「いらっしゃい」
二人が向かったのは、ギルドの向かいにある3階建の建物だ。その建物に入ると、すぐさま二人に声が掛けられた。
「二人ですが泊まれますか?後、値段も…」
ぶっきらぼうで強面の宿の主人に少し気後れしながらも、レビンは問う。
「一部屋なら銀貨3枚、朝晩の二食付きなら銀貨5枚だ。大部屋なら銀貨1枚安くなる」
二人ならかなり安い。その事がレビンの顔に出ていたため、宿の主人は無言でレビンへと手を差し出した。
その手の上に銀貨を5枚置き、チェックインを済ませた。
「ちょっと!何でベッドが一つしか無いのよ!」
部屋に入るとミルキィの叫び声が木霊する。
「いいでしょ?別に。それよりも、何でミルキィのレベルが僕より高いの?もしかして、隠れて魔物を倒してたとか?」
何を今更と言わんばかりに、レビンに気にした様子はない。何だか気にしている自分が馬鹿らしくなり、気持ちを落ち着かせてレビンの問いに答える。
「まさか。自慢じゃないけど、魔物どころか虫も殺した事はないわ!」
(ホントに自慢じゃない…じゃあなんで?)
「レビンの血を吸った時に、レビンが言っていたレベルが上がる時の高揚感があったの。
もしかして…私とんでもない事をしちゃってた?」
(レビンのレベルが1なのも、もしかしたら私が血液と共に奪っていたからじゃ…)
ミルキィは心の底から後悔していた。レビンの夢は一流の冒険者。夢の手伝いに出てきたはずが、邪魔でしかない可能性に気付いたからだ。
顔面蒼白なミルキィとは対照的に、レビンは至って普通だ。むしろベッドに腰を掛けて何やら考え込んでいる。
「僕は今までにレベルアップだと思われる高揚感を、3回経験したんだ。すると、僕のレベルは3のはず。そしてミルキィは0。今のレベルは合計すると3。僕から血を吸ったのが2回で、ミルキィのレベルが2…」
「やっぱり、私がレビンから奪ったのねっ…ごめんなさい…ごめんっ…ごめ…」
レビンは思考の海から浮上して、気付いたらミルキィが泣いていたが、考え事をしていたため理由に気付けない。
「ミルキィ?何で泣いてるの?大丈夫。僕がいるから怖くないよ」
子供の時、ミルキィはお化けが怖くてよく泣いていた。レビンはその時も今と同じように、頭を抱きしめて泣き止ませていた。
「馬鹿っ!お化けはもう怖くないわよっ!レビンの夢の邪魔をした事を、後悔しているのよっ!」
「邪魔?なんで?」
「レベルを奪ったかもしれないのよ!邪魔でしかないじゃない!」
ここで漸くレビンはミルキィが泣いていた理由に気付いた。
最近は口が悪いが、心は優しさで溢れている幼馴染の事を、レビンは誰よりも知っている。
何に苦しんでいるか理解出来たレビンは、自身の気持ちを優しく伝える。
「僕は一流の冒険者になりたいんだ。もちろん人の役にも立ちたいし、助けにもなりたい。それにミルキィが邪魔なわけないよ」
「だって…レベルを…」
「冒険者がレベルで一流かどうか決まるものなら、僕はこんなにもそれに惹かれないよ。もちろん強ければ出来ることは増えるのだろうけど、僕からしたらそんなレベルよりも、ミルキィがいなくなる方が断然辛いよ。
それにいったよね?幼馴染も守れないような人が、助けを求めている人を守る一流の冒険者なんかにはなれないって」
ミルキィはレビンの言葉が嬉しかったが、嬉しいだけに、自分にここまでしてくれる幼馴染にかける迷惑に、気持ちが耐えられそうもなかった。
「あっ!もしかしたら凄く良いことかもしれないんだ!もし僕の予想が正しかったら、僕たちは最強の冒険者になれるよ!」
「…どういうこと?」
レビンの思いつきが、ミルキィの暗闇に一条の光を差した。
「ミルキィはレベルが上がったのを自覚したんだよね?それって強くなったってことだよね?」
「…そうね。血を吸う度に強くなったと思うわ。ごめんね。レビンは弱く…」
「なってないよ?多分だけど、レベルが下がっても強さは変わってないと思うよ」
レビンの言葉に、ミルキィは元々大きな目を更に見開き、驚愕を露わにした。
「う、嘘よっ!レビンは優しいから、私を傷つけない為にそう言っているだけよっ!」
「そうだね。もし弱くなっても、ミルキィを傷つけないように僕ならそう言うと思う。だけど知ってるでしょ?僕がミルキィに嘘をつけれないって。ホントに嘘なら、もう白状してるよ」
「うっ…それは…そうね。レビンは私に嘘はつけれないわ。言わなくてもいい事も言うから、プラマイゼロだけど」
(えっ!?そうだったっけ?)
「なに寝耳に水みたいな顔をしてるのよっ!私が少し太っただけでもすぐに言ってきてたじゃないっ!」
「それは…ごめん…」
子供の時は普通に思った事や気付いたことを何でも言っていた事をレビンは思い出した。
今は事実だろうが、怖くてそんな事は言わない。…いや、言えない。
「それで?なんで強さが変わってないのよ?」
「それはわからないけど、事実だよ」
レビンはコボルトを倒した時に刺さった矢の深さや、山を歩いた時に感じた事などを細かく伝えた。
ミルキィは細かい事は苦手な為、半分は聞き流していたが、レビンがこうやって説明する時には嘘がなく、事実である事を誰よりも知っていた。
「わかったわ。とりあえずこれからは新鮮な血液の確保も必要ね」
「なんで?これからも僕の血を飲んでよ」
何だか聞き方によっては…
そう感じ取ったミルキィは顔を赤くして否定した。
「ダメよ!レビンのレベルが上がらないままになるじゃない!」
「だからだよ?レベルは上がれば上がるほど上がりにくくなるって知ってるよね?」
「知っているわよ!馬鹿にしてるのっ!?」
「馬鹿にはしてないよ…じゃあこう言ったらわかるかな?
『レベルは下がるけど与えられた恩恵はそのまま』
それならその後はレベルは上がりやすく…ううん。ずっと強くなり続ける事が出来る。それも人より何倍も早くね」
ここで漸く、ミルキィは半分の答えに辿り着いた。
「凄いじゃない!じゃあこれからも…ずっと、一緒…?」
それに気付いたミルキィは涙を止める事が出来なかった。今度は後悔ではなく、嬉しくて。
「僕達が離れた事はないでしょ?当たり前だよ」
まるでプロポーズのような言葉に涙は止まり、代わりに顔が赤面した。
「ば、馬鹿っ!」
(何で……まぁいつものことかぁ)
「それに、これは僕だけの強さじゃないからね?」
「どういうことよ?」
「僕がずっとレベルを上げないって事は、ミルキィがずっとレベルが上がり続けるって事だよ。
僕たち一流どころか最強のパーティだね!」
そして、ミルキィが辿り着けなかった残りの半分を、レビンからしらされた。
「…パーティって、何?」
ミルキィは自分の事は割とどうでも良かった。レビンの手助けになれる事がわかるとスッキリしたが、その後のパーティという言葉が引っかかる。
(夫婦じゃないじゃない!馬鹿レビン!)
「パーティって言うのは冒険者同士で仲間を作る仕組みだよ。もちろんそんな事をしなくても僕とミルキィは仲間なんだけど、パーティを組むと特典があるから提案したんだ!」
「わかったわ。ところでそれを何処で知ったの?あの村長の家の古くて汚い本?」
「汚い本とは失礼なっ!あれは僕の道標なのに!でも、残念ながらあの本が書かれた時には、パーティ制度は無かったみたいだよ。僕が知ったのは、さっきギルドの中で待たされていた時に張り紙に書いてあったからだよ」
レビンは伊達にキョロキョロしていなかったようだ。
「そうなの。わかったわ。レビンの言う通りにするわ。目の前だしこれから行くの?」
「ううん。もう時間も遅いし、旅の疲れを取る事を優先したいから、明日の朝にしよう?いい?」
「パーティのリーダーに任せるわ」
「リ、リーダー!?なんかカッコいい響きだけど、僕でいいの?」
「レビン以外に適任はいないでしょ?頼りにしているわ。リーダー」
確かにミルキィがリーダーだと、矢面に立たなくちゃいけない時が怖いな。と考えたレビンは、喜んでたった二人のパーティのリーダーを引き受けたのであった。
レベル
レビン:1→1
ミルキィ:2→2
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