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「おまえは、なんでも理詰めで考え過ぎるから。もっと簡単に考えたらいい、その人が好きで、惹かれているんだと」
言い聞かせるように話されて、まだ小学生だった時にもそんな風にして勉強を教えてもらったことがあるのを、ふと思い出した。
「好きで、惹かれている……」
さっきと同じようにまた、言われたことを口の中で繰り返して、グラスからビールをごくっと飲み込んだ。
「おまえが認めればいいだけだ、その人が好きなことを」
はっきりと核心を突かれて、返す言葉もなく押し黙る。
「……焦らなくてもいいから、その気持ちを大事にしていなさい。そうすれば、おまえもきっといつかは、本当の自分の気持ちに気づくはずだから」
「そう…でしょうか…」
今まで誰かを好きだと感じたこともない自分が、そう気づけるようなことはあるんだろうかと思う。
「ほら、そうやってまた考えてるだろう? 単純に、好きでいればいいんだよ」
父がビールを口にして、穏やかな声音で話す。
「……単純に、好きで……」
呟くと、目の前の小鉢から箸で摘まみ上げていた煮豆が、ぽとりと落ちた。
「……一臣」
名前を呼ばれて、顔を上げると、
「今はわからなくても、いずれはわかる時が来るから、だから大丈夫だ」
伸ばされた手がぽんと頭に乗せられて、父の手の平の温もりが伝わった。
「私にも、誰かを好きになれることが……」
言いかけて口をつぐみ、ふと目を上げると、父の潤むような眼差しとかち合った。