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《日本各地》
“静かな日常が、崩れはじめる”
朝のワイドショーは、ほぼ全チャンネルがオメガ特集で埋まっていた。
『全国で“買いだめ行列”が発生』
『学校再開、しかし欠席者が急増』
『SNSで新たなデマ――“落下地点を金持ちだけが知っている”』
キャスター
「本当に“落下地点の裏情報”など存在するのでしょうか?」
コメンテーター
「この種のデマは、社会不安が高まると必ず現れます。
現段階で“地点特定”は不可能です。」
しかしその“不可能”が国民には届かない。
《東京・コンビニ店員》
バックヤードで震えるように深呼吸する女性店員・22歳。
(……怖い。今日も誰もが目の色を変えてる。)
店を出ると、レジ前に数人の客が既に並んでいた。
そのなかの一人が叫ぶ。
「もういいだろ、どうせ終わるんだよ!
売れよ!後ろにも並んでんだぞ!」
店員
「す、すみません……順番に……!」
突然、ワゴン棚のカップ麺が一斉に消えた。
大柄の男が三つ抱え、出口へ走り出す。
店員
「お、お客様! お会計が――!」
男
「どうせ死ぬんだよ!金なんか意味ねぇ!」
自動ドアが閉まる音だけがやけに大きく響く。
震える手で非常ボタンへ伸ばしたが、
(押しても……誰か来てくれるの……?)
胸の奥で、別の冷たい恐怖が芽生えていた。
《SNS上》
デマは一気に広がっていく。
『上級国民だけは“安全圏の地図”渡されてるってマジ?』
『財界のやつら、昨日から海外逃げてない?』
『#落下地点は知っている』
『金持ちだけ助かる世界なんて許さない』
“恐怖+妬み”という最も危険な組み合わせが、
静かに燃え始めた。
その火は、
まもなく暴力へ変わる。
《海外・ニューヨーク》
深夜の薬局。
入り口のガラスが割れ、警報音が鳴り響く。
店員
「やめろ!警察が来るぞ!」
しかし、誰も止まらない。
“必要なものだけ盗む”のではない。
恐怖と暴動の境界が、曖昧に溶け始めていた。
《JAXA/ISAS 相模原キャンパス(軌道計算・惑星防衛)》
白鳥レイナが“オメガ軌道の誤差統計”を壁面モニターに映していた。
スタッフ
「衝突確率、まだ“30%未満”ですね……」
白鳥
「……“未満”だけれど、
誤差幅が相変わらず広すぎるの。
明日には“数字の見え方”が変わるかもしれない。」
スタッフ
「政府は……?」
白鳥
「“公表すべき情報”と“まだ断言できない情報”の境目を
今いちばん迷っているところよ。」
白鳥の横顔には、
疲れと焦りが、じわりと滲んでいた。
《日本総理官邸》
鷹岡サクラは報告書を読みながら、深く息をつく。
藤原危機管理監
「総理、このデマは拡大が早い。
早めにメッセージを出すべきかと。」
サクラ
「……国民は、もう“ただの数字”では安心できない。
気持ちに寄り添う言葉が必要だわ。」
藤原
「しかし、過度な恐怖を煽ってしまう可能性も。」
サクラが静かに彼を見る。
「“隠さず、でも煽らず”。
……私たちが、もっとも難しいことを
毎日やらなきゃいけないのね。」
その声には、
恐怖を隠しきれない“普通の人間”の音があった。
《天城セラ・黎明教団(配信)》
画面には赤い光輪と“光の裂け目”の教団シンボル。
天城セラ
「あなたは気づいていますね。
金も、地位も、学歴も……
すべては“古い世界”の遺物。
オメガは、それらをリセットする光です。」
#新しい世界が来る
#覚醒の朝は近い
#黎明教団
コメント欄は、圧倒的な勢いで流れ続けた。
《IAWN(国際小惑星警報ネットワーク)臨時連絡》
《SMPAG(宇宙ミッション計画アドバイザリーグループ)非公式調整》
白鳥レイナ
「観測AIの誤差修正がやっと終わったわ……。
でも、この“30%未満”という数字も、
明日になれば変動する。」
アンナ・ロウエル(NASA)
「だからこそ、“準備だけでも進める”必要がある。
インパクターの“衝突角度制御案”をJAXAと共有したい。」
ESA技術官
「ヨーロッパ側も“軽量型フレーム”の試作を開始する。
正式認可ではないが、時間を失うわけにはいかない。」
白鳥
「政治判断はまだ後。
でも技術者は“猶予ゼロ”よ。
皆が動き出している。」
アンナ
「“打つかどうか”じゃない。
“打てる状態を作れるか”が今の課題だ。」
誰も口には出さないが、
会議の空気にはすでに
「間に合わないかもしれない」 という焦りが滲んでいた。
《午後10時/東京都内・個室ビジネスホテル前》
桐生誠は、フロントに預けたメモ
(《あなたの“真実”を聞かせてください》)
が 城ヶ崎に届いたかどうかを、 ホテルの外からずっと待っていた。
フロント係が裏口から歩いてきて、
そっと桐生へ声をかけた。
フロント係
「お客様……受け取りました。
ただ、部屋からすぐに出て行かれまして。」
桐生
「どちらに?」
係
「詳しくは……。
でも“川沿いのほうへ向かった気がする”とだけ。」
桐生は軽く礼を言い、
夜の道へ走り出した。
(逃げる気じゃない……。
“答え”を探してる顔だった。)
その足は自然と、
川のほうへ向かっていた。
《午後11時30分/荒川河川敷》
街の遠くでサイレンが鳴る。
桐生誠は息を切らしながら、薄暗い河川敷へと足を踏み入れた。
ベンチに、ひとりの男が座っていた。
街灯に照らされた横顔は、 間違いなく——城ヶ崎悠真。
桐生
「……やっと見つけた。」
城ヶ崎
「……ホテルの人か。
勝手に渡してきたんだろ、あのメモ。」
桐生は城ヶ崎の隣に立ち止まり、
ポケットからもう一枚のメモを握りしめた。
桐生
「話がしたかった。
“真実”を出したあなたが、
今何を見てるのか。」
城ヶ崎は、荒川の黒い水面を見つめたまま口を開く。
城ヶ崎
「SNSでは“金持ちは避難してる”ってデマが流れてるらしいな。
……俺のせいだとでも言いたいのか?」
桐生
「違う。
ただ——あんたが持ってるUSBの中身は、
本当に“人を救う情報”なのか?」
城ヶ崎の指先がかすかに震えた。
城ヶ崎
「……分からない。
本当は俺自身が“世界がどうなるか”知りたかっただけかもしれない。」
桐生
「それでもいい。
けど、今は“あんたが何を選ぶか”の方が大事なんだ。」
二人の間に、夜風の音だけが流れた。
城ヶ崎
「……俺の真実なんて、誰も欲しがらなかった世界で、
初めて“必要とされた”気がしたんだ。」
桐生
「……だったら、その先も見ないと。
“パニックを生む真実”と “救うための真実”は違う。」
城ヶ崎は黙り込む。
その沈黙こそが、
彼が揺れている証だった。
本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。
This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.
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