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水瀬菜音
11,918
#岩本照
絶対辰哉
525
#BL
うさみみ
20
夜の礼拝堂には、揺らめく微かな蝋燭の灯だけが重たく満ちていた。かつて修道士として祈りを捧げていたその場所に、俺は佐久間の手を引いて足を踏み入れる。
「照さんからここへ足を運ぶなんて…急にどうしたのですか?」
どこか異様な空気に胸騒ぎを覚えたのか、隣を歩く佐久間が不安そうに俺を見上げてくる。俺は少しの間黙ったまま、正面の聖壇を静かに半ば睨みつけるように見つめていた。やがて、低く静かな声で言葉を落とす。
「いいから、俺が声掛けるまで目を閉じてろ。」
素直に佐久間がそっと瞼を閉じると俺は静かに息を吐き、その唇へ軽く口付けた。その直後、冷たい風を纏って自身の身体を銀の毛皮に覆われたフェンリルの姿へと戻す。蝋燭の灯火を受け、銀色の毛並みが柔らかく輝く。
俺は静かに目を閉じ、佐久間の額へと自らの額をそっと寄せた。
──その瞬間。
互いの身体に、淡く優しい紫の光が静かに満ちていった。俺の魔力と覚悟が、佐久間の全身を包み込んでいく。
その光が収まった頃、
『…もういいぞ。』
俺の言葉に佐久間はゆっくりと瞼を開けた。
「…?今の、なん…、」
俺は人の姿へと戻ると、佐久間が問い終えるよりも早くその身体を強く抱き締めた。
「佐久間。俺は、お前を愛してる。」
「…照さん…?」
「お前を失いたくないんだ。だから、──…」
佐久間の耳元で、俺が交わしてきた『契約』のことを静かに打ち明ける。
「…!そんなの嫌です!僕の所為で…っ!!」
俺の説明を理解した瞬間俺の服を掴み、佐久間は声を激しく裏返らせながらぼろぼろと涙を溢れさせた。
「…そう言うと思った。」
「今直ぐ解除してください!!」
「もう、無理だ。」
「そんなっ…、照さん…っ!」
必死に懇願してくる佐久間を、俺は腕の力を緩めずにただ抱き締め続けた。
後悔なんて、欠片もなかった。
「俺が勝手に決めたことだ。…恨みたきゃ幾らでも恨め。」
「っ…そんなこと…できるわけ、ないじゃないですか…!」
佐久間は震える指で俺の服を握り締めたまま、声を殺して泣き続けた。俺はただ、静かにその体温を感じることしかできなかった。
あの契約から季節が変わる手前。
──遂に、その時は訪れた。
「ごほっ!げほっ、っひゅ…っ、けふっ…は ぁ…、」
激しい発作に襲われる度、佐久間の口元から赤い血が吐き散らされる。呼吸をする度に、喉の奥からヒューヒューと痛々しい喘鳴が漏れていた。
自分に訪れる最期を佐久間は静かに悟っていた。日に日に浅くなる呼吸の中、彼は弱々しい笑みを浮かべ、俺の服の袖をそっと引っ張る。
「照さん…お願いが、あります。」
「…何だ。何でも言え。」
「『最期』に…住処へ、連れて行ってくれませんか?皆さんに、会いたいんです。」
遂に彼の口から放たれた命の限界に、俺は一瞬だけ顔を逸らして涙を堪える。それでも彼の要望にただ深く頷くと、優しく佐久間を抱き上げて慣れ親しんだ森へと連れ出した。
木漏れ日が差し込む静かな住処の真ん中で、仲間たちが俺達を囲む。
既に身体を起こすことすら難しい佐久間を、俺はそっと抱きかかえるように支えていた。
「大ちゃん…っ、嫌や…!お願いやから死なんといて…っ…!」
康二は佐久間にしがみついて大粒の涙を流す。その涙は彼の胸元へと零れ落ちるが、光は一瞬だけ淡く揺らめくだけで、蝕まれた命の灯火を戻すことは叶わなかった。大天使たちの言う通り、運命という絶対的な摂理の前に、奇跡は…届かない。
「…こうちゃん…。」
佐久間は震える手で康二の涙を拭い、仲間たち一人ひとりに視線を送る。涼太も、翔太も、蓮も、静かにその最期を見守っていた。
そして彼は、自分を支える俺を見上げた。康二の頭に手を置きながら、一方の細く白い手が力なく俺の頬へと伸ばされる。
「照さん…僕は、貴方と出会えて…心から愛してもらえて、本当に…幸せでした。」
「あぁ。俺もだ、佐久間。お前に出会えて良かった。」
「来世でも…また、絶対…見つけて くださいね?」
「当然だ。どんな姿で生まれ変わっても、俺はお前を見つけ出す。」
佐久間は満足そうにふっと瞳を細めると、俺の胸の中で静かに瞼を閉じ──
「ひかるさん…ずっと、あい して…」
そして、すとん、と頬にあった手が滑り落ちた。
静まり返った身体を強く抱き締めたその瞬間、
「っ…佐久間…── 待ってろ、直ぐ行く。」
その言葉を合図に、俺の全身が清らかな光に包まれた。
『照…お前ッ…!?』
『待って、照、何で…!?』
翔太の悲鳴に近い声と、涼太が驚愕に目を見開く気配が光の向こうで遠く響く。
主人と認めた者の死と共に己の命も消す──『主従契約』執行の光。今ここで、俺の命そのものが世界から消え去ろうとしていた。
俺を包む境界線の内側は静かで、酷く、穏やかで。
(あぁ、…温かい。)
腕の中に残る佐久間の体温。その魂が今まさに俺の魂と、二度と解けない程に固く深く結びついていく感覚。
恐れや後悔などなかった。胸に満ちていたのは、ただ、これ以上ない圧倒的な充足感だ。
もう、愛しい人の冷たさに絶望して泣き叫ぶ必要はない。
もう、寿命という理不尽な壁に引き裂かれることもない。
だが、ほんの少しだけ。光に溶けていく視界の端で、絶望に身を震わせる愛しい仲間たちの姿が映った瞬間、胸の奥に淡い寂しさが掠めていった。
「っあかん照にぃ!待ってや、嫌や…!二人とも行かんといて…!」
堪らず康二が泣き叫びながら俺へと手を伸ばすが、その指先は境界の光に阻まれ、触れることすら叶わない。
「康二、皆が居るだろ。泣くな。」
「…っ…メモから消さへんからな!!絶対、転生しても忘れへんからな!!」
「あぁ、死ぬ気で思い出せよ。」
触れられなくても、その頭をぽんぽんと撫でてやる。
(悪いな、皆。)
不器用な俺を支え、慕ってくれた家族。
彼らを置いていく申し訳なさと、これまで共に過ごした温かい日々への愛惜が、最後の最後に静かな寂しさと深い感謝になって胸を満たし…目頭が熱くなった。
ゆっくりと光に溶けて薄れゆく輪郭の中で、俺は抱き締めた佐久間の少しだけ開いた唇に、そっと深い愛を込めて自らの唇を重ねた。
冷たくなり始めたその唇に、己の熱と魂の全てを注ぎ込むような、静かで優しい約束のキス。
(絶対に、一人にさせねぇからな。)
唇を離し、俺は各々の感情で見守る仲間たちの顔を一人ずつ、愛おしさを込めて見つめた。
「涼太、康二がまた転生したら…、」
『うん、ベビーシッターはもう慣れてるよ。安心して。』
俺の意図を受け取ったように胸に手をあて、涼太は静かに頷いた。
「翔太、お前は、」
『照みたいにもっと強くなる。同じイヌ科だからな!』
涙声ながらも強く宣言する姿に、俺は小さく口元を緩めた。そして、
「──蓮。皆を…頼んだ。」
『………うん。』
最後に目が合った蓮にすべてを託すと、彼は深く静かに頷いてくれた。
そして、最期に。
「じゃあな。」
その一言を残し、俺は佐久間を強く抱き締めた。俺達の身体は光の粒子となり…静かに、世界の光の中へ溶けて消えていった。
── ずっと一緒だ。佐久間。
── はい。ずっと一緒です…照さん。
互いの魂の呟きだけが、温かい風となって森の木々を優しく揺らした。
森には、静かな風だけが吹いていた。二人が居たその場所で、康二は泣き崩れ、翔太は空を見上げ、涼太はぐいっと涙を拭いた。
俺は二人が消えた場所を静かに見つめ、
『…きっとまた、会えるよ。』
誰に言うでもなく小さくそう呟いたその言葉だけが、風に乗って森へ溶けていった。
──それから、数年の月日が流れた。
俺は照の代わりに、毎日この森のパトロールを続けていた。
静寂が包む深い森の奥を歩いていたその時。俺の角の先が、微かな魔力を察してぴくりと跳ねた。
(…この気配は、幻獣…?こんなに急に…?)
胸騒ぎに背中を押されるようにして木々の隙間を掻き分けた俺は、思わず足を止めた。
木漏れ日を柔らかく浴びる小さな花畑。その中央で、小さな二匹の幼い狼が、互いに身体を寄せ合ってすやすやと眠っていた。
一匹は、きらきらと輝く美しい銀色の毛並み。 もう一匹は、その黒味を帯びた銀色の身体にすっぽりと包まれるようにして、幸せそうに寝息を立てる、穢れのない純白の毛並み。
二匹の額には、対を成すように光り輝く『陰』と『陽』を司る神秘的な金色の模様が刻まれている。白と暗い銀。互いの尾を巻き付け合い、隙間なく丸まって心地よさそうに眠るその姿は、かつて決して離れぬと誓い合った二人の絆そのものだった。
ずっと東の国での伝承に語られる幻獣──陰陽狼。
生まれ変わっても尚、運命の『番』として惹かれ合い、再び寄り添うことを選ぶ…俺からすれば肉眼では初めて見る幻獣だった。
何故、その幻獣がこの国に?その問いに答えられるのは、誰も居ない。
ただ、その愛おしい姿を目にして、俺は彼らが戻ってきたとしか思えなくて…俺の胸の奥がじんわりと温かさで満たされていく。
『…お帰り。照。佐久間。』
呼応するように、二匹の額の紋様が煌めく。
『その姿なら今度は…誰にも引き裂けないね。』
俺はそっと彼ら近付くと、二匹の幸せな夢を邪魔しないように、どこまでも優しい声で囁いた。
【神の手を放れた番の陰陽狼:照、佐久間】
遠い東の国の伝承として語り継がれていたが、その存在は誰も知らない幻の幻獣。
固く結ばれたその絆は、神だろうと仏だろうと切り離すことはできない、二匹で一つの存在。
※画像はAI生成、創作上の幻獣です。
コメント
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わぁー😭😭😭 契約ってそういうことだったんですね。 転生しても一緒に💛🩷 森のみんなとの深い絆も すごく良いお話でした🥹