目が覚めて、乾いた喉に水を含む。
お腹の中に物が流れ込む感触を気持ち悪いと唱える。
ごくん、と無理やり薬と一緒に飲み込んで着替える。
今日は学校に行く日。三ヶ月に一回、僕は誰もいない埃を被った八畳間から出て
外の世界を歩く。誰もいない、朝焼けが綺麗な開け切らぬウチに外へ出て
渋谷の汚い空気を吸い込む。
歩いて、学校へ行く。僕の学校は特殊で、制服がない。
だから僕はいつもの大きめのニットと、内側にはTシャツ一枚とユニクロで買った防寒シャツを着て
適当にそこらに転がったズボンに足を通した。
スマホのイヤホンで何度も音楽を再生しながら何もわからないまま歩く。
今、この瞬間誰かが死んでいるかもしれない。
今、この瞬間あの猫が爆発するかもしれない。
今、この瞬間誰かが僕の前に飛び出してきてぶつかるかもしれない。
今、この瞬間戦争が始まって真っ黒な空が四方に広がるかもしれない。
…そんなことも何もわからないまま歩いて、学校に着く。
普段学校に来ない僕がきたからと言ってクラスのみんなが騒いでひさしぶりー!と
集まってくるような人望はなく、静かにそのまま席に座る。
幸い、一番後ろの一番窓辺に近い席だ。誰に気づかれることもなく気配を同化させて
スッと席に座ればたまに「あ、きてたの?おはよ」と声をかけられる程度で済む。
?「霧下、おはよう」
『…おはよ、御嶽さん』
ゴソゴソと鞄を片付けていれば、目の前に御嶽さんがやってきた。
御嶽さんは僕の右側しかない隣の席に座る女の人だ。
…とは言っても、ボーイッシュな格好をしているし口調も仕草も完全に男の人だから
どっちかといえば女性にモテるタイプの女性。
嫌にキラキラしていることはない、イケメンな御嶽さんということで覚えている。
御「お前が来たってことは…もう三ヶ月経ったのか。時の流れは早いねぇ」
『そうだね』
御「なぁ、この間の小説の続き。持ってきてくれたか?」
「…はぁ、本当にあんまり見せたくないんだけど。絶対に誰にも言わないでよ』
御「俺にしちゃあ上出来な作品だと思うんだけどなぁ。何をそんなに気にしてるんだか」
『他人にあまり自分のことを知られたくないんだ』
御「俺には許すのに?」
『君があまりに強引だったからだろ』
鞄から取りだした一冊のノートを渡せば、サンキュー!と笑う御嶽さん。
ざわざわとした教室が僕を不快感に満ち溢れさせる。…うるさい。
御嶽さんは女性だ。しかし、声が低く独特な声をしているため聞いていても何故か嫌にならない。
まぁイケメンってもんはそういう物なんだろうな。どこからどこまで、神様に好かれていて
どこからどこまで、人間に好かれるんだ。
僕もその例外ではない。勿論恋愛感情ではないが、
数少ないというか唯一学校での話し相手と言える存在だ。そんな彼女が三ヶ月の間、心待ちに
していたのが僕の描いた小説だと思うと残念な人にまで好かれるイケメンは
大変なんだなぁ、なんて他人行儀に考える。
僕の小説なんか読んでも何にもならないというのに。駄作だ、駄作。
御「そうそう。ここからなんだよな〜」
ふふ、と笑って僕の小説を読む御嶽さんを横目に、鞄を机の横に引っ掛けて
僕は窓の外を見た。校門で何か集まりができている。
そのままスライドして目線を上にあげれば広い街並みがどこまでも続いていた。
窮屈な高いビルに囲われて自然なんてどこにもない。
ここは三階、今は春。早春といった2月のまだ寒い時期に、チラホラと梅の蕾が咲き始める季節。
うじゃうじゃとスーツを着た女性や男性が忙しく動く街道を冷ややかに見た。
(はぁ……)
ため息をつく。
早く家に帰って寝たい。朝は体が動かない。だるく、吐き気を伴って頭も働かない。
自律神経が狂っているのか、太陽を浴びないこの体の体内時計が狂っているのかなんなのかは
知らないが、薬を飲まなければ起き上がることすらできないような状態だ。面倒臭い。
キーンコーンカーンコーンと一定のリズムでホームルームが始まる。
先生が教卓のところに立って、話をしていた。
どうやら、今日は転校生がこのクラスに編入されるらしい。
さっきの校門の集まりは転校生を見物するものだったのか。
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