シェルドハーフェンで静かに争いの準備が始まっていた。『暁』は第三桟橋の実効支配を強めるべく、マクベス率いる戦闘部隊を増派。警戒する他の組織を他所に第三桟橋周辺の警備を開始した。
「ふざけんな!ここは空き地の筈だろう!?」
「我々は『海狼の牙』の要請に従って動いているに過ぎない。文句があるなら、『海狼の牙』へ言ってくれ」
マクベスは抗議してきた者達を相手にせず、少しずつ警備兵の数を増やしていった。
「近日中にエレノアさん達が戻ります。その時はアークロイヤル号を第三桟橋へ付けて貰いましょう。私達が保有している第四桟橋の補修工事のため已む無く、とね」
「畏まりました、その様に工作を行います」
「リナさん、斥候のお仕事に興味はありますか?」
「もちろん、得意分野です。何をしますか?代表」
「選りすぐりを数人港湾エリアの監視に回してください。狩猟の成果が少し低下しても構いません」
「分かりました、目耳の良い者を選んで派遣します」
「ロメオくん。回復薬の製作状況は?」
「アルカディアにある奴程とは言えねぇけど、そこらの薬より有効な薬は作れたよ」
「結構。一時的に販売を中止します。人員の増加も認めますので、増産を図ってください。これから必要になりますから」
「ロウさんと相談しながらやるよ」
「ルイ」
「おう、なんだ?シャーリィ」
「忙しくなりますよ。これまで以上に腕を上げてください」
「あいよ」
「アスカ」
「……ん」
「しばらく『黄昏』から出ないように。ただし、怪しい人を見付けたら直ぐに知らせてくださいね。時間が惜しい時は対応を任せます」
「……任せる」
シャーリィは第三桟橋の実効支配を図る傍ら、『黄昏』の警備を強化して来るべき時に備えていた。
「シスター、今現在第三桟橋を狙う勢力は分かりますか?」
「『海狼の牙』の情報だと、六つの組織が狙っています。ただし、どれも規模は小さく貴女の敵ではありません。しかし、問題があります」
「あの虐殺を行えるだけの力もないと?」
「その通りです。つまり、第七の勢力が存在することを覚悟しなさい」
「では先に小さな組織から対処しますか。横槍を入れられたら堪らないので」
「乗り込むか?お嬢」
「危険なことはしませんよ。私はベルの言うとおり大人しくしておきます。対処はシスターに任せますよ」
「人使いの荒い娘ですね。エーリカを借りますよ」
「はい、構いません。私が許可をしたと伝えればエーリカも動いてくれる筈ですから」
それから数日後、シェルドハーフェン港湾エリア近郊の事務所。
「まっ、まさかアンタが『暁』に参加してるとは思わなかったんだ!」
椅子に座る男が冷や汗を流しながら弁明する相手は、カテリナ。
「では、この件から手を引きますね?」
「もっ、もちろんだ!アンタと揉めるつもりはない!うちは手を引くよ!」
一時間後、『黄昏』メインストリート。
「これで半分が手を引きましたね。流石です、シスター」
並んで歩きながらエーリカがカテリナを称賛する。現在六つあった組織のうち半分が手を引く決断を下したのである。
「まだ私の名前も使い道があったみたいですね。ですが、半分だけです。残りの三つは私達との対立を鮮明にしました」
「確かにそうですけど、お嬢様に良い結果を報告できるんですから胸を張っていきましょう!」
「そうですね。前向きにいきましょうか」
カテリナからの報告を受けたシャーリィは、結果に満足していた。
「まさか半分を戦わずに退けるとは。どんな脅迫を行ったのですか?シスター」
「人聞きの悪いことを言わないでください。私の名前がまだ有効だったということです」
「シスターの過去に興味が湧きますが、それは後にします。残る三つの組織の対処を考えましょう」
「シャーリィお嬢様、やはり武力で制圧が一番簡単なのでは?」
「エーリカの意見も非常に魅力的ではありますが、大義名分が欲しいですね」
「大義名分ですか?そんなもの暗黒街では意味をなさないのでは?」
「いいえ、暗黒街だからこそ必要なのです。『暁』をより拡大させたいなら、尚更にね。シャーリィ、受け身になりますよ?」
「最初の一撃はあちらに任せます。直ぐに反撃できる体勢を整えつつ、第三桟橋の実効支配を固めます。シスター、エーリカ。ご苦労様でした。報酬はどうしましょうか?」
「私は必要ありません、お嬢様」
「私は最新式の銃を所望します」
「今のサブマシンガンでは不満ですか?シスター」
「MP40も悪くはありませんが、私はライフルが好みなので」
「分かりました。『ライデン社』に問い合わせてみますね」
『暁』が勢力拡大のために動き始めた頃、帝都でも『聖女』がシェルドハーフェン進出のため最後の調整に入っていた。
『聖女』を制御すべく『オータムリゾート』が資金提供を行う予定ではあったが、帝都に本拠地を置く『カイザーバンク』が一歩先んじてマリアとの会談を果たす。
「『カイザーバンク』総取締役を勤めるセダール=インブロシアと申します。聖女様にお会いできて光栄に存じます」
恭しく一礼するセダール。
「マリア=フロウベルと申します。私も帝国最大の銀行の総取締役にお会いできて光栄です。この度は、私達に融資をしていただけるとか?」
「はい、聖女様。我が『カイザーバンク』は貴女様に融資、いや投資をしたいと考えています。我々が資金を出して、活動拠点となる教会その他を全てご用意しましょう」
「有難い申し出ですが、それに報いることは出来ないかもしれませんよ?あなた方の要望で私の理念に合わないものは拒否させていただくつもりですから。実家についても、あまり融通を効かせてあげることは出来ません」
「構いません。これは先を見据えた先行投資であるとお考えください。当グループが聖女様やフロウベル侯爵家に何らかの要請をすることはございません」
「それではあなた方の利益がないのでは?」
「今申し上げた通り、これは先行投資。未来の利益のための出費なのです。どうか聖女様はお気になさらず。また我々はシェルドハーフェンの中心にある一番街を統治しておりますので、立地的にも活動に有利かと思いますが」
破格の提案にマリアはしばし考え込む。だが自分の動かせる資金は決して多くない現実を考えると、受け入れる他に選択肢は存在しなかった。
時間をかければ資金を用意できるが、その間に現れるであろう犠牲者の事を考えてしまうのである。
「……よろしくお願いします」
「御期待に添えますよう微力を尽くします」
こうして『聖女』は『カイザーバンク』の支援によりシェルドハーフェン入りを果たすこととなるのである。