テラーノベル
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日曜日。侑くんが「レシーブ強化合宿」という名の地獄に送り出された、静かな昼下がり。
私は緊張で震える指先で、二度目となる宮家のインターホンを押した。
「……自分、時間ぴったりやな。感心するわ」
ガチャリと扉が開くと、そこには前回と同じ黒いエプロンを、さらに着崩した姿の治くんが立っていた。
銀髪が少し跳ねていて、家ならではの無防備な空気が、私の心臓をうるさく跳ねさせる。
「お邪魔します……。治くん、今日も作るの?」
「……おん。フルコースや言うたやろ。……冷めんうちに、こっち来い」
リビングに足を踏み入れると、テーブルの上には「前菜」として、色鮮やかな小鉢がいくつか並んでいた。
けれど、治くんは椅子に座らせてはくれない。キッチンのカウンターに私を追い詰めると、自分の大きな体で退路を断った。
「……治くん、まずは座って食べようよ?」
「……やだ。……まずは、一番美味そうなもんから『味見』せなあかん」
彼はエプロンの紐を緩めると、私の首筋に顔を埋めた。
バレー部員らしい、熱くて広い胸板。
昨日部活でかいた汗の匂いはもうなくて、代わりに、清潔な石鹸と……微かな「バニラ」の甘い香りがする。
「……治くん、これ、お菓子の匂い?」
「……おん。……メインディッシュの仕込み中や。……でも、朱里の方がずっと甘い匂いするわ」
治くんの声が、喉の奥でゴロゴロと鳴る。
彼は私の耳たぶを指先で一瞬だけなぞると、そのまま、私の唇に自分の親指を押し当てた。
「……あーん、して。……俺が一生かけて煮込んだ『執着』、全部飲み込ませてやるから」
彼が顔を近づけ、唇が重なりそうになった、その時――。
『あーーーっ!! 繋がった!! 治、お前、今度は「圏外」のふりして電源切りおったな!! 卑怯やぞ!!』
リビングに放り出されていた治くんのスマホが、狂ったようにバイブレーションし、侑くんのビデオ通話が強制的にスピーカーで鳴り響いた。
画面には、泥まみれで「怨念」のような顔をした侑くんと、その後ろで「これ、Wi-Fiの中継器持ってきたから」と笑う角名くん。
「……角名。お前、ほんまに……死ね。……その中継器、後で粉々に砕いたる」
『誰が砕くか!! 朱里ちゃん! 治の「フルコース」は愛が重すぎて、胃が破裂するぞ!! 逃げるなら今や!!』
「……逃がさへん。……朱里は俺の『メインディッシュ』や。……ツム、お前は一生泥水で腹満たしとけ」
治くんは無表情のままスマホを裏返し、さらにその上に、重たい「土鍋」をドカッと置いた。
物理的な絶縁。
「……邪魔者は消した。……続き、しよか。……お腹、空いたやろ。……俺の全部、食い尽くさせてやるから」
エプロンの下、剥き出しの食欲。
おにぎりの具材よりもずっと濃い、治くんの「野獣(?)」という名の独占欲が、私の理性をドロドロに溶かした。
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