約なしに店まできたり、カットの練習してるところを邪魔したり、あまりにも頻度が過ぎるからこれ以上は一緒にいられないって言ったんでしょ」


盛大なため息をつく千紘。凪と一緒にいる時には、いつもため息をつくのは凪の方なのにどう見たって参ってしまってる千紘に、凪は同情すらした。


仕事邪魔してくんのは無理だな……。カットの練習中も無理か。これだけやたら会いたがる千紘が無理だっつったんだから、もうほぼ毎日だって思っていいんじゃ……。


凪は無意識に心の中で千紘を名前で呼びながら、四六時中付きまとわれる千紘を想像して背筋が震えた。凪も今まで付き合った歴代の彼女とだってそんなにずっとくっついてはいなかった。

好きだと言っても限度がある。ただこの男にはそれがわからないのだろうと凪は顔を引きつらせて樹月を見つめた。


「でも……」


「でもじゃないよ。別れたし俺はもう樹月のことは好きじゃない。こんなことされたらどんどん嫌いになる」


「千紘……」


「樹月がこの子に何しようとしたのかは知らないけど、俺の大事な人だから。なんかしたら許さないよ」


殺気にも似た怒りをぶつける千紘の姿を見て、凪はゆっくりと下唇を噛んだ。こんなふうに守られたのは初めてだった。

男として生まれてきた自分は、女性を守るのが当然だと思って接してきたし、大体のことは自分で解決してきた。

自分の身は自分で守る。それも当然だった。それなのに大事な人だと言われて盾になられたら、初めての感覚に困惑した。


「なんで……何で他の男なんだよ。何で俺じゃダメなの」


樹月は悔しそうに唇を震わせ、その瞬間からボタボタと涙をこぼした。暗がりでもわかるほど、涙でアスファルトの色を変えた。


「樹月じゃダメなんじゃなくて、俺がこの人じゃなきゃダメなの。そう言ったら今の樹月と同じだね」


千紘が核心を突いたことで、樹月はようやく顔を上げた。


千紘は樹月にもわかりやすく言葉を追加する。


「樹月は俺じゃなくて他の男と幸せになりなよって言われても無理なんでしょ?」


「……うん」


「それと同じ。樹月と別れたばかりの時は単純に一緒にいても上手くいかないっていう理由だけだった。でも今は違う。俺には好きな人がいて、その人以外考えられないから」


ただ男2人の会話を聞いているだけのはずが、その内容の中心が自分なだけに凪は急に恥ずかしくなった。

何を見させられてるんだ……と疑問まで湧いてくる。


面と向かって好きだと言われてその好意が本物であることは知っていた。けれど、内心どこかでは男同士の恋愛が現実的ではなくて好きという感情も一時のものなんじゃないかなんて思っていた。

それなのに他人に向かって自分のことが好きで、自分以外考えられないなんて言われたら今までの千紘の言動が全て本物だと再確認させられた。

同時にこんなに愛されることがあったかな……なんて思ってしまう。


「でも、ソイツは千紘のこと好きじゃないんだぞ!? 付き合ってもないし、振り向いてもらえないのに好きでいたってしょうがないじゃん!」


樹月は苦し紛れにそう叫んだが、千紘と凪は同時に目を点にさせた。その言葉をそっくりそのまま樹月に返してやりたいと思った。


「理解できてるなら自分がそうしたらいいのに」


口を開いたのは千紘よりも凪の方が早かった。普段、女性に対しては言葉を選ぶ凪も仕事から離れて相手が男性ともなれば自然と頭に浮かんだ言葉がそのまま飛び出してしまった。


「……は?」


正論を述べる凪とは反して、樹月は思いっきり顔を歪めて凪を睨みつけた。千紘はと言うと、そんな樹月と凪を交互に見つめて思わずぶっと吹き出してしまった。


ははっと笑う千紘に樹月は目を見張る。こんなふうに笑っているところを見るのは何年振りだろうかと思えるほど、懐かしい表情だった。

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