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読むのが遅くなってしまった…!!今回だけで3人も新しい子が見れて嬉しい嬉しい😭💖 ホントに個々が解釈一致過ぎたというか、登場人物がお話の中だというのに「生きている」という感じがして、読みながら感極まっていました…🤦💞💞
うおおおお‼️ずっと続き待ってた‼️‼️愛莉ちゃんと雫さんの関係性がどことなく「太陽のない世界で君を探す」の愛莉ちゃんと雫さんを感じた…🫣やっぱこの2人っていいよな…愛を感じる……🤭🤭 今回もとてつもなくワクワクしながら読ませてもらった!!天才だよあかまるちゃんホントに😭これで文才無いとか舐めてんのかオラ😇((
うわあああ‼️大好きです…愛莉ちゃん!!!ってなりました
この話には色んな方の地雷を踏み抜く可能性が無いとは言いきれません。
何でも大丈夫だよという寛大な方のみ閲覧してください。
_追記_
この話は26000文字超えです。
それなりに長いと思うので暇な時に読むのをお勧めします。
毎度の事ながら、長すぎて最後ら辺力尽きてますが、それに関してはごめんなさい。精進します。
拙い文章をどうかお許し下さい。
次の目的地へ向かうため、とある森へ踏み入った。
森の中は涼しく静かで、生い茂る緑に自然の豊かさを感じる。
「わ〜!見て見て!パンダアリバチだよ!可愛い〜♡」
ルイさんが無邪気な声をあげてしゃがんでいる。
“パンダアリバチ”と呼ばれた虫は、その名の通りパンダのような白黒模様で毛が生えており、つぶらな瞳が特徴的だった。
「へぇ、たしかにパンダみたいな模様っすね。」
少し興味が湧き、俺も少ししゃがんでみる。
「ふふ、可愛いよね〜」
ニコニコと楽しそうなルイさんを見ていると、この人は自分より歳下なんじゃないかと錯覚してしまう。
(俺より5歳上ってのが信じられねぇな…2歳下くらいに見える。)
「ルイの方が可愛いぞ!」
後ろの方から声がした。
振り返ると、いつもならルイさんにくっ付いてるはずのツカサがルイさんから離れ、少し遠い所にいる。
「いや、何でそんな遠いんだよ。」
また何か企んでるのかと思い、答えには期待せず質問した。
「あっ、ごめんね、ツカサくん!君が虫苦手だってこと忘れてはしゃいじゃって…」
ルイさんが口元を押さえて申し訳なさそうにしている。
「いや、オレのことは気にしないでいいぞ!ルイが可愛いと言うなら、その虫も可愛く思えて…」
ツカサはそこまで言って虫を見た瞬間、”うっ”と声を洩らした。
ツカサの顔は青ざめており、少し体が震えている。
「む、無理しないで。目的地へ急ごうか。」
「すまん……」
ルイさんの気遣いに、ツカサは少ししょぼんと肩を竦めた。
「虫が苦手な悪魔もいるんだな。お前は何だっけ、水?」
俺は隣にいる青い悪魔に話しかけた。
「別に、それは好きじゃないというだけで苦手では無い。」
相変わらず少しぶっきらぼうな返事だ。
(その言い方的に他に苦手なもんはあるんだな。)
青い悪魔の苦手なものは何だろうと考えてみた。
ツカサのように虫はないだろう。となると、何か苦手そうなもの…意外と動物とか、音とか?
そんな事を考えながらじっと悪魔を見つめていると、悪魔は煩わしそうに口を開いた。
「そんな下らないことを考えるな。それより目的地へ急いだ方がいいんじゃないか?夜になってしまうぞ。」
悪魔の言う通り、あと3時間もすれば日は沈んでしまう。
ルイさんとツカサにも声をかけ、俺たちは少し急いで足を動かした。
なんとか日が沈む直前に目的地へ辿り着けた。
目的地は深い森の奥。ここに依頼主がいるらしい。
「こんな森の奥に住んでるなんて、魔女か何かか?」
冗談のつもりでフッと笑う。
「そうかもしれないね。この森、少し不思議だし。」
俺の冗談に対してルイさんは真剣な表情をしている。
その様子が気になって、俺は思わず尋ねた。
「不思議ってどういう事ですか?」
ルイさんは少し頭を傾け、自信なさそうに口を開いた。
「えっと…生態系がごちゃごちゃだったんだ。さっき見たパンダアリバチは本来南米に生息する虫のはず。でもヨーロッパに生息するシロジャノメもさっき飛んでいた。…ちょっと不思議じゃない?」
ルイさんは更に続けた。
「パンダアリバチも、船とかで渡って来ちゃった可能性はあるけど…普通はここら辺で見ることはないから、」
相変わらず、ルイさんの知識量には驚かされる。
俺は思わず声を出してしまった。
「すごいですね。ルイさん、虫にも詳しいんですか。」
ルイさんは照れくさそうに斜め下を見ている。
「く、詳しいって程じゃないよ。偉そうに言っちゃったけど、自信はないから…」
自信の無さを表すかのように、だんだん声が消えかかっていく。
すると、後ろからツカサが口を挟んだ。
「そうだ!ルイはすごいんだぞ!」
ひょっこりとルイさんの後ろから顔を出し、得意げに鼻を鳴らした。
「相変わらず、ツカサはルイさん全肯定なんだな。」
いつもの事に少し慣れつつある。
俺は少し先の方に目線を向けた。
視線の先には、少し古びた、小さいが綺麗なレンガ造りの家がある。
恐らく、ここが依頼人の家なのだろう。
「トウヤ、ツカサ。しばらくは出てくんなよ。」
2人の悪魔にそう声をかけ、俺は少し警戒しながら扉に近づき、”コンコン”と2回ノックした。
しばらく間が空き、留守かと思った瞬間、ゆっくりと扉が開いた。
「はぁい……どちら様?」
少し開いた扉の奥から、そんな間延びいた声が聞こえてきた。
「依頼されて来ました。エクソシストの者です。」
奥に聞こえるような声量でそう言うと、やっと扉が開いた。
「あら、エク…なんとかさんだったんですね!来てくださってありがとうございます!どうぞ、お入りください。」
声の主は綺麗な藍白色の髪に、口元にあるほくろが特徴的な女性だ。
どうやら”エクソシスト”が聞き取れなかったのか、知らなかったのか分からないが少し言葉を濁したのが気になった。
とりあえず、案内されるがままに建物の中へと入っていく。
建物は二階建てのようで、奥の方に階段があった。
1階には暖炉と、その少し前辺りに机、椅子が置いてあり、壁には窓が1つと絵画が飾られている。
窓際には小さな机があり、その上にある花瓶に挿した青い花がとても気になった。
(なんか変な花…綺麗だけど、こんな花見た事ねぇな。)
「どうぞ、お二人共座って下さい。」
依頼人がそう言ったので、俺とルイさんは近くの椅子に腰掛けた。
「初めまして。シズクと申します。」
“シズク”と名乗る女性は、ニコリと愛嬌のある笑顔を見せた。
「初めまして、アキトです。こっちはルイさん。」
俺がルイさんの方に視線を誘導させると、ルイさんは少し俯き気味にペコリと小さく頭を下げた。
「アキトさんにルイさんですね!わざわざこんな森の奥まで、ありがとうございます。」
いつの間にかテーブルにはティーセットが置かれており、”どうぞ”とお茶を差し出された。
「いえいえ。ご依頼ありがとうございます。」
いつもの典型文を読み上げ、差し出されたお茶に手を伸ばす。
1口含むと、不思議な味のするお茶だった。外国のものだろうか?
「それで、ご依頼内容なんですけど。」
いつも通り依頼人に説明を促す。
「えぇ!とても困っているんです。説明させていただきますね。」
シズクさんは困ったように眉をひそめ、思い出すような仕草をしながら口を開いた。
「少し前…2年くらい前かしら?この森に現れたらしくてね。ここのもう少し行った先に森道があって、更にその先には小さな村があるのだけど…森道を通った子が襲われてしまったらしいんです。私もそこを通ることがあるし、他にも人が通ることがあるから、危なくて…。それで、退治して欲しいんです。」
シズクさんの説明からは主語が抜けていたが、指している言葉は明確で聞くまでも無い。
実害が出ているのなら、一刻も早く祓いに行くべきだろう。
「分かりました、その依頼引き受けます。」
俺がそう答えると、シズクさんはパッと立ち上がり、俺の両手を握った。
「ありがとうございます!よろしくお願いしますね!」
突然手を握られ、流石に少したじろいだ。
俺が手を払うこともできず、かといってこのままでいるのも…と困っていると、シズクさんがハッとしたように手を離した。
「ごめんなさい!突然手を握るなんて…またあの子に怒られちゃうわ。ごめんなさいね。」
シズクさんに謝罪され、俺は首を振った。
「いや、気にしないで下さい。」
前にもこんな事が何度かあったため、少し慣れつつある。
それよりも、”あの子”という方が気になった。
俺がその事について触れようか迷っていると、誰かが戸を叩く音がした。
叩かれた音は少し弾んでいた。
「あらっ、あの子だわ!」
シズクさんは音を聞くなりパッと明るい顔を浮かべ、小走りで扉まで移動した。
「いらっしゃい、アイリちゃん!」
扉を開けると、桃色の柔らかそうな髪をした、俺と同い年くらいの女性がいた。
“アイリちゃん”と呼ばれたその女性は、何かが入ったカゴを手にぶら下げている。
「こんばんわ、シズク。遅くなってごめんね。」
シズクさんは嬉しそうに女性を中へ招き入れた。
「あらっ、この方達は?」
女性が俺たちに気付き、シズクさんが説明した。
「前言ってた人達よ!退治してくれるんですって!」
シズクさんの言葉を聞くなり、女性は驚いたように声を上げた。
「え?!てことは、この人たちが狩人さん?」
「…え?」
“狩人”…という言葉を、一瞬理解が出来なかった。
ルイさんもキョトンと、戸惑ったように首を傾げている。
そんな俺たちの様子を見て、女性が更に分かりやすく言い直した。
「この森に住み着いてる、人喰い狼を退治して欲しいって依頼だったはずなんですけど…」
人喰い狼……?
俺は少しずつ状況を理解しようと口を開いた。
「俺はエクソシストです。悪魔祓いの依頼かと思って来たんですが…」
俺の言葉を聞くなり、女性は状況を理解したらしい。
ハッとした表情を浮かべ、シズクさんの方を見た。
「ちょっと、シズク!貴方また依頼する人間違えてるじゃない!」
女性にそう言われ、シズクさんは申し訳なさそうに肩を竦めている。
「そ、そうだったみたい…ごめんなさい、また間違えちゃったのね。」
また…という事は、これまでに何度か同じようなことがあったのだろう。
女性は少し呆れたようにため息を吐き、俺たちの方を見た。
「ごめんなさいね。私はアイリ、こっちはシズク。シズクったら、狩人さんに依頼してって言ってるのに、毎回違う所に依頼しちゃうんだから…」
アイリと名乗った女性は、やれやれと頭を抱えている。
出会った時、シズクさんが”エクソシスト”と発音出来なかったのは、恐らく知らなかったからなのだろう。
依頼しておいて何故知らないんだろうとは思ったが、まさか狩人と勘違いされていたとは。
「本当にごめんなさい。わざわざこんな森の奥まで来てくださったのに…事前に提示していた報酬は差し上げますので…」
シズクさんはションボリと眉を下げ、申し訳なさそうにしている。
そんな様子を見ていると、少し可哀想…というか、自分は悪くないが罪悪感とも似たようなものを感じた。
「…人喰い狼でしたっけ。専門外ではありますけど、良ければ退治しましょうか?」
気が付けば、そんな事を口走っていた。
全員の驚いたような視線が集まる。
「い…いいんですか?でも、専門外なら少し危ないんじゃ…」
アイリさんが心配そうに眉を下げた。
「大丈夫です。むしろ、悪魔より人喰い狼のが安全な気もしますし。」
俺が気丈にそう言うと、ルイさんも頷いた。
「アキトくんなら、大丈夫だと思います。」
シズクさんとアイリさんはまだ少し心配そうな顔をしていたが、俺たち2人がそう言うのならと、決意を固めたようだ。
「では、お願いします。くれぐれも、お怪我のないように。」
「あー、流石にベッドは1つか。」
今日はもう夜遅いので、この家に泊まらせてもらう事になった。
建物の2階の右奥の部屋は、どうやら客用らしく、その部屋を借りている。
部屋には普通よりほんの少し大きいサイズのベッドと、机と椅子が置かれており、シンプルな内装だ。
だが、この部屋にも置いてある赤い花がとても気になった。
(相変わらず見たこともねぇ変わった花…)
俺はもう一度ベッドに視線を戻した。
「ぼ、僕は床で寝るから大丈夫だよ。」
1つしかないベッドを見て、ルイさんがそんな事を言う。
「いや、ダメでしょ。身体痛めちゃいますよ。」
相変わらずルイさんは相手へ配慮をしすぎというか…自分の事を全く大事にしようとしない。
「ルイを床で寝かせるなんて許すわけないだろう!アキト、お前が床で寝ろ。」
やかましい声が聞こえてきた。
いつの間にかツカサがルイさんの後ろから出てきたらしく、怒ったような顔をしている。
「何でお前にそんなこと言われなくちゃいけねぇんだよ。心配しなくてもルイさんを床では寝かせないから安心しろ。」
少し苛立った口調でそう返すと、ルイさんが焦ったように策を提案した。
「じ、じゃあ、僕とアキトくんの2人でベッドを使えばいいんじゃないかな?少し狭いかもしれないけど…」
その言葉を聞くなり、ツカサはブンブンと勢いよく首を振った。
「駄目だ!!絶っ対に駄目だ!!ルイがアキトと一緒に寝るなんて嫌だ!」
あまりの勢いに、ルイさんは少したじろいだようだ。
困ったようにツカサを宥めている。
「でも、そうしないと困るんだよ。ベッドは1つしか無いし、アキトくんを床で寝かせるのは嫌なんだ。」
ツカサはしばらく何かと葛藤していたが、やがて諦め、俺の方を指さした。
「…分かった。なら、一晩だけ許してやる。だが、ルイに何かしたら即座に殺すからな。」
その言葉は冗談なんかじゃなく、本気なんだと言うのはその殺気で見て分かった。
「するわけねーだろ。どうせすぐに寝るし。」
それをサラリと躱し、荷物とカーディガンを床に置いた。
「…アキト、あの依頼受けて良かったのか?」
後ろから青い悪魔の声が聞こえてきた。
「ん?何で?」
俺がその言葉の意味を求めると、青い悪魔はそれに答える。
「だってお前、犬が苦手だろう。狼は大丈夫なのか?」
青い悪魔の言葉に、俺はドキッとした。
言い返す言葉は見つからない。
「本当にお人好しだ。狼も苦手だと言うのに、あんな依頼を引き受けるとは。」
青い悪魔は心底呆れたようにこちらを一瞥した。
「え…あ、アキトくん、狼苦手なの?」
ルイさんが口元に手を当てて心配そうにしている。
「あ、いやー…まぁ、ちょっとだけ。」
俺は目線を逸らし、少し言葉を濁しつつ答えた。
「へぇ?犬が怖いのか。なるほどな。」
ニヤニヤと黄色い悪魔が含み笑いする。
「あ?お前だって虫苦手だろ。変わんねーじゃねぇか。」
「そ、それとこれとは別だろう!」
「いいや、一緒だね。」
そんなやり取りをしていると、青い悪魔が”やれやれ”と口を開いた。
「本当にお前らは下らないな。煩わしいぞ。」
「「あ”?」」
俺と黄色い悪魔の声が重なる。
「ふふ、2人とも仲良しだね。」
ルイさんが少し嬉しそうに微笑んだ。
別に仲良くない…と否定しようとしたが、嬉しそうなルイさんを否定するわけにはいかず、言葉を飲み込む。
どうやらツカサも同じことを考えたらしく、何も言わない。
そんな様子を見て、青い悪魔は馬鹿にしたようにフッと鼻で笑った。
「でも、狼が苦手なら今回の依頼、無理しない方がいいんじゃないかな…?」
ルイさんに心配され、俺は首を振る。
「大丈夫です。このくらい、トウヤ使うんで。」
トウヤはそれを聞くなり煩わしそうな顔をした。
「俺は悪魔退治には協力するつもりだが、今回のは例外だろう。もし協力して欲しいのなら魂の1つでも差し出せ。」
「アホか。奴隷だって言ってんだろ。奴隷が見返りなんか求めてんじゃねぇよ」
俺は軽くトウヤの頭を叩いた。
「で、でも…僕、何も役に立てて無いし、今回は僕がこの依頼受けてもいい…?」
ルイさんは自信無さげにするも、その超えには芯が通っていた。
恐らく、何を言っても今回は譲らないつもりだろう。ルイさんはそういう少し頑固なところがある。
「いや、役に立ってないなんてこと無いですけど…」
俺はしばらく悩んだ。
色々心配な事はある。いくらツカサがいるとは言え、ルイさんには危険なのではないか…
しかし、俺も狼退治の他に確かめなきゃいけないことがあった。
ルイさんが狼退治をしてくれるなら、俺はそっちに専念出来る。
だが、ツカサはきっとそんな危険なことはさせられないと止めるだろう。
そう思ったが、ツカサの反応は予想外のものだった。
「…ふむ。いいんじゃないか?ルイがそう言うのなら、オレは全力でサポートしよう。」
ツカサは恐らく、”ルイさんがやりたい事は出来るだけやらせてあげたい”という考えなのだろう。
俺はとても不安だったが、ツカサもいるし、狼くらいなら大丈夫だろうと、首を縦に振った。
「分かりました、じゃあお願いします。…くれぐれも、気をつけて。」
それを聞くなりルイさんはパッと顔を上げ、嬉しそうに目を輝かせた。
「あ、ありがとう!僕、頑張るね!」
嬉しそうな様子のルイさんを見て、黄色い悪魔は満足そうに微笑んでいる。
それと対照的に、青い悪魔は面白くなさそうな顔をした。
「じゃ、今日はそろそろ寝ましょう。おやすみなさい。」
俺はベッドの右側に寝転び、ルイさんに背を向けた。
「うん、おやすみ。」
後ろから聞こえる音で、ルイさんも布団に潜り込んだであろうことが分かる。
背中に体温を感じ、微睡み始めた時…
「…アキトくん、ちょっといい?」
後ろから小さく声をかけられた。
俺は反対向きに体を動かし、応答する。
「なんですか?」
「あのね、その、気付いてると思うけど…」
ルイさんはそこで言葉を詰まらせた。
だが、ルイさんの言いたいことは分かっている。
「はい、大丈夫です。明日、ルイさんが狼退治に行ってくれている間に何とかしますから。」
俺の言葉にほっとしたらしく、しばらくすると小さな寝息が聞こえてきた。
やはり、その顔は俺より歳上とは思えないほどあどけない。
(ずっと思ってはいたけど、この人の顔整ってるよな。髪もサラサラだし。)
いつの間にか無意識にルイさんの髪に触れていた。
顔にかかった横髪をサラッと耳にかけてみる。
すると、突然《バシンッ!》と手を叩かれた。
「ルイに触れるな。殺すぞ。」
ルイさんを起こさないよう、小さく怒る声が聞こえてきた。
「あ、悪い。無意識だった。」
急いで手を引っ込め、謝罪する。
ツカサに”キッ”と睨まれ、俺は再びルイさんに背を向けて転がった。
翌日は昨日と打って変わってどんよりとした曇り空だった。
そのせいか森には霧が立ち込め、視界が悪い。
「よりによって今日は視界が悪いですね…大丈夫ですか?」
俺はカバンに色々詰めているルイさんに問いかけた。
「うん、大丈夫だよ。心配しないで。」
カバンに何かを詰め終わったらしく、それを背負って微笑む。
「僕じゃ頼りないと思うけど、信じて欲しいな。あぁ、あとこれ。悪魔退治用の香水も置いていくね。」
コトっと机に小瓶を置き、扉に手をかけた。
「じゃあ、行ってきます。」
「はい、行ってらっしゃい。どうか気を付けて。」
「……さて、」
俺は大きく1つ伸びをして、後ろの悪魔に声をかけた。
「やるぞ、トウヤ。仕事だ。」
「ああ。」
「うわっ、本当に視界が悪いね。」
辺りには白い霧が立ち込め、5m先も見えない。
「それにしても、アキトくんが犬苦手ってのが意外だったな。あんなにカッコイイのに、ちょっと可愛いところもあるんだね。」
クスッと思い出し笑いをすると、ツカサくんは難しそうな顔をした。
「オレはアイツがカッコイイというのも、可愛いというのもよく分からんがなぁ…」
「それより、何か策はあるのか?オレは何をすればいい?」
僕は昨夜考えた計画のメモをツカサくんに見せた。
「情報が少ないから、幾つかパターンを考えたんだ。…ちょっと、馬鹿らしいって思うかな?」
ツカサくんはそのメモをじっくりと見つめ、何かを考える仕草をした後首を振った。
「いいや、何も馬鹿らしくない。お前は天才だ。」
相変わらず真顔で彼にそう言われると、少し恥ずかしくなる。
「やめてよ。天才なんかじゃないから…それで、これ出来そう?」
僕がそう問いかけると、ツカサくんは少し考えてまた首を振った。
「計画自体は素晴らしいが、同意しかねる。そのメモ、全てお前が囮になる前提じゃないか。」
ツカサくんにそう言われるのは想定内だ。
「人喰い狼相手なら、人間が囮になるのは当然だよ。それに…ツカサくんがいるから、大丈夫でしょう?」
僕がトン…と軽くツカサくんの胸をつつくと、ツカサくんはこそばゆそうな顔をした。
「もちろん、命に変えてもルイは守るが…」
僕は更に畳み掛ける。
「ツカサくんより、人喰い狼の方が強いのかい?」
僕の言葉に、ツカサくんは参ったように笑った。
「そんな訳ないだろう。分かった、その計画でいこう。」
僕は頷き、ツカサくんと拳を合わせた。
「ふふ、なんかこういうのいいね。友人っぽい。」
「ああ、悪い気はしないな。」
しばらく歩いたが、森には狼どころか、生き物の気配すら感じなかった。
(森なのに、生き物が全く見当たらないのは何故だろう…鳥くらいなら居てもいいはずなのに、)
歩きながら、更に思考を巡らせる。
(この生態系もそうだ。見たこともない花や虫が沢山いる。ここは一体…)
「おーい……」
突然、前方から声が聞こえた。
「!」
霧が立ち込めていて見えないが、遠くの方に人影が見える。
ツカサくんが姿を消したのを確認し、声のする方へゆっくり近付いてみた。
「おーい……おーい…」
声はどんどん大きくなる。
「おーい…誰かー…」
段々とシルエットがハッキリとしてきた。
「誰かー…いないの?」
声の主はどうやらこの人のようだ。
ピンク色の少しカールがかかった髪をしていて、少しそれが乱れている。
僕は少し警戒しつつも、声を掛けた。
「あの…どうかされましたか?」
声をかけると、その人は振り向いた。
パッチリとした目に、1本だけ生えているピンク色の睫毛がなんとも印象的だ。
「君…人?」
向こうもこちらを警戒しているらしい。
「えぇ、人です。貴方がそれを信じられるかは分かりませんが。」
僕がそう答えると、たちまち表情を明るくし、ニッコリ笑った。
「良かった〜!やっと人に会えた!ボク、ずっと1人だったんだ!」
嬉しそうに小さくジャンプすると、何かを思い出したようにハッとした。
「ボク、ミズキって言うんだ。君は?」
“ミズキ”と名乗ったその人の質問に答える。
「ルイです。」
「ルイか…ルイって呼んでいい?ボクの事はミズキでいいよ!敬語もいいからさ!」
「じゃあ…ミズキくんって呼ばせてもらうね。」
適度な距離感を保ちつつ、気になることを質問してみる。
「ミズキくんは、どうしてこの森に?」
僕がそう言うと、ミズキくんは少し頭を抱えた。
「あー…えっと、実はボクも分からないんだ。気付いた時からこの森で1人だったから…」
少し俯き、何かを思い出しているようだ。
「そうかい…なら、その間ここで何をしていたかは分かるかい?」
「ずっとこうして人を探してたよ。…1人は嫌だから。」
そう答えるミズキくんはどこか淋しげで、虚ろだった。
しかしすぐに表情を変え、真っ直ぐとこちらを見た。
「でも、ルイに会えて良かった。ありがとう。」
その言葉に少し照れくさくなる。
「ねぇ、ルイ。初対面でこんな事言うのはおかしいって分かってるんだけどさ…」
「ボクと一緒に、この森で生きてくれない?」
森が静寂に包まれる。
僕は今にも飛び出してきてしまいそうなツカサくんを抑えながら、平静を維持した。
「それは…どういう事かな?」
そう質問すると、ミズキくんは少し困ったように笑った。
「実は、ボクはこの森から出られないんだよね。いつも何か、見えない壁があるみたいな…」
この森からは出られない…?
どういう事だろうか。
「…申し訳ないけれど、僕にもやる事があるんだ。君とこの森で生きるのは厳しい。」
とりあえず、ハッキリと自分の意思を伝えた。
これで逆上されても、ツカサくんがいるから安心だ。
「そ…っか、そうだよね。ごめんね、急に。」
ミズキくんは悲しそうに、どこか悟ったように目を伏せた。
その様子を見て、ほんの少し胸が痛む。
(事情はよく分からないけど、どうにかしてあげられないかな…)
この森には人喰い狼がいるらしいし、1人でずっとこの森にいるのは危険だろう。
「ねぇ、ミズキくん。この森で一緒に生きることは難しいけど…良かったら、一緒にここから出られる方法を探さない?」
僕がそう提案し手を差し伸べると、ミズキくんは伏せていた目を上げ、驚いたようにこちらを見た。
「本、当に…?一緒に、探してくれるの…?」
やや困惑したような、少しの希望を含んだような瞳で見つめられる。
「ああ。僕が力になれるかは分からないけど…一緒に探そう。」
僕がそう言うと、ミズキくんは目に涙を溜めて、僕の手をとった。
「…うん!ありがとう!」
屈託のないその笑顔に、つられて僕も微笑んだ。
「ボクは、昔の事はあんまり覚えてないんだけど…少なくとも、この森の外にいたんだ。それが、ある日を境にここに閉じ込められちゃって…記憶が曖昧なんだよね。」
森を散策しながら、ミズキくんから自分のことを話してもらった。
「そうかい…一旦、森の外の近くまで行ってみようか。それで、壁がどんな感じなのか教えて欲しい。」
「うん、分かった。」
ミズキくんからは、悪魔の気配は全くしなかった。
(初めは怪しかったし、ちょっと疑ったけど…この気配は、人間だ。)
僕は横目でミズキくんを一瞥した。
(ここから出られない…というのは、結界か呪いの可能性が高い。でも、何故…?)
思考を巡らせていて足元をしっかり見ておらず、木の根につまづいてしまった。
「うわっ?!」
咄嗟に受身を取ろうとした時、何かに支えられた。
「ルイっ!大丈夫?」
ミズキくんの声が聞こえ、ギュッと閉じた瞳を開く。
どうやら支えてくれたのはミズキくんだったようだ。
「だ、大丈夫だよ。ありがとう、ミズキくん。」
僕は少し恥ずかしさを感じつつ、ミズキくんにお礼を伝えた。
僕の様子を確認し、ミズキくんは安心したように胸を撫で下ろす。
(ミズキくんって、力持ちなんだな。僕より小さくて華奢に見えるのに…僕を支えても、ビクともしないなんて。)
僕がつまづいた時、ミズキくんは咄嗟に片手で僕を支えてくれた。
その時一緒になってよろけるどころか、彼女はビクともせず、僕のことを受け止めてくれたのだ。
(すごいなぁ。僕、ちょっと情けなくて恥ずかしいかも…)
そんな事を思い、顔が熱くなった。
しばらく歩いたが、森の外まではあとどのくらいだろうか。
もし結界や呪いの壁があるならば、僕は見えないけどツカサくんなら見えるだろう。
(それにしても、本当に霧が濃いな…)
白い霧が立ち込めて、先が全く見えない。
「ねぇ、ミズキくん…」
横にいるミズキくんに声をかけようと視線を向けた。
…が、隣には誰もいない。
「…あ、あれ?ミズキくん?」
後ろを振り返るも、辺り一面霧で何も見えない。
(ど、どこ行ったんだろう…思考に夢中で、はぐれちゃったみたい、)
額を冷たい汗が伝う。
(…探さなきゃ。)
不安な気持ちを抑えるように拳を握り、僕はツカサくんに声を掛けた。
「ツカサく_」
突如、何かと何かがぶつかるような音がした。
急いで後ろを振り返ると、そこにはツカサくん…と、ツカサくんの腕に噛み付いている狼がいた。
(人喰い狼!!)
ツカサくんは腕を噛み付かれたまま、僕に視線を向ける。
「ルイ!危ないから絶対にこっちに寄るなよ!」
「う、うん!」
ツカサくんにそう言われ、少し距離を取った。
狼はツカサくんと変わらないほどの大きさで、異様に大きい。
ふと、僕はその狼に違和感を感じた。
立っている。
その狼は、二本足で立っていた。
ツカサくんに寄りかかっているからそう見えるだけかと思ったが、明らかに自立している。
(二足歩行の、狼…?)
必死に思考を巡らせ、可能性を探す。
二足歩行、人喰い狼、ツカサくんと変わらない背丈…
もう一度狼を注意深く見てみる。
その時、僕は狼の目に1本だけ生えている、長いピンクの睫毛を見た。
何かを打ち付けたような激しい音が聞こえた。
見ると、ツカサくんが狼を押し倒したらしい。
「グルルルル…っ」
狼が苦しそうに呻き声を上げている。
狼に噛まれたはずのツカサくんの腕は再生しており、どうやら今からトドメを刺すようだ。
僕はその様子を見て、咄嗟に飛び出して行った。
「ツカサくんっ!!待って!」
「?!」
僕が近付いてきてビックリしたのか、ツカサくんは驚いたように手を止めた。
その隙を見逃さず、狼はツカサくんを蹴り飛ばして起き上がる。
「っ!」
狼の力は相当なものだったようで、気を抜いたツカサくんは霧の中へと勢いよく飛んでいってしまった。
ドンッ!
と、遠くの方で何かにぶつかる音が聞こえた。
恐らく、ツカサくんが何かにぶつかったんだろう。
(あ…僕のせいで、僕が邪魔したから、声をかけたから、ツカサくんが…)
嫌な汗が額を伝って頬まで垂れてくる。
その時、大きな狼と目が合った。
「グルルルル……ガウッ!!」
狼はこちらを見るなり勢いよく襲いかかってきた。
僕は咄嗟にカバンの中から硬い木の棒を取り出し、狼の口に噛ませる。
襲いかかられた勢いに耐えられず、そのまま後ろに倒れ込んだ。
「グルルルル…っ」
狼が眼前まで迫っている。
僕は必死に木の棒を押して抵抗するが、狼の圧倒的な力に、今の距離を保つのがやっとだった。
それでも、狼はグググ…と、段々距離を詰めてくる。
「…っ!」
いくら硬いとはいえ、木の棒もミシミシと音を立て始めていた。
(あとどのくらい…いや、もうほとんど時間が無い。この木の棒が壊れたら終わりだ。)
もう一度狼の目をよく見てみる。
やはり、長いピンク色をした睫毛が1本ずつ生えていた。
「う”…っ」
嫌な音を立てて、木の棒に亀裂が入り始めた。
狼は変わらず、体重をこちらにかけて眼前に迫ってくる。
更に亀裂が入った時、一か八か叫んでみた。
「ミズキくんっ!!」
一瞬、狼の力が緩んだような気がした。
この機を逃すまいと、僕は更に声をかける。
「ミズキくん!!聞こえるかい?僕だよ、ルイだよ!」
狼は目を見開き、そのまま静止している。
木の棒はあと少しで完全に壊れてしまいそうだ。
「ミズキくん…っ!」
訴えかけるように叫ぶと、狼は噛む力を更に緩めた。
「ヴ…ヴゥ”…っ」
狼は苦しそうに呻き声を上げている。
(やっぱり…この、狼は…)
ポタリ、と、頬に何か冷たいものが落ちてきた。
見ると、狼は目に大きな雫を溜めている。
その狼は泣いていた。
「…ミズ_」
声をかけようとした時、また狼の力が強まった。
「っ!」
咄嗟に僕も力を入れ、何とか抵抗する。
「グルルルル……ッ」
狼はまた唸り声を上げ、眼前に迫っていた。
木の棒が悲鳴を上げている。
(マズイ!壊れる…!)
大きな音を立て、木の棒は粉々に砕け散った。
必死に思考を巡らせるも、ここから状況を打破する方法は、思い付かない。
勢いよく向かってくる狼に、恐怖で固く目を瞑った。
(……?)
痛くない…というか、何も起きてない?
固く瞑った目を開いた。
「!」
狼は何かに拘束されていて、身動きが取れないようだ。
唸りながら体を強ばらせている。
「ツカサくん!」
狼を拘束しているのは、ツカサくんの魔術だった。
狼の拘束を確認し、ツカサくんはこちらに振り向いた。
「ルイ!!すまん、怪我は無いか?!あぁ、背中を打ち付けたのか、可哀想に…木の破片は刺さってないか?目に入ってないか?折角の綺麗な顔が…」
ツカサくんは壊れ物に触るように、優しく僕の顔や体を確認している。
「大丈夫だよ。それより、本当にごめん…。僕が余計なことしたせいで、ツカサくんが…」
ツカサくんが狼に蹴り飛ばされた時のことを思い出し、思わず熱いものが込み上げてきた。
そんな僕の頭を、ツカサくんは優しく撫でる。
「いいや、あれはオレが油断したのが悪い。大丈夫、ルイは何も悪くないぞ。」
よしよし、と小さな子供をあやす様に背中をさすられた。
「うん…本当にごめんね。」
優しい言葉を胸にしまいながら、僕は狼の方に視線を向けた。
狼は呻き声を上げて、苦しそうにしている。
僕は狼に近付いて、声をかけた。
「…ミズキくん。」
狼は変わらず呻き声を上げている。
「……」
苦しそうな狼の様子に胸が傷んだ。
後ろからツカサくんがポツリと呟く。
「…狼男か。」
狼男…ヨーロッパに伝わる怪物だ。
一般に昼は人間、夜は狼に変身し、人や家畜を襲う…という話をよく聞く。
しかし、視界は悪いが、今は夜では無い。
僕は、ミズキくんがどんな条件で変身するのかが分からなかった。
「ミズキくん、どうやったら人間に戻るんだろう…」
僕が呟くと、ツカサくんは腕を組んでしばらく考える仕草を見せた。
「コイツがルイから姿を消した時、足元にはアレが咲いていたな。」
ツカサくんの指す「アレ」に目を向ける。
そこには白くて綺麗な丸い綿毛が咲いていた。
「わぁ…何の花だろう?すごく綺麗な球体だね。」
僕は調香師として、植物には精通しているつもりだったけど、この植物は初めて見る。
「さぁ…?オレは植物には詳しくなくてな。微かに魔力は感じるが、」
魔力を感じる…ということは、ただの植物では無さそうだ。
「ミズキくんが狼になる条件に、あの綿毛が関係しているかもしれない、って事かい?」
「あぁ、確証は無いがな。しかし、他に条件らしいものもなかったし、消去法だ。」
「なるほど…」
古い記憶を手繰り寄せる。
狼男になる条件は個体差があり、他にもあったはずだ。
(何だったかな……えっと…あ、満月や新月とか、月関係の条件もあったな。となると、共通点は…)
僕は地面に咲いている白い綿毛を見つめた。
「…………球体?」
ポツリと呟くと、ツカサくんが感心したように頷いた。
「あぁ、なるほど。その可能性はあるな。」
“球体が視界に入ること”が、狼になる条件なのだろうか。
となると、人間になる条件はなんだろう?
人喰い狼の正体がミズキくんなのだとして、出会った時のミズキくんは人間だったから、人間に戻る条件もこの森にあるはずだ。
球体を視界から外すこと?
いいや、それなら既に満たしているはずだ。
ならば時間?
一定時間経てば人間になるのだろうか?
依頼内容は「人喰い狼を退治してほしい」だった。
このまま、ミズキくんを殺してしまえば依頼は完了。本来の目的は果たせる。
(けれど……僕は、もう一度ミズキくんと話がしたい。)
この森を出る方法を一緒に探すって、約束したから。
そのためには、なんとしてでも人間になる条件を見付けなければ。
僕はもう一度、狼に近付いた。
狼は先程とは違い、疲れたのか大人しくなっている。
僕がミズキくんに声をかけようとするより先に、ツカサくんに話しかけられた。
「そんな約束、守る義理も無いと思うが。」
僕はすぐ首を振る。
「大切な約束だよ。僕がなんとかしてあげたいんだ。」
そう言うと、ツカサくんは少し困ったような顔をした。
「しかし…依頼内容は『人喰い狼を退治する』事だった。この場でそれを始末すれば、依頼は完了なんだぞ。」
ツカサくんの言うことは尤もだ。
だけど、僕は人間。
人間には、正否よりも大切なことがある。
だけど、そういうのも…きっと、悪魔には分からない感覚なのかな。
「…ツカサくんの言うことは正しいと思う。けど、僕は…人間だから。いつも正しい方って、選べないんだ。それよりも大切な方を優先しちゃうから。」
僕が下手くそに笑うと、ツカサくんはしばし何か迷ったように口を閉じていたが、やがて覚悟したように口を開いた。
「…人間の…血液を体内に取り込めば、ソイツは人間に戻るだろう。」
僕は驚いてツカサくんの方を見た。
ツカサくんは嫌そうな顔をしている。
「ツカサくん…知ってたのかい?」
僕の問いかけに、彼はコクリと頷いた。
「まぁな。だが…言いたくなかった。」
その理由は少し考えればすぐに分かる。
血液を体内に…という事は、少なくとも体を傷付けなければならない。
彼はそれが嫌だったのだろう。
「そっか…教えてくれてありがとう、ツカサくん。」
ツカサくんにお礼を伝え、僕はおもむろに鞄からナイフを取り出した。
ナイフの刃部分を腕に当て、グッと力を込めた時…
「っ、ルイ!」
いきなりツカサくんに腕を掴まれ、思わずナイフを地面に落としてしまった。
「ち、ちょっとツカサくん…」
僕がそう言いかけると、ツカサくんは腕を離し、後ろから抱き着くように体勢を変えた。
「…すまない、ルイ。お前が傷付くのは嫌だ…」
僕を包む腕の力が、少し強くなる。
「…ごめん、ツカサくん。僕はどうしても、もう一度ミズキくんと話がしたいんだ。」
後ろにいるツカサくんの表情は見えないが、僕は何となく後ろにいるツカサくんの頭を撫でた。
「少しだけ許して欲しい。大丈夫、少しの傷ならすぐ塞がるから。」
しばらくの沈黙のあと、ツカサくんが僕から離れた。
「…分かった。すごく嫌だが、ルイの気持ちを優先したい。」
ツカサくんは複雑そうな顔をして言った。
「ふふっ、あぁ。ありがとう。」
珍しい表情のツカサくんが少し面白くて、思わず笑みが溢れる。
僕はまたナイフを拾い上げた。
狼は大人しく、じっとどこかを見ている。
腕に刃を当て、グッと力を込めた。
(…痛っ、)
ツンとした痛みに思わず目を瞑る。
腕を見ると、鮮烈な赤色の雫が伝っていた。
「ツカサくん、ちょっと彼の口を押さえててもらってもいいかな?」
「…あぁ、分かった。」
ツカサくんが狼の口を押さえてくれている間に、素早く口の中に赤色を垂らす。
途端、狼の目が大きく見開き、苦しみ出した。
「グッ…ヴ、オ”ォ”…っ」
苦しそうな様子に驚き、僕は少し不安になったが、ツカサくんに「大丈夫だ」と言われ、それを信じることにした。
五分ほど経っただろうか。
未だに苦しんでいる様子の狼に、また不安を感じ始めた頃だ。
狼の姿がみるみる内に音もなく縮み、あっという間に華奢な人の姿に変化した。
「ミズキくん!!」
思わず急いで駆け寄る。
僕の声に反応したのか、ミズキくんの目がピクッと動いた。
「…うぅ”…ん…?」
長いピンクの睫毛が揺れ、ミズキくんが目を開いた。
「あれ…ルイ…?」
その言葉が嬉しくて、思わずミズキくんに抱き着く。
「ミズキくんっ!良かった、良かった…!」
僕の様子に、ミズキくんは混乱している。
「えっと…ルイ?どうしたの?」
僕が説明しようとするより先に、ツカサくんにグイッと抱き寄せられた。
「ルイに感謝するんだな、狼男。」
「ちょ、ツカサくん…!」
ツカサくんの言葉に、ミズキくんはポカンと口を開けている。
「狼…男?」
「つまり…」
「ルイは人喰い狼を退治するためにここに来て…その狼の正体が、ボク…って事だよね?」
ミズキくんは信じられないような、困惑した様子で問うてきた。
「あぁ…概ねそんなところかな。」
僕は未だに信じたくない、という顔をしたミズキくんの様子に、少し胸が傷んだ。
「なんで…人を、襲ったりなんか…」
ミズキくんは責めるような、自問自答のように呟いた。
「まぁ、本能だろうな。」
ミズキくんの呟きに、ツカサくんが答えた。
「人間の血を体内に取り込めば、人間に戻れる。人間に戻るために、本能的に人間を襲っていたんだろう。」
「そっ…か、」
ミズキくんは辛そうに下を向いた。
「ボクが…1人なのは、そういう事だったんだ…」
「ルイにも…怖い思いさせちゃったよね。本当に、ごめん。」
ミズキくんの声は、今にも泣き出してしまいそうに震えていた。
よく見ると、体も小刻みに震えている。
「…気にしないで、ミズキくん。こうしてもう一度話せて、嬉しいよ。」
「ルイ…」
ミズキくんは下を向いて、何かを堪えながら口を開いた。
「ボク…本当は、1人は…嫌で、」
「うん。」
「ルイが…”一緒に探す”って言ってくれた時、本当に、本当に嬉しくて…」
「…うん。」
「だから…っ、本当に…ごめん…っ!もし、ルイまで、こ、殺しちゃってたら…ボク…」
「うん。…大丈夫、僕は無傷だよ。」
「こんな…ボクでも、ルイは…まだ、一緒に探してくれるの…?」
「もちろん。約束したからね。」
僕がそう言い放つと、ミズキくんは堰を切ったように泣き出した。
きっと今までずっと抑えてきたんだろう。
一人ぼっちで、誰に助けを求めることも出来ずに、ずっと何かを抱えたまま…
(ミズキくんは…少しだけど、どこか僕と似ているような気がする。)
僕が嗚咽しているミズキくんの背中を摩っていると、ツカサくんが口を開いた。
「あの白い綿毛、人間界には存在しないものだ。というか、人間界にあんな完全な球体の植物など生えん。作り出されたものならば、話は別だが。」
突然なんだろう。
ツカサくんが何かを伝えたいのは分かる。
「……ミズキくんをわざとこの森に閉じ込めて、森中に球体を散りばめて狼にさせ、人を襲わせるように仕向けていた黒幕がいる、ってこと?」
少し考えて、僕なりの解釈を伝えた。
「流石ルイ。その通りだ。」
「え、ウソでしょ?!今ので分かったの!?」
満足気に頷くツカサくんとは対照的に、ミズキくんは驚いたように声を上げた。
「な、何となくだけど…僕も、そんな気はしてたから。」
来た時から、この森に違和感は感じていた。
生態系や雰囲気など…自然ではなく、どちらかと言うと作り出された人工物のように感じた。
「ツカサくん…その黒幕に心当たりってある?」
僕が問うと、ツカサくんはニヤッと笑った。
「ルイの思っている通りだろうさ。」
その言葉を聞いて、僕はすぐ立ち上がった。
そして、ミズキくんの手を引く。
「行こう、ミズキくん。ここから出るために。」
ミズキくんはイマイチ状況が飲み込めていなさそうだったが、力強く頷いた。
「……さて、」
俺は大きく1つ伸びをして、後ろの悪魔に声をかけた。
「やるぞ、トウヤ。仕事だ。」
「ああ。」
ルイさんが狼退治に出向いてくれたお陰で、俺は”こっち”に専念できる。
(ま、俺の本業はこっちだからな。ルイさんがいてくれて助かった。)
俺は階段から降りると、すぐに明るい声が聞こえてきた。
「あらぁ、おはようございます!さっきルイさんが狼退治に出かけて下さったんです!アキトさんは行かれないんですか?」
声の主はシズクさんだった。
俺は問いかけに対して適当に答える。
「おはようございます。実は少し寝坊してしまって。ルイさんが先に行ってくれたんです。」
俺の言葉を聞いて、シズクさんはクスッと笑った。
「ふふ、そうなんですね。あの…良ければ、朝食はいかがですか?ルイさんは勧める前に出て行かれてしまって…」
少ししょんぼりとした様子を見て、思わず口をついた。
「いいんですか?ぜひ戴きたいです。」
俺がそう言うと、シズクさんはパッと嬉しそうに顔を明るくした。
「本当ですか?すぐに用意しますね!」
シズクさんはウキウキと奥の方へ消えていった。
「…お人好しめ。」
「うるせー出てくんな」
しばらくして、シズクさんが朝食を運んで来てくれた。
手作り感のある、温かそうな料理だ。
シズクさんが嬉しそうに手を合わせた。
「ふふ、誰かと朝ご飯を食べるなんて、久しぶりだわ。ありがとうございます、アキトさん!」
嬉々としたその言葉に、少し照れくさくなる。
「いえ、こちらこそ。わざわざありがとうございます。」
俺は手を合わせていつもの言葉を済ませ、フォークを手に取った。
(匂いは正常。魔力の気配もしない。…ま、多分大丈夫だろ。)
1番近くにあった何かの肉にフォークを突き刺し、口の中に運ぶ。
「……美味っ」
あまりの美味しさに思わず声が洩れた。
「本当ですか?良かったです!ふふ、たくさん食べて下さいね。」
シズクさんも嬉しそうにニコニコしている。
(フツーに美味いけど…のんびり飯食ってる場合じゃねぇんだよな。そろそろ探り入れねーと。)
俺はさりげなく話を振ることにした。
「シズクさんって、なんでこの森に1人で住んでるんですか?」
様子を窺いながら尋ねる。
「う〜ん…住み心地かしらねぇ。結構気に入ってるんです、この森。ふふ、何もない森なんですけどね。」
シズクさんは片手を頬に当てて微笑んだ。
「へぇ、そうなんですね。あ、昨日の…アイリさんって、この森近くの村に住んでる人ですか?」
アイリさんの名前を出すと、シズクさんの表情がパッと明るくなった。
「えぇ!そうなんです!ふふ、いつも夕方くらいになると、私の所まで食料や飲み物を運んでくれるの。とっても優しくて、可愛い人なんですよ。」
シズクさんは、アイリさんのことを気に入ってるのだろうか。
アイリさんのことを語る時の表情は、とても人間らしいものだった。
「…シズクさんは、なんで俺に依頼してきたんですか?」
少し踏み込んだ質問をしてみた。
「え?あぁ、それは間違えちゃって…」
予想通りの答えに、すかさず口を挟む。
「わざとですよね。目的は知りませんけど。」
チラッとシズクさんの表情を窺ってみた。
「…」
シズクさんは焦るでも、怒るでも、否定するでもなく、ただ不敵に微笑んでいた。
その表情に寒気立つ。
だけど、この程度で怯むわけにはいかない。
「…目的はなんですか?」
更に問いただすと、シズクさんはさっきと変わらない表情で笑った。
「ふふっ、エク…なんとかさんって、生業にしてるだけありますね。対面した時からずっと気付いていたんでしょう?」
どうやら隠す気は無いようだ。
シズクさんはティーカップを手に取り、口まで運んだ。
その様子はやけに落ち着いている。
ティーカップを口から離し、テーブルに置いた時…
と、大きく音を立てて、部屋中が黒いもので覆われた。
その黒いものの正体は翼だった。
(やっと現しやがったか)
俺はシズクさん…いいや、藍白色の悪魔を凝視した。
「ふふっ、変わった悪魔祓いさんね。悪魔を連れているだなんて。」
藍白色の悪魔はクスッと微笑んでいる。
「あぁ、前代未聞だろうな。」
俺がフッと笑うと、後ろから青い悪魔が姿を現した。
「…アキト。その悪魔、中々に上級だぞ。俺と同じ魔界出身だ。」
青い悪魔が耳打ちする。
「だろうな。気配も濃いし…相当な量の人も喰ってる。」
俺は藍白色の悪魔に向き直った。
「悪魔。今まで何人喰った?」
藍白色の悪魔は考える仕草をした。
「えっと…ひぃふぅみぃ…うぅん、ざっと数万人ってとこかしら?あまり覚えてないわ。」
あの気配的には、そのくらいだろう。嘘はついてないらしい。
「アイリちゃんにバレるわけにはいかないの。だから…貴方たちがいると、困るわ。」
悪魔の殺気に、思わず身震いする。
(…これを祓うのは骨が折れそうだな。)
家が壊れそうなほどの衝突音が聞こえる。
頭上では青い悪魔と藍白色の悪魔が魔術戦を繰り広げていた。
(これは互角…ってとこか?サクラ色の悪魔と対峙した時より、激しい戦いだな。)
俺は一瞬の隙も見逃さないように、必死に目で戦いを追う。
(ルイさんのこの香水…チャンスは1回だ。慎重に見極めねぇと。)
「ん?!」
俺の方に、青い悪魔が飛んできた。
反射的に受け止めるが、勢いに負けて背中を壁に打ち付けた。
「痛”って!?」
背中に痛みを感じ、思わず声を洩らす。
「避ければ良かったものを…受け止めるとは、馬鹿か?」
青い悪魔が吐き捨てるようにこちらを睨んだ。
「あ?庇ってやったのにそれは無いだろ」
俺が言い返すと、青い悪魔は煩わしそうに少し声を荒らげた。
「だから、それが馬鹿だと言っている。俺は再生するからいいが、人の体は脆いだろうが。」
青い悪魔は苛立った様子ですぐ立ち上がった。
藍白色の悪魔がクスッと笑っている。
「ふふ、仲が良いのね。」
青い悪魔は嫌そうに吐き捨てた。
「どこがだ。目が腐っているのか?」
また頭上で悪魔達が魔術戦を繰り広げ始めた。
(さっき、トウヤが飛ばされてきた…ってことは、もしかしてちょっと押されてんのか?)
悪魔達の魔術で、家がミシミシと悲鳴を上げている。
(ってか、これそろそろ壊れるんじゃね…?)
音のした方を見ると、柱に大きな亀裂が入っていた。
(ヤバ、これマジで壊れるやつ…?!)
大量の木が悲鳴をあげながら眼前に迫ってきた。
反射的に固く目を瞑る。
何か大きなもの同士が衝突したらしく、激しい音が鳴り響いた。
(痛…くない?)
目を開けると、眼前には青い悪魔の顔があった。
「うわっ、近?!」
驚いて顔を離すと、自分が青い悪魔に抱き抱えられているのが分かった。
「…あー、守ってくれたのか?珍しい守り方じゃねーか。どうした?」
庇うように翼まで出して、俺を覆っている悪魔に問いかける。
「…別に。さっきの借りを返したまでだ。」
トウヤはぶっきらぼうに言い放った。
「さっき…あぁ、受け止めた時の事か?案外律儀だな。」
そう言うと、青い悪魔は少しバツが悪そうに俺から離れた。
「それにしても、あの悪魔かなり手強いのか?」
俺が問いかけると、トウヤは小さく頷いた。
「あぁ。力自体は俺と大差無いが…相性が絶望的に悪い。」
珍しく青い悪魔が少しの焦りを見せたような気がした。
まぁ、焦りと言えるほどのものでも無いと思うが。
「じゃ、早いとこ終わらせないとな。」
俺はポケットに手を入れ、中にある香水に触れた。
投げるにもある程度近付かなきゃいけないし、それなりに隙がいる。
トウヤはまた飛び立ち、藍白色の悪魔に向かって行った。
「ふふ、やっぱり仲良しなのね。羨ましいわ。」
藍白色の悪魔が少し妬ましそうな視線を向けてきた。
「どこがだ。」
煩わしくてため息を吐く。
俺は本当に、アキトのような人間は嫌いだ。
というか、悪魔はみんなああいう人間が嫌いだろう。
「ふふっ、あの子…少しアイリちゃんに似てるわ。いい子よね。」
藍白色の悪魔は下にいるアキトに視線を向けた。
「そのアイリとかいう人間は、獲物か?」
と、顔目掛けて鋭い魔術が飛んできた。
顔を少し右に傾け、最小限の動きでそれを躱す。
「馬鹿言わないで頂戴。あの子はお友達なの。絶対に食べたりはしないわ。」
藍白色の悪魔の、鋭い眼光が刺さる。
「…ふん、馬鹿はどちらだ。人間なんかが友達?吐き気がする。」
俺は思いっきり顔を顰めた。
「アイリちゃんは…初めてのお友達なの。初めて、一緒に居たいって思えたのよ。」
どこかで聞いたような言葉に、更に不快感が増す。
「…不愉快だ。」
一進一退の魔術の攻防戦。
魔力量に大きな差はないが、ほんの少し俺の方が押されているのは…
「何を企んでいるの?さっきからコソコソと、何を窺っているのかしら。」
藍白色の悪魔が魔術を操りながら問いかけてきた。
「さぁな。いずれ分かるだろう。」
襲いかかる魔術を躱しながら、思考を巡らせる。
(中々隙を作らない…流石、上級悪魔といった所か。このままでは埒が明かないな。)
向こうも俺のことは同格だと思っているだろう。
同格の相手とは、先に隙を見せた方が負ける。だから中々隙を作らない。
それが、悪魔の中の共通認識だ。
(幸い、この悪魔は随分と長く生きているらしい。きっとこの認識は固定観念となっている事だろう。)
先に仕掛けてきたのは藍白色の悪魔だった。
大量の魔術が上から降り注いでくる。
「…っ!」
俺は全てを捌ききらず、1部をそのまま受けた。
「ぐ……っ」
1部とはいえ、絶大な魔術をそのまま受けた衝撃で、体を地面に激しく打ち付けた。
藍白色の悪魔はすぐ俺の前に降り立った。
勝ちを確信したような表情だ。当然か。
今の俺の状態じゃ、もうほとんど飛ぶことも出来ない。
(1部だけでも、まともに受ければこの威力…か。)
俺はフッと笑みを零した。
藍白色の悪魔の目には、隙を突かれて攻撃を食らい、自暴自棄になって諦めて笑ったように見えただろう。
「…ごめんなさいね。」
トドメの魔術を発動させる前に、藍白色の悪魔に一瞬の油断から隙が生まれた。
ガラスが割れる音がしてすぐ、藍白色の悪魔の呻き声が聞こえてきた。
「う”っ…!?」
藍白色の悪魔はガクッと地面に膝をついている。
「ゴホッ、ゴホッ…な、何…?」
訳が分からないというように、ボタボタと血を垂れ流している。
「油断、したな。」
俺は近くにあった木を支えに立ち上がった。
正直立つのもやっとの状態だ。
「何をしたの…?新手の呪い?」
藍白色の悪魔の問いかけには答えなかった。
いいや、呼吸が困難になってきたため、答えられなかったが正しい。
すぐにアキトが駆け寄ってくるのが見えた。
「トウヤ!!お前、大丈夫か?!」
その声を聞いて、何故か一気に疲労感が押し寄せ、また地面に膝をついてしまった。
「トウヤ!!おい!大丈夫か?!」
騒がしく呼びかけてくる声が煩わしい。
「…うるさいぞ、アキト。喚くな。」
本当に、悪魔を心配する悪魔祓いなんて聞いた事がない。
(…本当に、馬鹿だ。)
藍白色の悪魔からの攻撃をまともに受け、トウヤの体はボロボロだった。
呼吸も浅くて苦しそうだ。
こんなトウヤを見るのは、ルイさんの香水を振りかけた時以来だった。
「お前、なんでわざと受けたりなんか…」
目的は分からなかったが、トウヤが攻撃の1部をあえて受けたのは分かった。
トウヤは浅く息をしながら、フッと笑みを零して言った。
「”先に隙を見せた方が負ける”…それが悪魔の共通認識だ。そして、勝ちを確信した悪魔には、少しの油断から隙が生まれる。…だから、あえて先に隙を見せた。」
(ん?それって…)
トウヤは捨て身で隙を作った。
しかし、俺がその隙を活かさなければ、トウヤの捨て身は無駄になる。
ということは…俺ならその隙を見逃さずにトドメを刺すと、信用してくれたって事か?
自分が青い悪魔に認められているような気がして、少し嬉しくなった。
「…どこまでポジティブなんだ、お前は。」
青い悪魔が呆れたようにため息を吐いた。
「ははっ、否定はしないんだな。」
俺が笑うと、悪魔は分かりやすく露骨に嫌な顔を作った。
トウヤを休ませ、俺は藍白色の悪魔に向き直った。
悪魔は、苦しそうに大量の血を流している。
「…シズクさん。」
俺が近付くと、藍白色の悪魔はニコッと微笑んだ。
「なぁに?」
その言葉と表情に計り知れない恐怖を感じて、思わず1歩後退る。
息を飲んで、覚悟を決めた時…
「アキトくんっ!!」
後ろからルイさんの声が聞こえてきて、思わず振り返った。
「え、る、ルイさん?!」
思ったよりも早い帰りだ…と思ったら、ルイさんの隣に知らない人がいるのに気づいた。
「えっと、その人は…?」
俺が問うと、その人が答えた。
「ミズキだよ。えっと、君がアキトくんだよね。」
ミズキと名乗った人物は、少しカールのかかったピンク髪に、長い1本のピンク色の睫毛が特徴的だった。
「この、ミズキくんが…今回の依頼の狼なんだ。」
「え??」
思わず素っ頓狂な声が出た。
「…あー、なるほど。狼男ですか、、」
ルイさんから事情を説明され、状況を理解した。
「ん?じゃあ、その黒幕…って?」
ルイさんの言う、”ミズキさんが人を襲うように仕向けた黒幕”というのが気になった。
「あぁ、それなんだけど…」
ルイさんが藍白色の悪魔の方を向いた。
「貴方ですよね、シズクさん。」
藍白色の悪魔は、さっきと表情を変えることなく微笑んでいる。
「ふふ、どうしてそう思ったのかしら。」
ルイさんは怯むことなく自分の意見を告げた。
「この森は誰かに魔術で作られたものだった。それが出来るのは、悪魔である貴方くらいしかいないでしょう?」
藍白色の悪魔は笑みを浮かべている。
「えぇ、そうね。その通りだわ。」
「…なん、で?」
ミズキさんが小さく呟いた。
「なんで…ボクを閉じ込めて、人を襲わせたの…?」
その声は震えていて、何かを抑えているようだった。
全員が藍白色の悪魔の反応を待つ。
悪魔は表情を変えずに答えた。
「なんでって、貴方が望んだからじゃない。」
予想外の返答に、全員が困惑しただろう。
「望んだ…って、どういうこと?!そもそも、ボクらは会ったことも無いし、ボク、そんなこと望んでなんかない…!」
ミズキさんが声を荒らげた。
藍白色の悪魔は動じることなく、静かに微笑んでいる。
「いいえ、たしかに望んだわ。私はそれを叶えただけよ。」
藍白色の悪魔は、静かに語り出した。
あれは2年くらい前だったかしら。
満月の夜に山を歩いていると、狼に話しかけられたの。
「人間に戻りたい」
狼はそう言って泣いていたわ。
可哀想に、戻り方が分からないみたいだった。
「なんでもするから、人間に戻して欲しい」
そう言って泣くものだから、気の毒に思って望みを叶えてあげることにしたの。
私は狼のために、森を創った。
そして、狼に教えてあげたの。
「人間の血を飲めば、貴方は人間に戻れるわ。この近くにある村の人間がここを通るから、その人たちの血を体内に取り込みなさい。」
すると、狼は少し抵抗した。
人間を襲うというのが嫌だったみたい。
だけど契約は契約。私は狼から、邪魔になる理性を預かった。
理性を失った狼は、本能的に人間を襲うようになったわ。
ただ、理性が無いから人間に戻った後、狼だった時の記憶を失ってしまうみたいだった。
その内、狼は自分が狼男だということも忘れ、目的も忘れてしまったままこの森を彷徨うようになった_
藍白色の悪魔が話終わると、ミズキさんは地面に膝をついて座り込んだ。
「ボク…悪魔と、契約しちゃってたんだ…」
消え入りそうな声で呟いた。
やはり、悪魔と契約するとロクなことが無い。
ミズキさんは人間に戻る方法が知りたかった。
それを悪魔が契約と捉え、その方法を教えて環境を整えた。
しかし、理性を奪われたミズキさんは全てを忘れてしまい、ずっと孤独に森を彷徨うことになってしまった。
(これだから…悪魔なんかとは、関わるべきじゃないんだ。)
俺は藍白色の悪魔を見た。
悪魔はずっと変わらずに微笑んでいる。
その様子を不気味に思いつつ、俺はそろそろトドメを刺そうと悪魔に近付いた。
「シズク?」
後ろから、聞いた事のある声が聞こえてきて動きを止めた。
「アイ…リちゃん…?」
ずっと表情を変えなかった藍白色の悪魔が、やっと表情を変えた。
「何…してるの?血だらけじゃない!」
アイリさんが悪魔に駆け寄り、ポケットから布を取り出して、血が出ている部分を止血し始めた。
「大丈夫よ!すぐ、薬を持ってくるから…!あ、お医者さんも呼んでくるわ!」
藍白色の悪魔の背中から生えた翼を見ると、人間でないのは一目瞭然だ。
それなのにも関わらず、アイリさんは必死に藍白色の悪魔を救命しようとしている。
「アイリちゃん…」
悪魔は悲しそうに呟いた。
「大丈夫よ、シズク!私がなんとかするから…!だから…」
俺は見ていられなくて、思わず口を挟んだ。
「アイリさん。シズクさんは人間じゃ…」
アイリさんは目に涙を浮かべながら叫んだ。
「そんなの分かってるわよっ!」
大粒の涙を流しながら、救命の手を止めようとしない。
「シズクが人間じゃ無いことなんて…ずっと分かってたわ!」
アイリさんの言葉に、藍白色の悪魔が問いかける。
「なら…どうして?」
悪魔の問いかけに、アイリさんは力強く答えた。
「そんなの、友達だからに決まってるでしょ!」
シズクさんの表情が変わったのが、目に見えて分かった。
「でも…私は、悪魔だわ。悪魔のお友達なんて…アイリちゃんも、嫌でしょう?」
シズクさんは俯いて、何かを堪えている。
「悪魔だから何よ。シズクはシズクじゃない。」
アイリさんがキッパリと言い切った。
シズクさんは顔を上げ、瞳を潤わせている。
「…アイリさん。シズクさんは、数万もの命を奪っているんです。」
俺は心苦しかったが、アイリさんにそう告げた。
「俺は悪魔祓いです。そんな悪魔を、祓わずに放っておくことはできません。」
藍白色の悪魔は下を向いている。
「でも…でも…」
アイリさんが泣きながら、それ以上の言葉は出てこないようだ。
「…放っておくことは出来ませんが、これから…シズクさんが償うつもりがあるのなら、祓わないということも出来ます。」
藍白色の悪魔がバッと顔を上げた。
「本当に?」
「はい。」
シズクさんは真っ直ぐこちらを見た。
「償いたいわ。アイリちゃんと一緒にいられるのなら…何の罰だって受ける。」
「…分かりました。」
森の外に出ると、刺すような晴天だった。
眩しくて思わず目を細める。
「…アキトくんってさ、やっぱり優しいよね。」
ルイさんがそんなことを言ってくれた。
俺は即座に首を振る。
「いや、最低ですよ。目の前の情に弱くて、故人が報われない選択をしてしまいました。」
藍白色の悪魔には、人を食べたら長く苦しんだ末に消滅する呪いを掛け、更に村の手伝いをすることを償いとした。
この程度じゃ、失われた数万もの命が報われないのを分かっていながら。
「うん…でも、僕は…良かったと思うけどな。」
ルイさんは澄み渡る青を目に映しながら呟いた。
しばらく歩くと、とある分かれ道に差し掛かった。
「ミズキくん…本当に行くのかい?」
ルイさんが少し寂しそうにしている。
「うん。ボクもたくさんの命を奪っちゃったからね。シズクさんから理性も返してもらったし、条件も分かった。これからは、旅をしながら償おうと思うよ。」
ミズキさんも寂しそうな表情を見せたが、すぐに晴れやかに笑った。
「本当にありがとう、ルイ。離れちゃうけど、ボクらはずっと友達だからね。」
一瞬、ルイさんは泣きそうな顔をしたが、すぐに穏やかに微笑んだ。
「…うん!こちらこそ、ありがとう。どうか、元気でね。」
ミズキさんと別れ、ルイさんは少し寂しそうに俯いた。
(…ま、別れってのは寂しいよな。)
俺は特に声を掛けないようにした。
(それにしても、ルイさんが寂しそうだってのに、ツカサが静かだな…)
俺は黄色い悪魔の顔を確認してみる。
黄色い悪魔は、見るからに不機嫌そうにしていた。
「えっ、ツカサどうした??」
思わず聞くと、ツカサは頬を膨らませてそっぽ向いた。
「ふんっ、お前には関係ない!」
「はぁ?」
俺とツカサのやり取りを聞いて、ルイさんが急いで説明した。
「さっきからずっとこの調子なんだよ…多分、僕がミズキくんとばかり喋ってたから…」
何となく理解し、呆れてため息を吐く。
「なんだ、嫉妬かよ。みっともねーな。」
俺の言葉にカチンときたのか、ツカサが声を荒らげた。
「みっともないだと?!人間にだけは言われたくないな!!」
「つ、ツカサくん…!構ってあげられなくてごめんよ。僕が悪かったから、機嫌直してくれないかい?」
ツカサはルイさんを静かに見ていたが、すぐに口を開いた。
「…別に、ルイは悪くない。…いや、やっぱりルイも少し悪い。もうオレを放ったらかしにするんじゃないぞ。」
「うん、もう絶対にしないよ。ごめんね。」
「うむ。」
(またいつものイチャイチャモードに入りやがった…)
俺は呆れながらも、少し安心した。
それと同時に、トウヤのことが心配になる。
「…トウヤ、大丈夫か?」
シズクさんとの戦闘で相当ダメージを負ったらしく、今は静かに眠っているようだ。
(…ま、悪魔だしな。寝てたら治るって言ってたし、休ませてやろう。)
俺は次の目的地へと踏み出した。