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《首相官邸・状況室/オンライン知事会議》
大型モニターに、
東日本の県境が並んでいた。
宮城、福島、茨城、栃木、群馬、千葉――
その知事たちの顔が、
それぞれ小さな四角の中に映っている。
鷹岡サクラは、
胸の前で両手を組みながら口を開いた。
「お忙しいところ、ありがとうございます。」
「今日は“正式な落下地点の発表”ではありません。」
「ですが、
オメガ60メートルコアの
“高リスク帯”が
皆さんの自治体を含むエリアに
かかりつつあることは事実です。」
モニターの中で、
何人かが黙ってうなずいた。
藤原危機管理監が
スクリーンを切り替える。
日本地図の上に、
半透明の帯が重なる。
東北南部から関東北部を
斜めに走る、太い線。
「JAXA/ISASとIAWNの最新解析では、
“日本に落ちる可能性が高い”という状況から、」
「“特に東日本の太平洋側と
その内陸の一部が
高リスク”という段階に
移行しつつあります。」
「ただし、
“どこの県のどの市に落ちるか”は
まだ特定できません。」
宮城県知事が、
やや強い口調で言う。
「総理。」
「“名前を出されていない”とはいえ、
海外メディアでは
もう“Japan East Coast”だの
“northern Kanto region”だのと
具体的に報じられ始めています。」
「このままでは、
“うちの県だけが狙われている”ような
雰囲気になりかねません。」
サクラは、
少しだけ目を伏せてから
まっすぐ画面を見た。
「その危惧は、
十分理解しています。」
「だからこそ今日は、
“国だけで決めました”ではなく、」
「“国と該当地域の自治体で一緒に
避難と生活継続のシナリオを作っていく”
スタートの日にしたいんです。」
福島県知事が口を開く。
「原発事故のとき、
“急な避難指示”と
“その後の生活の見通し不足”が、」
「住民の皆さんを
どれだけ苦しめたかは
身にしみています。」
「今回は、
“落ちるかもしれない”段階から
避難後の生活も含めた話を
共有していただきたい。」
「“逃げれば終わり”じゃないので。」
サクラは大きくうなずいた。
「はい。」
「“どこかに逃がして終わり”ではなく、
“どこかで暮らしていけるようにする”ところまで
国と自治体で設計します。」
「そのために――」
藤原が、
新しい資料を映す。
〈避難シミュレーション案:
第一段階)自主避難・親類宅・ホテル等
第二段階)広域避難所+受入自治体との連携
第三段階)長期移転先の候補整理〉
サクラが続ける。
「今日の時点でお願いしたいのは、
“第一段階と第二段階のたたき台”を
一緒に作り始めていただくことです。」
「“日本のどこかに落ちる”という
抽象的な恐怖を、」
「“この町で、この道を通って、
この体育館に行く”という
具体的な行動に
少しずつ変えていきたい。」
「その地図は、
勝手に官邸で描くのではなく、
皆さんと一緒に描きたいんです。」
一瞬だけ沈黙があった後、
画面の中で
複数の知事がうなずいた。
「…分かりました。」
「“うちの県だけの問題”として
抱え込まないことを条件に、
全力で協力します。」
《某テレビ局・情報番組の編集会議》
「でさ、“東日本太平洋側高リスク”って言われても、
結局どこなのか分からないわけじゃん?」
ディレクターが、
ホワイトボードに
日本地図を雑に描きながら言う。
「視聴者は、
“結局どこが危ないのか”を
知りたがってる。」
「専門家呼んで、
“この辺です”って
指さしてもらった方が
数字は取れるよ。」
若いADが
おそるおそる口を挟む。
「でも…
“ここが危ない”って
勝手にテレビで言ったら、」
「そこに住んでる人たちに
差別とか、
仕事のキャンセルとか
出ませんかね。」
「“東北出身お断り”みたいな
求人が出たって
SNSで炎上してましたし…。」
ディレクターは
ペンを止めた。
「…それはさすがに
シャレになんないな。」
社会部から来た記者が
腕を組む。
「“危険度マップ”は
確かに分かりやすいんですけど、」
「一歩間違えると
“ここはもう終わりだから切り捨てよう”って
空気を作りかねません。」
「むしろ今、大事なのは
“高リスク地域で
どうやって生き残ろうとしているか”を
伝えることだと思います。」
「市役所、防災課、病院、学校…
そういうところの動きを。」
しばし沈黙。
プロデューサーが
結論を出した。
「じゃあ今夜は、
“ここが危険だマップ”じゃなくて、」
「“高リスク帯で今何が準備されているか”の
ルポに切り替えよう。」
「地図は使うけど、
“ここに落ちます”って線は引かない。」
「代わりに、
“どこにいても他人事じゃない”って
締め方にする。」
ADがほっと息をついた。
(テレビの一枚の地図で、
誰かの故郷が
“終わった場所”にされるのは
あまりにもつらい。)
《東北地方・沿岸部の病院》
消毒液の匂いと、
遠くから聞こえる心電図の電子音。
病院事務長の佐々木は、
会議室に広げられた
紙の地図を見つめていた。
「…酸素ボンベの数、
もう一回数え直して。」
「人工呼吸器も、
“運び出すリスト”と
“ここに残すリスト”に
分けて。」
看護師長が答える。
「はい。」
「でも事務長、
正直に言っていいですか。」
「“本当にここに落ちる”って
決まったわけじゃないのに、」
「患者さんや家族に
“もしかしたらここから
どこかに移ってもらうかもしれません”って
言うのが…」
「ものすごく酷な気がします。」
佐々木は、
ゆっくりと頷いた。
「分かる。」
「俺だって、
“そんなことにならなきゃいい”と
思ってる。」
「でも、
“決まってから慌てて運ぶ”のと、」
「“決まる前から
“その時どうするか”を
考えておく”のとでは、」
「救える命の数が
きっと違う。」
廊下の向こうから、
車いすの音が近づいてくる。
腎臓病の治療で
週に数回通っている
中学生くらいの少年が、
母親と一緒に歩いていた。
少年は、
会議室の地図をちらりと見て
小さく笑った。
「また、何かあったときの練習?」
母親が慌てて頭を下げる。
「騒がしくしてしまってすみません。」
佐々木は
笑顔を作った。
「いえいえ。」
「“何かあったときの練習”を
してるところです。」
「君みたいに
“ここに来れば大丈夫”って
思ってくれてる人が、」
「どんな状況でも
そう思えるように。」
少年は、
少しだけ真剣な顔になって
うなずいた。
「じゃあ、
いっぱい練習しといてください。」
「俺、
逃げるのあんまり早くないから。」
その何でもない一言が、
会議室の大人たちの胸に
ずしんと響いた。
(“逃げるのが早くない人”のことを
ちゃんと頭の中に入れて
計画を作らなきゃいけない。)
(それが、多分
“医療のプラネタリーディフェンス”だ。)
《アメリカ・ホワイトハウス/大統領執務室》
ジョナサン・ルースは、
タブレットに映る
世界のニュースを
ざっとスクロールしていた。
〈JAPAN IMPACT RISK RISES〉
〈EASTERN JAPAN MAY FACE DIRECT STRIKE〉
〈GLOBAL MARKETS REACT TO “OMEGA CORRIDOR”〉
顧問が報告する。
「市場では、
“日本リスク”が
露骨に価格に出始めました。」
「日本国債の一部売り圧力、
保険会社の株安、」
「逆に“日本以外のアジア拠点”の
地価が上がるという
動きも出ています。」
ルースは
ため息をついた。
「Human beings are quick.」
「石が落ちてくる前に、
先に数字の方が
逃げ始めたか。」
別の補佐官が続ける。
「日本企業の一部も、
主要データセンターのバックアップを
北米や欧州に移す動きを
加速させています。」
「それ自体は
リスク分散として合理的ですが、」
「“日本はもうおしまいだから
出てこい”というメッセージに
なりかねません。」
ルースは、
窓の外を見ながら言った。
「サクラ首相とは
近いうちに
もう一度話す必要があるな。」
「“世界が数字の上で
日本から逃げ始めている”ことを
隠すわけにはいかない。」
「でも同時に、
“アメリカは最後まで
プラネタリーディフェンスのパートナーであり続ける”と
伝えたい。」
(彼女の国は、
“盾としての日本”と
“被害国としての日本”の
両方を一度に背負わされている。)
(せめて、
“お前たちだけじゃない”と言える
相手でいたい。)
《総理官邸・夜の会見》
カメラの赤いランプが点く。
サクラは、
昨日よりも少しだけ
具体的な言葉を選んだ。
「最新の解析によって、」
「日本列島の中でも
“特に東日本の太平洋側と
その内陸の一部”で、」
「オメガ60メートルコアの
落下リスクが高いことが
見えてきています。」
ざわめき。
心の中で自分の住んでいる場所を
地図に重ねる人たち。
「ただし、
この段階で
特定の県名・市町村名を挙げることは、」
「“その地域だけが切り捨てられる”ような
印象を生みかねません。」
「政府は、
“高リスク帯の自治体の皆さんと一緒に”、」
「避難の準備や
医療・教育・生活の継続のための
具体的なシミュレーション作りを
始めました。」
「“日本のどこかに落ちるかもしれない”という
抽象的な不安を、」
「“この道を通って、
この避難所へ行く”という
具体的な行動に
少しずつ変えていきます。」
「どうか、
“うちは高リスク帯じゃないから関係ない”と
考えないでください。」
「オメガの衝撃は、
どこに落ちても
日本全体、
世界全体に影響を及ぼします。」
「“地図のどのマスにいるか”に関係なく、
それぞれの場所でできる備えを
一緒に進めていきましょう。」
記者が手を挙げる。
「総理、
“東日本の太平洋側”という表現は、」
「事実上
“その地域が犠牲になる”ことを
認めたに等しいのではないですか?」
一瞬だけ空気が張りつめる。
サクラは、
まっすぐに答えた。
「いいえ。」
「“犠牲にする”前提で
話をしているのであれば、」
「私はこんなに細かい避難シミュレーションを
各自治体と一緒に
作ろうとはしていません。」
「“守るために、
先に名前を出さざるをえない”
そんな場面が、」
「今後も増えていくかもしれません。」
「ですがその時も、
“そこにいる人たちを
どうやって最後まで守るか”という
視点を手放すつもりはありません。」
「それが、
私たち政治に課せられた
最低限の責任です。」
Day17。
オメガ予測落下日まで、あと17日。
宇宙の計算機の中では、
日本列島の「マス目」が
じわじわと色を濃くし、
地上の会議室では、
そのマス目の下で生きる人たちの
避難と生活の線が
一本一本引かれ始めていた。
誰もまだ、
「ここに落ちます」とは言えない。
それでも、
「ここにいる人たちを守る準備」は
待ったなしで進んでいく。
本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。
This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.