「お疲れ様です。オーナーが女性を連れていらっしゃるなんて、初めてですね」
バーテンダーさんが迅くんに声をかけた。
私は今、迅くんと再開したBARに彼と一緒に来ている。
「もしかしてあの時の方ですか?」
私のこと、覚えているの?
かなり前のことなのに。すごい記憶力。
「そうなんです。よく覚えていますね?やっと僕の彼女になってくれたんですよ」
敬語で離す彼は、社長モードだけど、声音は穏やかだ。
「オーナーが自分から女性の隣に座るところをあの時初めて見たので、よく覚えています」
慣れた手つきで手際よくカクテルを作り、スッと私の前にグラスを置いてくれた。
あの時と同じ、綺麗な瑠璃色。
カクテルを一口飲む。
「美味しいです!」
そして覚えていてくれたからこそ、アルコールも少なめにしてくれたみたい。飲みやすい。
「それは良かった」
このバーテンダーさんとは、オープン当初からの付き合いらしく、紹介したいと迅くんから言われた。
お店を出る時に「幸せになってくださいね」そう温かな声をかけられた。
あっ、そう言えば……。
「ねぇ、迅くん。今日カクテル2杯くらい飲んじゃったけど、あの時みたいに《《変なカクテル》》にすり替えてないよね?《《Love Potion》》とかって言うお酒」
私が見ている限りでは、変な素振りもなかったし、迅くんがお酒を作ることはなかった。だけど、たまに予想以上のことを彼はするから心配になる。
一時的なものかもしれないけど、また《《あんな身体》》にされても困る。
タクシーを拾おうとしていた迅くんの動きが止まった。
しばらく無言だったが――。
「……。ごめん。あれ、嘘」
ウソ?ウソって……。
「あれは俺が咄嗟についた嘘。惚れ薬とか媚薬とか、そんな効果はない。Love Potionの中身は普通のオレンジジュースとピーチリキュール、あと……」
「ちょっと!迅くん!!私、信じてたんだけど!」
「美月はあの時から俺と結ばれる運命だったんだよ」
彼の一言で何も言い返せなくなったが、裏切られた気分になった。
じゃあ、普通のお酒で私あんな風になっちゃったの!?
同時に恥ずかしくもなって……。
「迅くんのバカ」
涙が出てきた。
「美月!?泣くなよ!」
私の涙に慌てている彼は、子どもの頃と同じ顔をしていた。
その後――。
私はカフェ《ベガ》で新メニューの監修を再開。
そしてベガのリーダーだった平野さんと藤原さんが実は付き合っていることを知った。
藤原さんは迅くんに好意があったらしく、迅くんに告白をしたがフラれ、それを平野さんが慰めたのがキッカケで付き合うようになったらしい。
<俺、美月にしか興味ないから>平然と迅くんは言っていたけれど。
藤原さんはシリウスのサブスクサービスの分野へ異動になった。
「職場恋愛禁止じゃないんですけど、さすがにリーダー二人が付き合っていると、他のスタッフからの目もありますし。私が異動を希望しました。短い間でしたけど、ありがとうございました」
ベガ出勤最終日、彼女は淡々と私に挨拶をしてくれた。
私も忙しいながらも、迅くんと一緒に新居を探し、お互いに納得いくマンションにもうすぐ引っ越す予定だ。
「婚約もしたし、美月の親に挨拶したい」
そう彼から相談され、先日挨拶も済ませた。
九条グループから縁がなくなったお父さんの会社は、迅くんの会社に買収される予定だったから「まさか加賀宮社長が!?美月の相手!?」なんてお父さんは驚いていたけれど。
もちろん彼の予想通り、お父さんは迅くんに頭が上がらないから、文句一つ言われなかった。
そこまで予想して動いていたなんて、彼の凄さを改めて感じた日だった。
「美月。お疲れ様」
今日は迅くんがお休み。
ベガまで私を迎えに来てくれた。
「迅くん、今日はゆっくりできた?」
「あぁ。すごく良く寝た。おかげさまで体力回復。だから、今日の夜は覚悟しとけよ」
冗談なのか本気で言っているのか、わからない。
そんなところも彼の魅力じゃないのかとプラスに考えるようにしている。
「今日の夕飯なに?俺、何か手伝うことある?」
「えっと、今日の夕ご飯はね……」
こんな普通の会話ができるなんて、数年前の私は想像もしなかった。
<あの日、あの時、また巡り逢えたのは奇跡じゃなく必然だった>
なんて迅くんは私に言ってくれた。
私が<この人の傍にいたい>と思ってしまったあの日から、何かが変わったのも事実。
失われた時間はもう戻って来ない。
何もできない自分はもう卒業、彼を守ってあげられる存在になると決めた。
彼のおかげで、強くなれる理由を知ったから――。
<Love Potion 終わり>