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輝きに包まれた美少女、星咲永瑠。
英雄譚で語り継がれるような登場を果たした彼女を嘲笑うかのように、銀髪青年は溜息をこぼしていた。
「我が暁を、利用したのは貴様か」
瞬間移動、と言えばいいのだろうか。気付けば銀髪の青年が、星咲のすぐ傍の上空で優雅に浮遊していた。
「ふぅん……【伝承持ち】の【降臨】級ね。厄介だなぁ」
「星咲さんッ! そいつ、会話ができるわ!」
少し離れた所から切継が叫び、それを耳にした星咲が頷く。
「へぇ……知性、理性が保たれてるって事は【劣説】って線は消えたかぁ……」
「貴賎のない世を作らんがための暁を、何人たりとも遮る事は許さぬ。たとえ神々の威光を宿した者であっても、その傲慢さゆえに滅ぶ運命よな」
「はいはい。【通説】、もしくは【新説】ってとこね……万一に備えての予備戦力、ボクだけじゃ圧倒的に足りなくない?」
銀髪青年の言葉に相槌を打ちつつ、ぶつぶつと分析じみた台詞を吐く星咲。そんな彼女のすぐ横へ、切継愛が和装を翻して着地を決める。
「星咲さん、おそらくだけど……自衛官が緊急通信を出してたから、10分後には増援が駆けつけてくれると思うけれど」
「間に合わない、かぁ……そういえば切継さんは、あの子たちを守らなくてもいいの?」
「まがりなりにも研修生たちは魔法少女。予想外の初撃こそ困惑しても、今は大丈夫なはず。それに貴方が来てくれたなら、私は殲滅に注力するべき」
「いいの? あの子たちは戻らないよ?」
「あなたが負ければこの場の全員が戻らない」
「それもそうだね。じゃあボクと一緒にあいつを――――足止めしよっか」
二人の魔法少女が共同戦線を結ぶ、そう結託している間にも銀髪青年は余裕の一人語りを続けていく。
「そも、人間とは醜いものよな。自らが創るルールに縛られ、自らの創る社会に潰され、自由を望む声は糾弾される」
「そうかもね。でも楽しい事や希望だってたくさんあるよ」
青年の独り言にちょこっと反論をする星咲。
「常に少数派は弾圧の対象となりえる。しかし不思議な事に、人の世の摂理は極々一部の天才とやらが作り、一部の権力者達が回している。起源は常に少数派よ。故に、真なる自由を求む意志を我が代弁してやろうというもの」
「欲望ばかりに身を委ねて、無秩序になったら今より不幸な人間が増えるよ」
「貴様らの奴隷根性には心底呆れてしまうな……その代償は高い。魂に次ぐ最深部が狂えばこそ、世界を崩壊さしたらん。なればこそ、我が暁によって終末を手助けするのも一興だろう。死は全ての苦痛から解放し、自由の象徴である」
「精神異常をきたした者、要はストレスが世界を滅ぼすって事が言いたいのかな」
「さよう。して、我が興を削ぐなど下賤な人の身で許される領域ではない。疾く失せよ」
ぞわりとおぞけが立つような笑みを浮かべ、銀髪青年は彼女たちを睥睨する。そんな悪魔に対し、二人のアイドルはチラリと視線を逸らしていた。彼女たちが一瞬だけ目を向けた先にはアイドル研修生たちがいる。
どうやらここまでの会話は、彼女たちが精神的に持ち直すまでの時間稼ぎとしていたらしい。
「堕天使を統べる者よ。隻眼の英傑が振るう一刀の元、華々しく散るがいい」
会話はここまで、と言わんばかりの気迫をみなぎらす切継愛。
刀を構え、隻眼で銀髪青年を見上げる。
「識別コード、【暁の明星】ルシフェルね。天文学は得意分野だよ」
トップアイドルである星咲も、自身の敵を油断なく見据えて不遜な笑みをこぼした。
◇
俺は今、神話の中にいる。
そう錯覚してしまうほどに、眼前では激しい戦いが繰り広げられていた。
「アイドルは死なないッッ」
星咲が笑う。
けれど壮絶な攻防の果てに、彼女の絶えぬ笑顔に陰りが差し始めているのがわかった。それもそのはずで、いくら星咲と切継が攻撃を繰り出そうと、そのことごとくを凌駕するのが銀髪青年なのだ。
ルシフェルと呼ばれた怪物が十二枚の翼を、目にも止まらぬ速さではためかせる。その一枚一枚が必中必殺のミサイルみたいに伸び、二人の魔法少女アイドルへと肉薄する。
それら無尽蔵に突き立つ翼は、休むことなく切継たちを追いたてる。彼女たちも負けじと、アクロバティックに身をかわしきってはいるがジリ貧になるのが目に見えている。
「【独眼竜】――」
切継が刀を振るい、どんな距離もなきものとして扱うゼロ距離斬撃を放てど、ルシフェルは容易にその軌跡を避けてしまう。残すは空に刻まれた銀の傷跡のみ。
絶対の攻撃力を誇る切継の【独眼竜】に対し、難なく対処する彼の動きは知見ではなく予知の領域だ。
そしてルシフェルが優雅に指を一本立てれば、突き刺さる白黒の翼に加わり、暁の閃光が数百と駆け巡る。
「【箱庭式・純金の証明】――水掛論・アルキメデス――現界!」
星咲がそう叫べば、輝く黄金の粒が瞬く間に散布される。そして空間そのものが制止したかのように全てが重くなる。まるで水中にいるかのように四方から重圧を感じ、身動き一つできない。
例外は二人の魔法少女だけで、緩慢で重苦しい世界を燕のように飛翔しては、ルシフェルが放つ光線をかわしていく。
先程から星咲はいくつもの魔法力を使って、様々な『幻想論者の変革礼装』を果たしている。その例に漏れず、間髪いれずにまた変身をした。
「二層現界――【浮力の宮廷】――空論・アルキメデス」
水圧に封じられ天空を緩慢な速度で駈けるルシフェル、そして彼と同じ高度へ至った星咲。彼女の拳がついにルシフェルの顎を捉えれば、弾丸のように吹き飛んでゆく。そのままルシフェルが体育館へと激突する瞬間、
「――絶論」
星咲がそう呟くやけば、衝突した体育館ごと爆砕していくではないか。その威力が尋常ならざる超パワーだというのが嫌でもわかる惨状だ。しかし数瞬後には、崩壊した体育館から真っすぐ上空へと飛び立つルシフェル。
「かゆい、かゆくて退屈極まりないが……脆弱な人の身でありながら、よくぞ一矢報いた。褒めて遣わそう」
意も介さずにピンピンしているルシフェルを見て、俺は悪夢でも見せられてる気分になる。
「【宇宙を埋め尽く砂剣】――星論・アルキメデス――――」
戦意を全く失わない星咲は、自身の周囲に無限の星屑を纏わせ始める。それら輝く粒子は地面より流れ出て、剣を象った形に変化していく。地面より際限なく突き立つ星屑の剣、その数は万に匹敵する。それら全てが星咲の意思に沿うようにして宙空へと踊り出した。
「【独眼竜】ッ!」
切継もルシフェルを牽制するように魔法力を行使するが、呆気なく銀の軌跡はかわされる。だが本命は星咲が操る星屑の剣。
「ほう、であるならば【禁断の黒い果実】」
ルシフェルが紅い光線をまき散らし、天を疾走しながら何事か喋る。彼の口上に呼応し、どす黒い球体がいくつも浮かぶ。その大きさは小山程もあり、星咲が飛ばす星屑の剣を次々と吸い込み、呑み干していく。
星咲と切継の二人は、幾多の紅い光線を飛んでは避け、時には星屑の剣と相殺させて凌いでいるが完全に攻め手不足と言える。
「流せや奪えッッ【侵しを頂戴いたす】ッッ」
空中で回転をかましながら、瞬時に切継が和装へと『幻想論者の変革礼装』をする。
避けきれないとみた黒球と光線、その両者を転移させようと試みたのだろう。
彼女の思惑どおり、暁の直線が触れるか触れないかの手前で消失し、明後日の方向へと紅の尾を伸ばした。
「なっ」
しかし、切継の口から焦燥の吐息が漏れる。黒い球体に関しては転移できなかったのだ。
「あのおっきな球体! 多分だけど概念ッッ、思想そのものを飛ばしてるのかも!」
「私の一章じゃッッ思想までは奪えないッ」
慌てふためく彼女らに薄ら笑みを飛ばすルシフェル。
「貴様らが大好きな縛り、枷、労働、規則、禁止を内包した果実の味はいかに?」
明らかな挑発と嘲り。そしてついに、和装の美少女、切継が光線を避けきった先にある黒い球体に触れてしまった。暗黒に絡め取られた切継は右腕、右足を失って地に落ちていく。彼女の切断された腕と足からは、粉雪が吹くようにして粒子が放出される。その輝きが伴う一筋の光は、地面への激突と共に消失した。
「アイドルは死なないッッ」
切継にトドメを刺そうと動き出すルシフェルに星咲が叫ぶ。
そう、彼女の言う通り魔法少女アイドルは死なない。
というのもアンチ・ライブなどで魔法少女が身体の一部分を欠損する事は珍しくない。翌日にはケロッと五体満足でテレビに出演するのが常だ。原理は不明だが、アイドル研修生の双子妹が目の前で見せたように特殊な力で修復でもしているのだろう。ただ、回復速度はアイドルそれぞれによるらしく、切継は即座に欠損部分の復元、という魔法力は持ち得ていないようだった。
高高度から地面にダイブした切継は、小さなうめき声を上げてから起きる気配がない。倒れ伏す彼女に対し、容赦なく降り注ぐはルシフェルが放つ紅い雨。
「絶対にさせないッ! 読み解くは命約の第七章」
光線の放射を見て、必死の声音で星咲は新たに『幻想論者の変革礼装』を決める。
「【螺旋牢獄】――――境界論・アルキメデス」
赤い流星雨にも似た光線は切継に届く前、ある一点を境に湾曲しねじ曲がってゆく。数多の紅線が蠢く螺旋を描いてルシフェルへと殺到しだす。それら奇跡の暴風は、ルシフェル自身が発動させた巨大な黒い球体すらも巻き込み、脱出不可能の牢獄を生みだした。
傍から見たら、赤と黒がミキサーされているような絵図だが、いかんせんその規模が大きすぎる。大空を分かつ一本の極太竜巻、その螺旋に絡め取られたら身を削りきられるまで脱出不可能だろう。
「余興は存分に楽しめたぞ」
そんな俺の感想とは裏腹に、ルシフェルは容易く螺旋の渦から逃れ出てきたようだ。というのも俺が気付いた時には、既に彼は星咲の背後にいた。
そして――――その右腕を彼女の背中に深々と突き刺していたのだ。
「かっ、はっ」
貫通した腕から、星咲の胸から白い粒子がこぼれ落ちる。
さすがの星咲も笑顔を消すかと思えば、豪胆にも笑っていた。
こんな惨状になってもなお、健気に笑みを保ち続けている彼女に思わず感嘆してしまう。
「つまらぬ秩序を壊し、ここに自由を降臨せしめよう。全てを壊せば用などない」
そう呟き、星咲を捨て置いてルシフェルは天へとゆっくり上昇していく。
力及ばず、アンチを前に落下してゆく魔法少女アイドル。
助けにきてくれた美少女の胸に風穴が開けられたというのに、不思議と美しいと感じてしまった。
魂を奪われかねない美しい散りざまに、目が離せない。
だが、敢えて言おう。
ここまでの事は確かに超常的な現象の連続で目は奪われたものの、心は一ミリも動いていない。
というか、心底どうでもいいと感じている。
アイドル好きな連中だったら、普通の人間だったら彼女達のために何かできないか必死になって考えるだろう。傷付き、倒れ伏し、懸命に戦いに身を投じている美少女たちを憂い、力になろうと駆けつけるかもしれない。
そんな役割はそこらのラノベ主人公に任せてればいい。そんな偽善は屍はびこるこの場に捨てる他ない。
俺の願いはただ一つ。
何でもいいから早く事態を収束させて、妹の夢来を救ってやって欲しい。できれば俺も助けろと。そんな思いを抱えながら、俺は息を殺してやつらの戦いを見守る選択を選んだのだ。
こんな非現実的な状況は俺のような一般人が介入できるレベルをとうに超えている。ならば、解決できそうな存在に頼る他なく、俺は冷静に魔法少女アイドル達の戦いを眺め、狙っていた。
そう、魔法少女アイドルに接触できるチャンスを虎視眈々と狙っていたのだ。
だからすぐそばで横たわる星咲へ、夢来をかつぎながら近付く。
今が絶好の機会なのだ。
「何してるんだ!? 早く起きあがってくれ!」
満身創痍に見える星咲の両肩を揺さぶる。
口から血を流す、胸から血を落とす夢来を治してくれと。
「お前らならどうにかできるんだろ!? 妹を救ってくれ!」
「ん……、ふん? 君は……へぇ、【欠望因子】があるじゃないか」
ややうつろな笑みを浮かべ、目の焦点を俺へと合わせた星咲。
「しかも、ボクの【継承の魔史書】が……共鳴してる……?」
この後に及んで理解不能な言葉を並べたてる星咲に我慢の限界、いや、焦る気持ちが俺の悔しさに拍車をかける。
どうしてこいつらなんだ、と。どうして魔法少女アイドル共は夢来を救う可能性を持っていて、俺にはないのか。
数分前、妹の胸部に開いた穴を必死に手で押さえようが、止血しようと穴に服をつめこもうがドバドバと流れ出る血液は止められなかった。
そうして無様にもがいた揚句、すがったのは……俺が憎み、忌避する存在。
魔法少女アイドルの力だ。
「……そうか、ボクもついに世代交代か。ハハッ、こんな形で初対面の君に継承するかもしれないなんて、困惑してた先代の気持ちがわかったよ」
ボロボロなのに笑顔だけは絶やさない。けれど意識は既にかすんでいるような星咲に、俺は必死に頼み込む。
「どうでもいいから、早く助けてくれよ!」
全力で戦った魔法少女に対して吐き出す言葉じゃない。
我ながら下衆だと思いながらも、願いは止められない。
「早くしろ! じゃないと夢来が死んでしまう!」
「いや、良かったよ。君がここにいて」
星咲が俺の頬を優しくなでた。
「彼女を救いたいかい?」
序列8位のトップアイドルが見たのは、こと切れる寸前の妹。
俺は即座に力強く頷く。
「もちろんだ! 夢来が助かるなら何だってする。だから、お願いだ!」
「そう……じゃあ君が、今すぐに魔法少女になるしかないね」
風前の灯火のような微笑み。
星咲は儚く消え入りそうな声音で、俺に理解不能な提言を申し入れた。
◇◇◇◇
【魔史書】紹介
●アルキメデス●
古代ギリシアの科学者。
数学・物理・天文学者であり発明家という側面を併せ持つ天才。
【てこの原理】
「私に支点を与えよ。さすれば地球をも動かして見せよう」と豪語した。
【アルキメデスの熱光線】
故郷のシラクサ沿岸部に迫った戦船に対し、熱光線で撃退。太陽光を大量の鏡で反射させ、一点に集中し戦船に浴びせる事で燃やした伝説がある。
【黄金の王冠と浮力】
王冠を壊さずに黄金率を調べる方法を模索。結果、水を入れた容器に王冠を入れ、あふれ出た水の量で黄金率を導き出した。銀が混じっていると純金と重さが変わるので、あふれでる水量も変わってしまうのだ。
【アルキメディアン・スクリュー】
女神アプロディーテの神殿を備えた巨大戦艦の浸水問題に着手。
円筒の内部に螺旋を設け、水を吐きだす機能を開発した。
【宇宙の広さは幾つの砂粒で埋まる?】
ヒエロン王よりそう尋ねられ、10の63乗以内と答えた。
※諸説あり
◇◇◇◇