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俺はボードの前に来ると目を閉じた。その後、高々と右手にある白い石を持ち上げると、深呼吸をした。
両者が息を飲んでいるなか、俺は集中した。
無駄なことは考えず、ただひたすら、そのことだけを考えた。
十秒ほど経つと、俺は白い石を妖精目掛けて投げつけながら、こう叫んだ。
「これは『オセロ』じゃない……。『将棋』だあああああああああああああああああああ!!」
俺の投げた白の石は妖精の額に直撃。その時の妖精の声はとても印象に残った。
「ふぎゃ!!」
例えるなら、猫が尻尾を踏まれて驚いている時の声だ。
そのまま妖精は床に落下すると、気を失った。
だが、俺はその妖精のことより、この場からコッソリ逃げようとしているミノリの方に向かった。
「おい、ミノリ。いったいどこに行こうとしてるんだ?」
「え、えっと、それは……」
俺はミノリが、この場から逃げないように、彼女の前に立ちはだかった。
「お前らは『将棋』をやったことなんてないんだろ?」
「えっと……はい、ないです。ルールも知らずにやってました。ごめんなさい」
そう、ミノリたちがやっていたのは『将棋』だ。
白い石には黒のマジックで、黒い石には白のマジックで、『角』や『飛』などと書かれていた。
ルールを知らないやつらがここまでするとは正直、想定外だったが、勝負は妖精の失神による棄権……というより、俺の一撃による強制退場といったところだろう。
次からは、ルールをちゃんと知っているやつとしてもらいたい。
「俺は別にいいけど、さすがにみんなに言うわけにはいかないな……。というか、何をどうしたら『オセロ』が『将棋』になるんだ?」
「…………暇だったからって言ったら……怒る?」
「みんなは、怒るだろうな」
「……そうよね」
「まあ、とりあえずその件は置いといて……。今から封印するから、その場から動くなよ」
「……え? 封印?」
俺は素早く中股で十歩離れると、鎖を十メートルぐらいに伸ばした。そして……。
「『トリニティバインドチェイン』!!」
そう叫ぶと十本の鎖があっという間にミノリの顔だけを残して、ミノムシ状態にした。
「ちょっ!? ちょっと! 何よ、これ! 離しなさいよ!!」
「お前が暴走してないか心配してくれたみんなの思いを裏切った罰だ。それに遅かれ早かれ、こうしなきゃいけないから、ちょうどいいだろ?」
「こ、この悪魔! ドS! 鬼! ひとでなしーーー!!」
「なんとでも言え。お前は少し頭を冷やすべきだ。それじゃあ、始めるぞ」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! まだ心の準備が!」
そう言いながら鎖を解こうとするミノリ(吸血鬼)に構わず、俺は封印を開始した。
「安心しろ。今、楽にしてやるから。『悪しき大罪の力よ、今こそ、その力を我が身に宿りし鎖に封印されよ!!』」
俺がそう言うとミノリは白い光に包まれた。その直後、俺の中に『強欲の姫君』の力が流れ込んできた。
力を封印するだけのため、痛みはないようだ。十秒ほどで光が消えると同時に鎖も消えた。
その直後、体が重くなったのを感じたため、いつもの俺に戻ったのを知った。(ミノリはいつもの黒い髪と黒い瞳に戻っていた)
「まったく、ちょっと力を解放しただけで大袈裟なのよ」
どうやら戻ったのは見た目だけのようだ。性格はいっさい変わらない。
「な、何よ……。あたしの顔になんか付いてる?」
「いや、なんでもな……いや、ちょっと待ってくれ」
「ん? 何かあるの?」
「いや、たいしたことじゃないんだが、まあ一応、訊いておくよ」
「そう。なら、さっさと言いなさい」
「おう……。あのさ……お前、一瞬だけ、こっち見なかったか?」
「うーん、なんとなく見た気がするわね。でも、どうして?」
「いや、別に深い意味はない。忘れてくれ。あっ、あと、もう一つあるんだけど、いいか?」
「……ええ、いいわよ」
「あの妖精と、何を話してたんだ? お前の過去についてか?」
「それは秘密よ。というか、あんたには、まだ話す時じゃないわ」
「そうか、なら早くみんなにお前の無事を伝えないといけないな」
「ええ、そうね」
次の瞬間、渦が消滅した。その直後、家のものがドサドサと落ちてきたが、それらをうまく躱しながら、他の四人がミノリの元に向かってきた。
「ミ、ミノリちゃん! 本当に無事で良かった!」
「ミノリお姉ちゃーん! おかえりー!」
「ミノリさん! 本当に心配しましたよ。ねえ、コユリさん?」
「いえ、私はただ、マスターが悲しむ顔を見たくなかっただけです……。ですが、まあ、無事で良かったです」
「……みんな……ただいま!!」
満面の笑みを浮かべながら、無事を喜び合う彼女たちは、どこからどう見ても『人間の女の子』だった。そんな姿を見ていた俺は。
「あいつらにモンスターとしての力を与えたやつの顔を一度、見てみたいな」
そんな独り言を呟くと先ほど失神したはずの妖精が、何事もなかったかのように俺の肩に止まった。
「では、まず、このアパートについて説明しますね」
「おう……って、回復早いな……」
妖精は、ニヤケ顔でこちらを見ながら、こう言った。
「本当は薄々気づいていたのでしょう? このアパートのことも、あの子たちのことも」
「ん? 何の話だ?」
妖精は俺の右耳に近づくと、こう囁いた。
「それはもちろん、このアパートそのものがモンスターであることと、あの子たち全員があなたのお嫁さん候補だということに……ですよ」
「…………え?」
衝撃のあまり、俺は思わず、そう答えた。
「えっ? もしかして、知らなかったんですか?」
「…………いや、アパートが俺の部屋に似てるけど、なんか違うな……とは思ってたけど、あいつら全員が俺のお嫁さん候補だってことは初耳だ……」
その時、妖精は少し困った顔をしながら、体内(?)から取り出したリストのようなものを読み始めた。
どうやら俺のこの反応は、想定外らしい。何度も書類を見直していたが、誤りはなかったようだ。
「はぁ……どうやらあなたは、とても厄介な過去をお持ちのようですね」
「え? そうかな?」
「あのですね、あなたの今までの人生の中に普通の人間はまず通らないものがあるんですよ……」
「うーん、そうかな? 俺は、どこにでもいる普通の成人男性だと思うが……」
それを聞くと妖精は、はぁ……と大きなため息を吐いた。
おそらく、この人は自分の人生に無頓着すぎる……と思われている。
妖精はそのことについて俺に訊くのを諦めると、パタパタとみんなの方に飛んでいった。
そして、しばらく話すと、またこちらに戻ってきた。
「あいつらと何を話してたんだ?」
俺がそう訊くと妖精は。
「私はただ、さっさと部屋の片付けをしないと出発できませんよ? と言っただけです」
「……ふーん、そうか」
「あれ? 疑わないんですか?」
「こんな時に嘘をつくバカはいないだろ?」
「……そうですかね?」
「……じゃなきゃ、俺は今ごろ、お前を遥か彼方に飛ばしてるよ」
そんなことを話しているうちに、ツキネ(変身型スライム)が結界の強化の時に使用していた水のようなもので部屋の家具を全て修理し、元の位置に戻して始めた。
その後、ドヤ顔をしながら、腰に手を当てた。
あの魔法の名前、考えないといけないな……。
俺は心の中でそう呟くと、みんなの元へ向かい始めた。
これでやっと、こいつらと旅が始められそうだな。まあ、これから薬の材料を探しながら、この世界のことを知っていくとしよう。
もしかしたら、あいつらと再会できるかもしれないけど……。まあ、とりあえず、今の俺にできることをしよう。
「ナオト! 早く配置につきなさい!」
おっと、いけない。早く向かわねば……。
俺は歩く速度を少し上げながら、こう答えた。
「おう! 分かった! すぐ行くー!」
俺たちの旅が始まる。
俺たちが進む先に何が待っているのかは、まだ見当もつかないが、それでも俺たちは目的を達成するために進んでいく。
例え、その道中に何が待ち構えていようとも……。さあ、俺たちの旅を始めよう……。