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これは俺がセラピストをやっていた時の話ね。
当時はまだ研修中で、毎日夜の9時半~10時頃に車で帰宅していたの。
季節は確か、2月頃だったかな。
店舗からその時住んでた所の駐車場までは、毎回同じ道を通っていてね、そこを真っ直ぐ進んだら突き当たりに川があるんだ。
1番奥の大きな道路から2本ほど手前にある道路を曲がると家までの近道になるから、俺は毎日そこを通勤路にしていた。
その道路の間には、ちゃんと数えたことはないけどざっと7本くらいの電柱が等間隔にあってね、その日もいつも通りの道を通っていたら、電柱の1番奥、7本目の所に誰かいると気付いた。
最初はかなり離れた距離だったからよく見えなかったんだけど、どうもこちらに向かって手を振っているように見える。
なんだあれ?小さいから子供かな?何か外でやってるのかな?って思ったけど、でもそんな時間に子供が1人でいる訳ないしなって。
変だなと思ってよく目を凝らしたら、手を振っているような、鳥の羽ばたく真似をしているような、奇妙な動きだったの。ますます何してんのかなって。
気にはなったけど、車で通ってる途中だったし疲れていたから、なんだろうって思いつつ、その日はそのまま無視して帰った。
次の日もまた同じくらいの時間に、ちょうどその道を通りかかった。そしたら、昨日と同じ子供がまた立っていたの。
でも今日は6本目の電柱の所で、また羽ばたくような仕草をしていた。流石におかしい。
あれは絶対生きている人じゃない。こんな夜遅い時間に1人であんな所に子供がいるはずがない。俺は再び無視を決めた。
まだ俺が曲がる道から見たら、間に電柱が5本くらいあった。
さらに次の日同じ道を通ったら、子供がまた手前にずれて5本目の位置にいた。
次の日もその次の日も、日を追う事に1本ずつ手前に近寄ってくる。流石にちょっと気味が悪い。
数日経って、子供は3本目の電柱の所まで近寄ってきた。大体距離にして150mくらいかな。
やっとはっきり見える位置まで迫って分かったのは、それが全身ずぶ濡れの白い服を着た小学校高学年くらいの女の子だということ。
手を振っていた訳でも、鳥みたいに羽ばたく真似をしていた訳でもなく、それは俺に向かってずっと手招きしていた。
前屈姿勢で肘が体の前の方を向き、背中の方に腕をぐるっと通して、有り得ない角度で無理矢理手を上に伸ばしている。手のひらは捻れて逆を向き、まるで鳥が羽ばたくような仕草でバタバタと、だけど明確に手招きをしていた。
気付いた瞬間ゾッと背筋に悪寒が走り、なるべく見ないようにして角を曲がる。別に車を降りた時に近くにいる訳でもなかったけど、絶対に関わったらいけないものだと直感で認識した。
その翌日、ついに残り2本目まで女の子が迫っていた。これはいよいよヤバいと悟った。
明日はついに目の前の1本目まで到達する。このまま明日もここを通ったら、俺どうなるんだろう?
そんな不安を抱えた次の日、偶然にも早く帰れることになった。夕方の4時頃で、外はまだ明るかった。恐る恐るいつもと同じ道を通ると、そこに女の子はいなかった。
お、いないわ!もしかして夜しかいないのかもしれない!と思って、俺は一安心して帰宅した。
でも次の日はまたいつもの時間に帰路につくから、またいたら嫌だなと思って、翌日わざと曲がり角を曲がらずにぐるっと回り道をした。
脇道からちらっと確認したら、やはり少女は1本目の電柱まで迫っていた。あぁ良かった、あの道を通らなくて。
それから俺は、迂回する道をわざと選んで帰るようになった。遠回りだけど、仕方ない。
すると、その後しばらく少女を見かけることはなくなった。
ちょうどその頃、新店舗がオープンして、俺はそこへ配属が決まった。時間帯をどうするか訊かれて、俺は朝から夕方までの勤務を選んだ。まだ明るい時間に退勤できるからと、いつもの道に戻して帰るようになった。
やっぱり時間が関係していたのかな、帰り道でずぶ濡れの少女に遭遇することはなくなったんだ。もう諦めたんだなと思って、安心していたのね。
そんなある日、夜勤の男性スタッフが2人休みになった。そうなると女性1人の勤務になってしまうの。流石に女性1人で深夜のセラピストは危ないから、自由な時間帯で動ける俺が急遽出勤することになったのね。
店は深夜の2時半くらいまで営業していて、その日はお客さんが2組来店した。その1組の方を俺が担当することになったんだ。
店舗の構造上、待合席と施術部屋の間に、胸の高さくらいの壁が仕切りのようになっていて、俺は待合席が見える角の位置で施術をやっていた。ここだと新たに来店したお客さんが見えるから、すぐ対応できる。
施術がもうすぐ終わる頃、唐突に背中がゾワッとした。急な悪寒に、何か寄ってきたのを察した。
でもお客さんは気付いていない。施術中に寝るお客さんが多くて、このお客さんも途中から寝落ちていた。
施術しながら首だけ振り返ると、真後ろにずぶ濡れの白い服の女の子が立っているのが肉眼ではっきり視えた。
髪の長さは肩に毛先がつく程度。顔に濡れた髪の毛がべったり張り付いて、目元は隠れている。でも口元は笑ってるの。
生きている人間の色味じゃなくて、血の気が一切なくて青白い。
しかも前屈姿勢で、腕がおかしな方向に折れたまま、ぐるりと内側から外側に向かって捻れた腕を真上に掲げて、俺に向かって手招きしている。
______間違いなく、あの帰路の電柱の所にいた女の子だった。
悲鳴こそ出なかったものの、少しでも動いたら触れちゃうくらいの至近距離にいるもんだから、物凄い心臓が跳ねた。
逃げ出したかったけど、施術があと3分ほど残っていたので辞める訳にもいかない。タイマーが鳴るまでずっと「あっち行け」と強く念じながらも、俺は無視を続けた。
施術を終えてお客さんが身支度を整えている間、再度ちらっと振り向くと、もうそこにずぶ濡れの女の子の姿はなかった。正直ほっとした。
お客さんの会計を済ませてお客さん用の出入口まで見送ってから、片付けをしようと先程の施術台に戻ると、ちょうど女の子が立っていた位置にぐっしょりと濡れたような、女の子の肩幅くらいの大きさの真っ黒なシミができていた。
新店舗はまだオープンして1~2週間くらいだったから、店内はとても綺麗だったし、誰かがそこに液体を零したなんて話もない。
施術で使うタオルが沢山あるので引っ張り出して拭いたけど、全然消えない。夜勤の女性スタッフに話すとかなり怖がっていたよ。一緒に拭いてくれたけど、色々試行錯誤してみてもやっぱり消えない。仕方ないので放置して帰った。
翌朝もまだシミは残っていて、朝のスタッフに事情を説明するとスタッフは皆怖がっていた。
話を聞いたある1人のスタッフが「私盛り塩あるよ!」と言って、次の日だったかな、持ってきてくれたの。
店内の角の更衣室に2つ、離れた位置のお客さん用の出入口に1つ、更に反対側のスタッフルームに1つと盛り塩を置いた。全部で4箇所。多分真上から見下ろすと、ダイヤモンドを描くような歪な四角になっていたと思う。
その後、夜勤組が2~3人で勤務中、施術部屋で各々にお客さんを対応して施術していると、誰もいないはずのスタッフルームから知らないお爺さんの喋っている声が長々と聞こえるとか、いるはずのない子供の「キャハハハ」という高い笑い声が聞こえるとか、しばらくそんなおかしな現象が続いた。
他のスタッフも怪奇現象が増えて怖がってはいたが、ずぶ濡れの女の子を見かけた人は誰もいなくて、俺もあれ以降また日勤に戻ったからか、店内で女の子の姿を見ることはなかった。
その後少しして、夜勤組のスタッフが諸事情で辞めることになってしまったのね。人員不足で、仕方なく俺が夜勤のシフトに入ることになった。
しばらくはそれ以上の怪奇現象もなく、同じようなことが続くから、またお爺さんが何か喋ってるわ~とか、また子供がけたたましく笑ってるわ~くらいの感覚で慣れちゃっていた。
俺元々色んな霊を視る体質だから、もちろん他にも浮遊霊を見かけることはあったけど、どれも大して怖い感じではなかったのね。
他のスタッフも定期的に聞こえる声に慣れてしまって、「また聞こえる……」みたいな反応を度々していた。
ある日、夜勤組の休み希望が重なって、俺が1人勤務になるシフトがあった。
特にその日は何事もなく、お客さんの対応も全て終えて、気付けばもう深夜の2時を回ろうとしていた。
閉店時間になり、1人で締め作業を始める。
謎の声にはすっかり慣れてしまって、もう反応すらしていなかった。片付けやレジ締め、掃除など全部の仕事を終えて、スタッフ専用の出入口に向かう。
スタッフ専用の出入口の手前に電気のスイッチがあってね、ここで出勤時と退勤時に店内と看板の電気を点けたり消したりするんだ。
退勤時は帰る直前に必ずその電気を消すのが日課でね、いつも通り締め作業の点検後に自分の荷物をまとめて出ようとしたの。
電気をパチッと消した途端、突然背中にゾワッと悪寒が走った。
その瞬間、お客さん用の出入口から「ダダダダダダッ!!」と、物凄い速さでけたたましい音を立ててこちらに向かって走ってくる足音が聞こえた。
その音を表現するとしたら、靴で走る乾いた音ではなくて、まるでべちゃべちゃに濡れた裸足で床を踏むような、湿度のある嫌な音だった。
___気配が、あの時のずぶ濡れの女の子と一致した。
前回背後に立った時よりも遥かに強い猛烈な殺意が伝わってきた。明確に、俺を殺す気で向かってきたんだと思う。
一瞬弾き飛ばそうとして身構えたら、俺に憑いてるお狐様が一斉に「おい!!逃げろ!!追いつかれたら死ぬ!!」と叫んだのが聞こえた。
反射的に慌てて外に飛び出して、急いでドアをバタンと力任せに閉めた瞬間、まるで濡れた重みのある物を思い切りドアに投げつけたような感じで、内側から「ダンッ!!!」と重量のある騒音を立てて何かがドアに衝突した。まさに間一髪だった。
心臓が跳ね上がったままドアノブを抑える。ドアノブに強い圧がかかったと思うと、「ガチャガチャガチャガチャ!!!」と勢いよくドアノブが動いた。
もう焦りと恐怖で叫ぶ余裕もなく、ひたすらドアノブを抑えて震える手で必死に鍵をかけたのね。冷や汗で鍵もドアノブも掴んでいる所が滑るの。本当に焦った。
なんとかカチャリと鍵がかかったと思ったら、同時に激しく動いていたドアノブがぴたりと静かになった。
開けて確認なんてとてもじゃないができる訳もなく、俺は逃げるように急いで帰宅した。
大体何でも対応できるお狐様が「逃げろ!」って言うくらいだから、もう逃げるのが精一杯だったんだろうね。
なんであの日に遭遇したのかは分からないけど、きっとあの女の子は俺が深夜に店で1人になる瞬間を待っていたんだと思う。
もしも、店内の電気の位置が出入口から遠くて逃げ切れなかったら、俺は今ここにいないかもしれない。
あの後、心霊体験が原因ではないけれど、別の理由で俺はセラピストを辞めることになった。それ以来、通勤路も通らなければ勤務先に行くこともなかったから、ずぶ濡れの女の子に遭遇することはなかった。
まあ、俺の恐怖体験はここで終わるんだけどね。
冒頭で話した川を覚えてる?通勤路から見える、突き当たりの。
後から気になって元カノの親や付近の住人に話を聞いたら、昔その川で小学校高学年くらいの女の子が遊んでいる最中に溺れて亡くなっているんだって。
凄く小さくて浅い川だったけど、不幸にも事故が起きたと。俺はその地域出身ではなかったから知らなかったけど、その地域では有名な話なんだそうな。
俺この話するとね、毎回必ず背中がゾワゾワするんだ。 背中といっても全体的じゃなくて、何故か左側。それと、左の腕の内側が物凄いゾワゾワするの。
そこに来るんだと思う。
そして、暗闇から走ってくる、ずぶ濡れのあの女の子が視えるんだよね、ビジョンで。まだ俺を探してるんだと思う。
あれに捕まったらね___俺、きっと死ぬと思うんだ。
ほら、雪ちゃんも視えるでしょ?今この話をしていたら、こっちに真っ直ぐ走ってきてるの。ただね、まだこの場所が分かっていないみたいで、俺のこと途中で見失うんだよね。
あの子さ、話せば話すだけどんどん近寄ってくるの。だからもう、話すのはこれっきりにさせてね。
多分あれ、読み手にも語り手にも聞き手にも、波長が合えば飛んでいくと思う。地縛霊ではなさそうだったから。
追いつかれて背後に立たれたら、あちらに連れて行かれるよ。
背中の左側にゾワゾワって感覚があったら、あの子がこれから背後まで来る合図だよ。
気を付けてね。
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