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「送っていただいて、ありがとうございました」
「いえ、色々とお話しを伺えて勉強になりました」と、畑中さんは言った。
「こちらこそ」
「東京でまた、お会いしましょう」
私は畑中さんの車を見送り、ホテルの部屋に戻った。
雄大さんは今頃、春日野さんと食事をしている。もしかしたら、食事はやめてホテルでセックスの真っ最中かもしれない。
二人きりになるように仕向けたのは自分なのに、気になって仕方がなかった。
車中、畑中さんと話していても、頭に浮かぶのは雄大さんと春日野さんが抱き合う姿。
元カノかぁ……。
「畑中も交えて食事しませんか?」
社長の話が終わり、ビルを出る前に寄ったトイレで、春日野さんに聞かれた。
「槇田さんとも久し振りにゆっくり話したいし」
「……」
本当は雄大さんと二人で話したいんだろうな、と思った。
「あ、すぐに東京に帰る予定だったかしら?」
「いえ……」
春日野さんは、三十間近の私から見ても憧れる、洗練された大人の女性。自信に満ち溢れていて、仕事も出来る。
雄大さんに相応しいのは、こういう女性だろうな……。
「付き合ってらしたんですか?」
返事はわかっているのに、聞いてしまった。
春日野さんは少し驚いた顔をして、それから微笑んだ。
「隠すことじゃないわね。もう三年以上前だけど、付き合っていたわ」
「嫌いになって別れたわけじゃないんですね」
「ストレートに聞くのね」
「詮索するつもりじゃないんです。ただ、仕事の話でないのなら私は遠慮します。上司の鼻の下が伸びた顔なんて見たくないですし」
今度は声を出して笑った。
「あはははは……。本当にストレートに話すのね」
「春日野さんは素敵な女性ですね」
「え?」
「思ったことをストレートに言ってみました」
「……ありがとう」
女の私でも惚れてしまいそうだわ。
にっこりと笑った春日野さんを見て、そう思った。
「私、今日は生理痛で体調があまり良くないんです。食欲もなくて。なので、畑中さんに駅まで送ってもらってもいいですか?」
「ええ、ありがとう。お大事にしてね」と言って、春日野さんは鎮痛薬をくれた。
お似合いだなぁ……。
私はシャワーを浴びて、ベッドに入った。
本当の恋人じゃないし……。
生理でセックスできないし……。
雄大さんが私以外の女を抱く理由を並べて、仕方がないと自分に言い聞かせる。
お腹空いたな……。
今日は朝から何も食べていなかった。
ゼリーくらいなら食べられそうだと、着替えてホテル横のコンビニに行くことにした。
二十二時。
ゼリーやプリン、飲み物を買ってホテルに戻ると、正面入り口に見覚えのある赤いワーゲンが目に入った。
ホテルの灯りが車内を照らす。
雄大さんと春日野さん。
二人は笑って話していた。
私は気づかない振りをしてホテルに入った。
「馨」
エレベーターを待っていると、雄大さんに見つかってしまった。
「お疲れさまです」
「なんで勝手に戻ったんだよ」
雄大さんと春日野さんが話している隙に、私は畑中さんの車に乗り込んだ。畑中さんはホテル近くの自宅に車を置いて、すぐに東京に戻ると言っていたから。
「体調悪いので……って、春日野さんにお伝えしましたけど」と、私はエレベーターの扉を見つめたまま、答える。
「なんで直接言わねぇんだよ? そんなに具合悪いなら俺も――」
「具合が悪いから、放っておいて欲しかったんです」
扉が開き、一組のカップルが降りるのを待って、私は乗り込んだ。雄大さんも続く。
「お前、それが晩飯じゃねぇよな」と、コンビニの袋を指さす。
「大丈夫かよ」
「大丈夫です。春日野さんから薬、頂きましたし」
「ふぅん……」
態度が悪いことは自覚していた。けれど、雄大さんのシャツに口紅の痕でも見てしまったら、きっと冷静ではいられない。
偽物の恋人の癖に、一丁前に嫉妬なんて……。
「で? 畑中とは話は弾んだか?」
「色々……勉強になりました」
「ふぅん……」
社長の話はこうだった。
宇宙や宇宙ロケットに関心を持ってもらうべく、関連企業主催で『宇宙展』を開催しようという企画があり、それを任せられるイベント会社を探していた。そこに、畑中さんが自分に任せて欲しいと申し出て、パートナーに私の名前を挙げた。
「気に入られたもんだな」
「……大きな仕事を頂けて、有難いですよね」
エレベーターの扉が開き、私は思わず飛び出した。
嫌でも、雄大さんの身体から春日野さんの香水が香って、鼻につく。
どうしても、二人が抱き合う姿が頭から離れない。
「おやすみなさい」
「おい?」
振り返らず、急いでカードキーを差し込む。春日野さんの香りから、逃げたかった。
「馨!」
ドアが閉まる一秒前で、大きく開かれた。
「何……ですか」
目に飛び込んできた雄大さんはネクタイを緩め、一番上のボタンも外れていた。
私は彼に背を向ける。
「それは俺の台詞だ。何なんだよ、お前」
「何が――」
「玲のことか?」
玲――。
胸が苦しい。
当り前よね……。
元カノなんだから……。
「何、勘繰ってるか知らねぇけど、俺と玲は――」
聞きたくない!
「出て行って!」
何が……『俺のモノ』よ。
「部長が誰と何をしようと、私には関係ありませんから! 私はっ――」
胸が苦しい。
『関係ない』
自分の言葉に傷つくなんて馬鹿だ――。
「関係あるだろ」
雄大さんの腕が背後から私を抱き締めた。彼の温もりが背中から全身に広がる。
同時に、甘い中に刺激が混じった香りがした。
「お前が俺のモンなら、俺はお前のモンだろ……」
「だったら……」
私には似合わない、セクシーな香り。
「他の女の香りなんて――」
言いかけて、ハッとした。
これじゃ、春日野さんに嫉妬してますって言ってるようなものだ――。
「出て……行って。もう、休みますから」
「わかった」
雄大さんは部屋を出て行った。
面倒臭い女……。
自分が男なら、こんな女はご免だな。
涙が頬を伝う。
「好き……」
口をついたその言葉が、胸の中にストンと落ちた。
「大好き……」
ベッドに倒れ込むと、声を殺して泣いた。
大嫌い――!
持て余した感情が、渦を巻いて体内を侵食する。
好き、だけど、嫌い。
大好き、だけど、大嫌い。
どれだけ考えても堂々巡りで答えは出ない。
違う。
答えを出したくない。
知りたくない。
認めたくない。
私は雄大さんには相応しくない――。
コンコン
ドアをノックする音に、私は自分が眠っていたことに気がついた。
恐らく、十分程度。
コンコン
もう一度、ドアがノックされる。
雄大さんしか思い当たらず、無視しようと息を潜めているとスマホが震えた。
雄大さん。
メッセージに既読を付けてしまうと起きていることがバレてしまうから、ポップアップで確認しようとした。
『ドアを開けてくれないと……』
肝心なところでメッセージが途切れ、気になって気になって、既読にしてしまった。
『ドアを開けてくれないと……ここで泣く』
泣……く?
「ふふ……。あはは……」
思わず笑ってしまった。
コンコン
声が聞こえたのか、既読になったからか、もう一度ノック。
私はドアを開けた。
「泣くって……何」
「ドア、開ける気になっただろ?」
「開けなきゃよかった」
「泣いてんのは……お前の方か」
雄大さんが私の瞼を指でなぞる。
シャワーを浴びてTシャツとスウェットを着た彼からは、香水ではなく石鹸の香りがした。
部屋のドアがパタンと閉まり、私は雄大さんの背中に腕を回した。
「大っ嫌い……」
「そうか」
頭を撫でられ、見上げると、雄大さんが微笑んでいた。
「嫌いって言われて、何で嬉しそうなの」
「お前が素直じゃないのを知ってるからな」と言って、私のおでこにキスをする。
「眠るまでなら一緒にいていいか?」
「ん……」
「買ってきたの、食ったか?」
「まだ」
「じゃ、食え」
私がゼリーを食べるのを、雄大さんは黙って見ていた。なぜか、楽しそうに。
雄大さんは軽くキスをくれて、ベッドで私を抱き締めた。
「無理しなくていいのに……」
太ももに硬いモノが当たるのを感じて、言った。
「いいから寝ろ」
少し首を上げて、彼の鎖骨にキスをすると、更に大きくなった。
「ヤられたいのか」
「ふふ……。ごめん」
さっきまでの不安や苛立ちが嘘のように、気持ちが落ち着いた。
「大っ嫌い」
彼のモノが、また一層大きくなった。