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「目黒!おい、聞こえるか!?」
深澤は声をかけ続けるが、目黒からの反応はない。ただ、浅く速い呼吸だけが部屋に響く。焦点の合わない瞳は不安げに揺れ動き、先ほどまで掻きむしっていた首筋には、じわりと血が滲んでいた。生々しい赤が、白い肌の上でやけに痛々しく見える。
時間が、永遠のように長く感じられた。深澤はただ、目黒の背中をさすり、呼吸を整えさせようと声をかけ続けることしかできない。
やがて、目黒の虚ろだった瞳から、ふいに一筋の涙がこぼれ落ちた。それと同時に、深澤が掴んでいた手に、弱々しい力でぎゅっと握り返される。
その確かな感触に、深澤は心の底から安堵した。
(…よかった、戻ってきた…)
「…ごめ、なさ…」
掠れた声で目黒が発した第一声は、やはり謝罪だった。
「迷惑、かけて…すみません…」
「んなこと気にしてんじゃねぇよ」
深澤は内心でそう思いながらも、今はとにかくこいつを安心させることが先決だと判断した。
「やっぱお前、俺のベッド来い」
そう言うと、深澤は目黒の重い体に肩を貸し、ゆっくりと立ち上がらせる。足元がおぼつかない目黒を支えながら、寝室へと向かった。
「ごめんなさい…ふっかさんまで…」
ベッドに横たわらせても、目黒は申し訳なさそうに謝罪を繰り返す。深澤は何も言わずにその隣に潜り込むと、二人とも気まずさからか、自然と互いに背を向ける形になった。
しかし、静寂が訪れても、目黒が眠りにつけないのは明らかだった。背中越しに、緊張でこわばっているのが伝わってくる。しばらくして、目黒がおずおずと深澤のパジャマの裾を掴んだ。そして、また消え入りそうな声で「ごめんなさい…」と呟く。
(…こりゃ、俺が寝てる場合じゃねぇか)
深澤は静かに寝返りを打ち、目黒の方を向いた。そして、その震える手を優しく握り返す。
「お前が寝るまで、起きててやるよ」
そう言うと、空いている方の手で、目黒の目をそっと覆った。そして、まるで赤子をあやすかのように、その体を一定のリズムで、ぽん、ぽん、と優しく叩き始める。
最初は強張っていた目黒の体から、少しずつ力が抜けていくのがわかった。握られた手の力も緩み、やがて穏やかで深い寝息が聞こえ始める。
深澤は、すっかり眠りについた目黒の顔を見届け、ようやく自身の体から力を抜いた。
(ほんと、手のかかる弟だよ…)
だが、その表情はどこか満足げだった。静まり返った部屋の中、二人の寝息だけが穏やかに重なる。長い夜は、まだもう少しだけ続きそうだった。