昼休み。
滉斗は、誰もいない教室にぽつんと残っていた。
元貴の笑顔、涙、ギターを教えてくれたあのときの距離。
様々な瞬間が、頭から離れなかった。
気持ちが暴れそうで、でも形にできなくて、言葉にするとすぐ壊れそうで。
そんな自分に、正直うんざりしていた。
——そのときだった。
「若井くん」
後ろから、静かな声が届いた。
振り向くと、藤澤先生がいた。
「少しだけ、話さない?」
—
音楽準備室。
ふたりきり。
あたたかな紅茶の香りが満ちる静かな空間。
先生は窓の外に目をやりながら、穏やかな声で切り出した。
「……最近、元貴くんと、仲がいいんだね」
「……はい」
「僕、少し鈍いところあるんだけどね。不思議と、人の目だけはよく見えるんだ」
「目……ですか?」
「うん。若井くんね、この前の放課後——元貴くんのこと、すごく大切に見つめてた」
「……っ」
先生は、続ける。
「その目は、誰かを好きになった人の目だったよ。まっすぐで、迷ってて、でも守りたくて……そんな目だった」
「…………」
滉斗は、紅茶のカップを持ったまま、じっと視線を落とした。
言葉が出なかった。
でも、先生の言葉が、まるで自分の胸の奥に直接触れてくるようだった。
「……どうしたら、いいですか……?」
かすれるような声が漏れた。
「俺、元貴のこと……好きなのかもしれない。
でも、隣にいることしかできないし、ただのクラスメイトで……」
だんだん声が震えていく。
「どうしたら……いいのか、わかんなくて……っ」
先生はそっと立ち上がり、滉斗の前にしゃがみ込んだ。
そして、やさしく肩に手を置く。
「……大丈夫、大丈夫だよ」
そのまま、先生は滉斗の肩を軽く抱き寄せるようにして、そっと頭に手を置いた。
「泣いてもいいんだよ。自分の気持ちに正直になるって、すごく勇気がいることだよ」
滉斗は、まぶたの裏がじんと熱くなっていた。
「……先生」
「うん?」
「……ありがとうございます」
その言葉には、たくさんの感情が詰まっていた。
見透かされたことへの恥ずかしさ。
でもそれ以上に、誰かに“わかってもらえた”という安堵。
「ちょっとだけ……前に進める気がします」
先生はそれを聞いて、やさしく微笑んだ。
「よかった。無理しないでね。ゆっくりでいいんだから」
—
放課後。
元貴の姿を見つけた滉斗は、自然に声をかけていた。
「元貴、今日……一緒に帰らない?」
「うん」
ふたりで並んで歩く帰り道。
言葉は多くなかったけど、それでも心は少し軽かった。
(俺は、となりにいたい)
まだ答えが見えないとしても、その想いだけは確かだった。
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