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【登場人物】
ロドリグ=ベッソン(集落の長)
レナルド=ベッソン(長男)
アドルフ=ベッソン(次男)
エリーゼ=ベッソン(レナルドの妻)
アリアーヌ=ベッソン(レナルドとエリーゼの子)
アダム=アルファン
パトリシア=アルファン(アダムの妻)
ベルトラン=アルファン(アダムとパトリシアの子・長男)
リュカ=アルファン(アダムとパトリシアの子・次男)
ウィリアム=ジスカール
アネット=ジスカール(ウィリアムの妻)
ヘレナ=ジスカール(ウィリアムとアネットの子・長女)
マリアンナ=ジスカール(ウィリアムとアネットの子・次女)
ジル=グローデル
ジュリー=グローデル(ジルの妻)
フルール=グローデル(ジルとジュリーの子・長女)
ジャン=グローデル(ジルとジュリーの子・長男)
アルベール=ロワイエ
ジョルジュ=ロワイエ(アルベールの子・双子の兄)
ジョスティーヌ=ロワイエ(アルベールの子・双子の妹)
ボッブ=ラグランジュ(独身)
【一日目】
フルール=グローデルは、日の出と共に目が覚めた。音を立てないようにベッドから降りると、そっと部屋を出で居間に向かった。
「おはよう、ちゃんと一人で起きれたのね」
台所に立っていた母親のジュリーが言うと、フルールはどこか自慢げに「もう子供じゃないもの」と言って見せた。そして、顔を洗うと髪を結い上げて母親の手伝いをする。
「おぉ、今年はちゃんと起きれたんだな」
家の外から父親のジルが鎌を片手に帰って来た。
「うん!でも、まだジャンは寝てるよ?起こす?」
フルールがテーブルにお皿を並べながら父親に尋ねる。
「いや、いい。あいつはまだガキだしな」
そう言って父親は笑った。フルールは父親と向かい合って朝食を取り、母親は家事を済ませてから弟のジャンを連れて畑に行くと約束をした。
家を出ると朝焼けが綺麗に見え、畑がオレンジ色に染まっていた。吹き抜ける風は少し寒いが心地よく、フルールの足取りは軽い。
今日は集落にいる全員で畑の穀物を収穫するという大切な日。今日一日しっかり働けば、夜には美味しいご飯とお菓子がふるまわれることになる。大人にはもちろんお酒が出るのだから、大人も子供もこの日は張り切って収穫をする。
「おはようございます」
ジルはそう言って集落の長を務めるロドリグ=ベッソンに近づいて行ったので、フルールは辺りを見渡す。集落の真ん中を流れる細い川の上流から、少し猫背気味の男がゆったりとした歩調で歩いてくる。綺麗な金髪はウェーブがかっていて目元のあたりまで伸びている。細く長い手足、華奢な体つきで力仕事よりも勉強の方が出来るイメージである。
「アドルフ!」
フルールが名前を呼ぶと、その金髪の男性は顔を上げて軽く手を上げ、微笑んで見せた。彼の名前はアドルフ=ベッソン。ロドリグの次男で、普段は集落から少し離れた川の上流で暮らしているが、畑の収穫時期には手伝いでやってくるのだった。
「お前がこの時間にやってくるなんて珍しいじゃないか」
そう言って声をかけたのはレナルド=ベッソン、アドルフの兄だ。
「いやぁ、なんだか、眠れなくって…」
そういう紺碧の瞳は眠たげだった。
「アドルフ!」
フルールがアドルフに駆け寄る。
「ああ、フルール…今日も元気だね…」
アドルフは欠伸を噛み殺しながら、フルールの頭を撫でた。
「皆さん、早いですねぇ」
そう言って現れたのはアルファン家の人々だった。
「おはよう。今からやらないと日暮れまでには終わりそうにないぞ」
ロドリグは笑って言うと、「さぁ、始めようか」と言って鎌を手にした。
子供たちは歌を歌いながら刈り取っていく。近隣の国では悪天候の影響からか作物が不作となり、飢饉が起きているという噂があった。こんな僻地まで影響はないだろうとロドリグは思っていたが、想像以上に出来は悪かったので大人たちの表情はどんどん曇っていく。
「ジル!!」
そこに、ジュリーが血相を変えて走って来た。
「どうした」
「ジャンがいないの!」
ジュリーが悲鳴を上げるような声で言った。
「家の中も、家の周りもいなくて…ねぇ、ここには来てない?」
「いや…見てないが…」
そう言って辺りを見渡すと、収穫を手伝っていた皆が心配そうな面持ちでこちらを見ていたが、その中に息子の姿は見当たらなかった。
「どうしましょう…どこに行ったのかしら…」
ジュリーはおろおろするばかりである。
「落ち着けジュリー」
ロドリグが駆け寄ってくる。
「ガキの足だ、そう遠くには行ってないだろ。おい!アドルフ!」
「はい」
痛そうに腰を伸ばすアドルフ。
「お前、探すの手伝ってやれ」
「…わかりました」
「私も探すの手伝うわ!」
フルールが駆け寄る。
「ベル、お前も手伝え」
アダム=アルファンは長兄にそういうと、ベルトランは大きく頷いて見せた。
「私たちも手伝うわ」
レナルドの妻エリーゼとアダムの妻パトリシアも加わり、畑を後にする。グローデル家のある東側の裏手には山があり、緩やかな傾斜は幼い子供でも登れる。グローデル家に向かう途中で三十代半ばの男性と双子の姉弟と出会った。
「アルベール、ジャンを見なかった?」
アルベールと呼ばれた男性は「いいや」と首を横に振った。
「ジャンがどうしたんだい?」
「いなくなったの」
「そりゃあ、大変だ。ジョルジュ、ジョスティーヌ、俺はジャンを探すのを手伝うからお前たちは畑に行ってこい」
双子の姉弟は頷くと、ジュリーに一礼して歩き出した。
それから六人で探し回ったが、集落の中では見つけられなかった。
「あとは、山か…」
アルベールとベルトランが標高の低い山を見上げる。その横をアドルフが通り抜け、どんどん山を登っていく。そのあとを残りの五人もついていく。山は、歩きなれたところでもある。ジャンもまだ六歳だが、山にはよく登っていた。そうして、母親や姉の手伝いをよくしていたのだ。
「血の臭いだ」
そう言って駆け出したのはベルトランだった。彼が向かった先にあったのは大きな岩で、その上に無残な姿になったジャン=グローデルの姿があった。
「ああ…嘘…」
ジュリーはそう呟いて膝から崩れ落ちる。
ジャンの見開かれた目、大きく開かれた口からは今にも悲鳴が聞こえそうだった。腹は大きく裂かれ、血が岩肌を伝い地面にまで垂れていた。不思議と内臓は見当たらない。泣き崩れるジュリーに寄りそうフルールとエリーゼ、パトリシア。アルベールとベルトラン、アドルフは茫然とその死体を見つめることしかできなかった。
ジャンの亡骸は布に包まれ、自宅へと運ばれた。
そのあと皆黙々と収穫を行い、諸々のことを済ませた。収穫を手伝った子供たちにお菓子は配られたが、大人たちは酒を楽しむことなくベッソン家に集まった。
集落の長ロドリス=ベッソン、長男のレナルドとその妻エリーゼ、次男のアドルフ。
アダム=アルファンとその妻パトリシア。
ウィリアム=ジスカールと妻アネット。
今日亡くなったジャンの父親ジル=グローデル、妻のジュリーはここに来られるような状態ではなかった。
そして、ボッブ=ラグランジュとアルベール=ロワイエの総勢十一名であった。
そう広くない部屋なので、アドルフとボッブ、アルベールは壁に背を預ける形で立っている。
「……一体ジャンの身に何があったというのだ…」
ロドリスが重いため息と共に言葉を吐いた。
「昨日の夜は、まだいたんだろ?」
尋ねたのはアルベールだった。
「ああ、夜、居間で寝てしまったジャンを俺が部屋のベッドまで運んだんだ」
「と、言うことは夜から朝にかけてやられたってことか」
アルベールは顎に手をあてて考える。
「窓の鍵は開いていたとフルールが言っていたから、誰かが侵入してきたのかもしれない…」
「誰かが入ってきた痕跡でもあったの?」
聞いたのはパトリシアだった。
「いいや」
ジルは首を横にふる。
「ジャンが窓から外に出た可能性は?」
レナルドが尋ねると、ジルは首を傾げる。
「可能性はあるが……あの子が窓から外に出る理由が無い…」
「自分が収穫に置いていかれたと思って、母親に何も言わず出て行ったとか?」
「それは無いと思うよ」
アルベールの言葉をアドルフはすぐに否定した。
「どうしてそう言い切れる?」
ロドリスが訪ねる。
「岩の上の血は乾いていたし、獣にかじられたあともあったから。それなりに時間は経過していたと思う」
「なるほど…」
アダムが妙に納得したように呟いた。
「じゃあ、誰かが夜中にジャンをさらってあそこで殺したっていうのか?」
ボッブが言うと、「その可能性が一番高いだろうな」とロドリスが結論つけた。
「誰がやったのか…まさか、集落にいる誰かじゃないだろうな」
「アルベール」
怒った顔で言ったのはロドリスだった。
「もちろん、そんなことあるわけないのはわかってるよ。だが、可能性は無いわけじゃないだろ?」
アルベールは呆れたようにそう言って首を竦めてみせた。
「そうだったとしても、ジャンが襲われる理由はなんだよ」
ウィリアムが言うと、全員が押し黙り、しばしの重い沈黙が流れる。
「グローデルさんに怨みがあるとか、ジャンがこの村で一番幼いっていうぐらいしか…」
沈黙を破ったのはアドルフだった。
「そうだな、それぐらいしか思い付かないな」
ボッブが賛同する。
「人狼の仕業じゃないの?」
「アネット!」
ウィリアムが妻のアネットを叱るが、ここにいた全員が心のどこかでそう思っていただけに誰も否定はしなかった。
「人狼…か…」
アルベールがそう呟いて目を細める。
「人狼は人に化けて、紛れるっていうじゃない」
アネットは険しい表情で、この地に伝わる伝承を口にする。
「”彼らは人肉を好み…襲う”…か」
言葉を付け加えたのはボッブだった。
「”群れを成さず、単独で行動し、一晩に一人ひっそりと殺し食らう”。その人狼がいるってなると、ここにいる誰かを殺さなきゃいけなくなるよな」
アルベールの言葉に、場の空気が凍り付く。
「そうだろ?人に化けた人狼を見た目で見破ることは出来ない。話し合い、その中で得た矛盾を元に人狼だと思う人物を処刑する。何百年の前からこの国はこの方法を用いて、人狼を処分してきたはずだ」
アルベールの言葉に意見する者はいなかった。
人狼のことは何百年も前から伝わる話しだが、けして御伽噺の類などではない。現実に存在し、時として一つの村を全滅させることもあった。そして、アルベールが言う通り見た目ではけして人狼を見抜くことはできない。だから、話し合いをして人狼と思われる人物を処刑するのだ。それが正攻法である、とは言い切れないが、それ以外の方法が無いと言った方が正しいのかもしれない。
「あんな残酷な殺し方…人には出来ないわ」
アネットが震えた声で言うと、「確かに」とレナルドとアダムは賛同する。幼い子供を連れだし、岩の上で腹を裂いて内臓を取り出すなどまともな人間の出来ることではない。
「ここから少し離れた集落が、人狼に襲われたと村で聞いたしな…」
ボッブが言うと、全員の表情が強ばる。
「じゃあ、ここにいる誰かを殺せっていうのか!?」
ウィリアムがボッブに尋ねたが、彼は肩を竦めて見せるだけだった。
「そうじゃなくても、疑わしい奴はいるだろ」
そして、代わりに妙な言葉を吐いた。
「疑わしい奴?」
ウィリアムが首を傾げる。
「グローデルさんに怨みを持つ者…」
アルベールがぽつりと呟く。
「そ、そんな奴いるわけないだろ!」
怒鳴ったのはロドリスだった。
「そうかな?女の嫉妬ほど恐ろしいものはないと思うけどな」
そう言ってボッブがパトリシアを見たので、全員が自ずとパトリシアの方の見る。
「な、何よ…私は…私は何もしてないわよ!」
パトリシアの顔が恐怖に歪む。
「ジュリーがジャンの自慢をしてきてウザったいって散々俺に愚痴ってたじゃないか」
アルベールがため息混じりに言うと「それはっ!」と言って、パトリシアは口ごもる。
「そんなことをジュリーが…」
ジルが小声で呟く。
「別に、子供の自慢なんて親なら誰だってするだろ」
レナルドが呆れて言う。
「今日はあれが出来た、これが出来た。うちの子はこんなことも出来るまさに天才だ!なぁんて、俺でもしてるよ」
「レナルド、それは自分の子供も同じように優秀なら聞いてて嫉妬なんかしないさ」
アルベールが言うと、今度はパトリシアの夫アダムが苦い顔をする。
「だが、パトリシアんとこの末っ子は学習能力が低い。未だに上手く喋れないし、簡単な仕事も出来ない。そんな子を持つ親に、その自慢話はウザったい以外のなにものでもない。らしいぞ」
かくいうアルベールも、自分の子供二人が母親の死をきっかけに喋らなくなっているのだった。
再び重い沈黙が流れる。
「だからといって……人の子供を殺すのか?殺してどうなる?」
ロドリスが誰ともなく尋ねる。
「もし、コイツが人狼なら殺すかもしれない…」
そう言ったのはボッブだった。
「ボッブ、お前…」
レナルドが呆れたように言う。
「でも、それだと最初に自分が疑われてしまう。そんな危ない橋を渡るほど人狼だって愚かじゃないはずだ」
そうアルベールに言われて、パトリシアの顔にわずかばかり安堵の色が伺えた。
「だけど、自分に矛先が向かないように他人を犠牲にする狡猾さはあるはずだ。なぁ、アネット」
アネットはビクリと反応して、顔を強ばらせる。
「な、何を言うのよアルベール。私が人狼で、ジャンを食い殺したっていうの!?ふざけないで!」
その声が震えている。
「まだ、その方がいい。人として他人を陥れるために子供を殺すなんて末恐ろしいこと、アンタがするなんて思いたくない」
アネットはアルベールを睨みつける。
「パトリシアを貶めるために私がジャンを殺したっていうの!?馬鹿じゃない!?」
アネットは吐き捨てるようにして言った。
「なんで私がパトリシアを貶めるの!?」
「……あんたもアルベールが好きなんだろ?」
ポツリと言ったのはボッブだったが、その言葉を聞いてアネットは鬼のような形相になる。
「だ、誰がアルベールなんか!!私が愛しているのは今も変わらずウィリアムただ一人よ!!」
「じゃあ、オレにパトリシアとアルベールが仲良くしてるのが気に食わないって言ってたのはなんだったんだ?嫉妬だろ?」
「違う!!私は夫のいるパトリシアがそんな行動をするのはどうかと思うって相談いただけで」
「それでいつも私に嫌がらせしてたのね。私がアルベールと仲良くしてるのを良く思っていなかったから」
「だから違うって言ってるじゃない!!」
「でも、みんな知ってるぜ?あんたがパトリシアに嫌がらせしてるのは」
ボッブの言葉にアネットはギリギリと奥歯を噛み締め「私じゃない」と絞り出すような声で言った。
「さぁ、どうする?ロドリグさん」
そう聞いたのはボッブだった。
「どうする、とは?」
「この集落に人狼がいると決めて誰かを処刑するのか。何もせずこのまま解散するのか。決めてくれよ、あんたがここの長なんだからな」
そう言われてロドリグは黙り込んだが、全員が彼の決定を何も言わずに待った。
「わかった…」
長い沈黙の末、彼は重い口を開いた。
「あんな殺し方、人は出来るはずがない。残念だがここには人狼が紛れているはずだ。よって、今からみんなに人狼と疑わしい人物を投票してもらう」
ロドリグの決定に皆が、複雑な表情を浮かべて頷いて見せた。そして、粛々と投票が行われる。
「投票結果が出た」
ロドリグは、苦々しい顔をして言う。
「アルベール一票、パトリシア二票、アネット…八票…」
「いや、嘘よ…」
アネットが悲鳴のような声を上げる。
「ねぇ、貴方も何か言ってよ!!」
そう言って彼女は夫であるウィリアムに縋りつくが、彼は彼女の目を見ようとしなかった。
「いや、いやよ、死にたくない。私じゃない。人狼は私じゃないの!!ねぇ、誰か、誰か…」
しかし、誰も彼女と目を合わせようとはしない。
「アダム、猟銃を…」
ロドリスが言うと、アダムは無言で猟銃を差し出す。
「いや、いやよ!!死にたくない!!」
「アドルフ!抑えろ」
言われてアドルフとボッブが逃げようとする彼女を捕まえ、アルベールが素早く持っていたタオルを彼女の口に押し込む。
「悪く思うな。これも、集落のためだ」
引きずられるように家の外に連れていかれるアネット。ウィリアムは、その姿を最後まで見なかった。細身と言えど、思いのほか力があるアドルフと筋肉バカと揶揄されるボッブに掴まれては女性のアネットが逃げおおせることなどできない。そのまま何もない平地まで引きずられ、ロドリグが「止まれ」と静かに言ったのでアネットを捕まえるアドルフとボッブが足を止める。潤んだ目で両脇の男を見て、そして猟銃を構える人物を見る。彼女が何か叫んだかもしれない。
だが、それは銃声にかき消された。
■ ■ ■
深く掘った土の中に捨てられるアネットの亡骸。
「嫌な仕事を任されたな」
レナルドは額に浮かぶ汗を拭って、アドルフに言ったが彼は「いや」と否定した。二人は、アネットの上に土を被せていく。
「彼女は本当にアルベールのことが好きだったんだろうか?」
「さぁな…ただ、アネットがパトリシアに嫌がらせをしていたのは本当のことだ」
「どうして?」
「パトリシアだけじゃない。エリーゼにも嫌がらせをしていた……その理由はわからないけどな」
「そうなんだ…」
もっと驚くかと思ったが、アドルフは神妙な顔をしてアネットを埋めた場所を見つめる。
「人狼ってのは、そんな陰湿なことを人にするのかもしれないな。さ、帰るぞ」
「…はい…」
兄弟は踵を返して山を下りる。陰鬱な想いを抱えたまま。
そうして、ゆっくりと夜は更けていった。