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???「これでx=yの二乗と証明できた……っと」「橙。今日中にこのテキスト五十ページ終わらせなさい。分かったわね。」
???「はい、分かりました。お母さん」
これは、「不山橙」のまだあの世に来る前……生前の話である。
橙「…………」
《またあいつ休み時間なのに勉強してるぜ?》《変な奴だな》《何かお高くとまってるよな》《私たちとは遊びたくないんだよ。あっち行こう》
橙は、三歳から法律関係の仕事に就くため勉強ばかりしていた。遊ぼうなんて想ったこともない。この勉強づくしの毎日が橙の当たり前だった。しかし、橙の心はしっかり蝕まれていった。本人は自覚していないが。
橙「…………楽しそうだな」
外を眺めるとみんながドッチボールをしていた。その姿が堪らなく眩しく感じた。
橙「…………勉強しよ。」
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「ちゃんと今日も言われた通りに勉強したわね?」
橙「はい。しました。」
「名門の大学に入るのは今からしっかり勉強しとかないといけないのよ?二十歳からは脳のホルモンバランスで徐々に脳の力が低下していくの。だから今のうちにたくさん勉強しときなさい。いいわね。」
橙「はい」
これが不山家の夕餉の会話だった。話すのは必ず、勉強のこと。成績のこと。それ以外の会話はしたことなんて全くなかった。
橙の母親は、橙を操り人形のように接していた。不山家では代々法律関係の仕事に就くことが義務付けられている。まだ小学生の橙にも法律関係の仕事に就かせるつもりで厳しくあたっているのだ。
……橙は一度もそう「なりたい」と
言ったことは無いのに。
ちなみに父親は、いつも単身赴任で海外に行っており、中々帰って来られず、母親の教育の仕方を、この現状を父親は知らない。
「私が行けなかったこの大学にあなたは絶対行かなくちゃいけないの。そのためにあなたは絶対勉強をやめちゃダメよ。」
この母親は、自分の行けなかった大学に子供を進ませようとして、橙を自分の生き写しにするつもりだった。自分が絶対に正しいとこの母親は信じ込んでいる。
小さかった橙には、まだ、この母親の異常さが分からなかった。ただ、モヤモヤとした気持ちが蓄積されていることだけは分かっていた。その正体が母親の影響だとは想っていなかったが。
私立の名門校の小学校を卒業して、エスカレーター式で私立の名門中学に入った。
「今日から中学生。勉強内容も大きく変わってくるわ。今まで以上にもっと真剣にやり続けなさい。もちろん体力面も。」
橙「はい。分かりました」
橙は、またいつも通りに勉強を行うつもりだった。こんな日々がずっと続くのだろうと思っていた。しかし……
???「ねぇ!」
橙「?」
話しかけてきたのは、黄色い髪を持つ少女だった。
???「橙ちゃん……で良いかな?いつも独りで寂しそうだから声かけちゃったんだけど……良かったら一緒にご飯食べない?」
橙「あなた誰ですか?」
???「えぇ!?中学に入って二ヶ月も経ってるのにまだ覚えられてないの!?同級生の顔と名前ぐらい覚えてよ〜!」
橙「はぁ……」
???「私の名前は黄田川詩乃(きたがわしの)!よろしくね!橙ちゃん!」
黄田川詩乃と名乗った少女は、クラスからも人気が高く、勉強は苦手だが、とても優しく、誰に対しても暖かく接する少女だった。
詩乃「橙ちゃんのお弁当ってすごい豪華だよね!誰が作ってくれてるの?」
橙「……私のためにシェフを雇ってくれるんです。このお弁当もそのシェフが作りました。」
詩乃「しぇ、シェフ!?お金持ちしか言えないセリフだよそれ!!橙ちゃんって頭も良くてお金持ちでもある……一つ橙ちゃんのこと知れたよ!ありがとう!」
橙「…………」
何だかくすぐったくなる気持ちになる。今まで感じたことのない気持ち。
この少女は、今の橙の発言を聴いても距離を置いたり、腫れ物扱いしなかった。まるで日常の中の一コマのように接してくれた。それがとても心地よかった。
橙「(こんな人もいるんだな……)」
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橙「ただいま帰りました。」
相変わらず誰もいない。母親は検事をやっていて、家にいないことが多い。いても「おかえり」と返されたことはない。
橙「よし……急がなきゃ」
橙は、急いで勉強に取り掛かった。
なぜなら、本来お弁当を食べ終わったら勉強する予定だったのだが、詩乃が話しかけてきて、勉強できなかったのだ。
もし、母親にそのことがバレたら……
橙「早くやらなきゃ……」
それからも詩乃はずっと話しかけてくるようになった。
橙「どうしてそんなに私に構うんですか?」
詩乃「だって橙ちゃん。いつも独りで寂しそうだったんだもん。前にも言ったでしょ?」
橙「…………」
移動教室も、休み時間も、橙は詩乃と行動することが多くなった。
橙も徐々に詩乃に心を開き、談笑するようになった。
詩乃「ねぇねぇ橙って呼んでも良い?」
橙「べ、別に良いですよ……////」
詩乃「あぁ〜橙照れてる〜!可愛い!!」
橙「うるさいですよ!」
休み時間も詩乃と話す時間が増えた。
────勉強することを忘れて……
「橙。あなた最近、友達ができて休み時間勉強してないんですってね。」
橙「!、そ、それは……」
「あんなに勉強しなさいと言っているのに!!!!今はとても大事な時期なの!!!!今やらないでいたら絶対成績が落ちるわ!!!!あなたは私が引いたレールを進めば良い。簡単な話でしょ!!!!なんでその通りにしないの!!!!その子とは関わらないようにしなさい。お母さんを甘く見ない事ね。あなたのことはいつでも見てるんだから」
橙「…………はい、お母さん」
そして、橙は、詩乃を避けるようになった。もちろん詩乃は何でなのか分からないため、動揺した。
詩乃「ねぇ橙!どうして避けるの?」
橙「…………」
詩乃はずっと話しかけ続けた。でも橙は避け続ける。
橙「(お母さんに怒られるのもそうだけど、もし、詩乃さんに何かあったら……)」
詩乃「橙!!!!」
橙「!」
橙は今学校から帰るところだった。そして「橙」と屋上から叫んでいるのは、詩乃だった。何故屋上から叫んでいるのか。これだけ沢山の人の前で名前を呼べば、流石の橙も逃げられないと想った詩乃なりの考えだった。
詩乃「橙!!!!何で橙が私のこと避けるのか分からないし、きっと教えてくれないだろうけど、そんな理由とかは関係なく橙自身は私ともう一緒にいるの嫌なの?!?!私はそれが知りたいの!!!!もし、私と関わりたくないなら私ももう関わらない!!!!でも私は!!!!橙と一緒にいたい!!!!もっと一緒にすごしたい!!!!」
橙「…………うっ……」
橙から少しずつ涙が出てきた。
そうだ。私はずっと羨ましかったんだ。窓からみたあの景色。震えるほど淋しくみえたみんなの笑顔。手を伸ばしても届かないあの情景を。良いのかな……望んでも……
もう……良いの……かな……
橙「い……一緒にいたい……」
詩乃「!、うん!!」
こうして二人はまた仲良しに戻れた。大人数の前で橙が本当の気持ちを言ったのもあって、橙はその日から話しかけてくれる人も増えた。
橙は少しずつ心から笑えるようになった。
でも
そんな日は長くは続かなかった
橙と詩乃は、高校に上がりしばらく経った頃
詩乃「橙!今日誕生日なんでしょ?」
橙「そうですよ。それが何か?」
詩乃「それが……って誕生日だよ?!?!祝ったりしないの?」
橙「祝ったことないですね……でも別に気にしたことないですよ。それが普通だったので。」
詩乃「そうなんだ……あ!」
橙「何です?」
詩乃「ううん!何でもない!」
橙「そうですか?」
そして、下校時間
詩乃「じゃあ今日は先帰るね!また明日!橙!」
橙「え、えぇ。また明日。」
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詩乃「(ふっふっふっ!絶対成功させないと!この……)」
「「橙のバースデーサプライズ大作戦を!!!!」」
詩乃「橙には家に絶対来るなって言ってたけど……何でだろう?でも誕生日祝ったことないなんてそんな淋しいことあっちゃダメだし、私が沢山祝うからね!橙!」
こうして詩乃は、ケーキを持ち橙の家に向かった。
一方、橙は……
橙「今日中にこのテキストを終わらせないと……ん?」
目の前には迷子で泣いている女の子がいた。
橙「どうしましたか?お母さんいないんですか?」
「う、うん。お母さんどっか行っちゃった。」
橙「そうですか………じゃあ一緒にお母さん探しましょうか。どこではぐれたか覚えてますか?」
「探してくれるの?」
橙「えぇ。もちろん。一緒に探しましょう。」
「うん!!」
橙「(これは帰るのは遅くなりそうですね……まぁ仕方ないです)
そして、詩乃は……
詩乃「ここが橙の家……でっっっっか!!!!」
橙の家は、防犯カメラに、オートロックに、大きい壁で囲われた造りだった。まるで……
詩乃「何だか牢獄みたい……ってこんな失礼なこと想っちゃいけないよね!よし、インタンホンを……」
「あの子やっぱり私の言ったこと守ってなかったのね」
詩乃「え」
橙「ふぅ……やっと帰って来れた。ん?」
橙が帰ってくると、扉の前に何かが落ちていた。
橙「ケーキが落ちてる……何か書いてある……」
『橙へ誕生日おめでとう!!!!』
橙「……な……何でこれがここに……こんな状態で落ちてる……の……」
橙の背中が一気に冷たくなる。そして冷や汗が止まらない。
「あなたが悪いのよ」
橙「!」
目の前にいるのは橙の母親だった。
橙「し、詩乃さんは……」
「車の中よ」
橙は急いで車の方へ向かう。すると中には……
橙「し、詩乃……さん……」
目の前にいるのは無表情で一言も話さない。ピクリとも動かない。何を言ってもいつもの鈴を転がす声が返ってこないまるで日本人形のような姿になった詩乃だった。
「私の家には洗脳という教育方法がある。それを彼女にかけただけよ。もうこれで勉強に支障をきたすことないわね。」
橙「……あ………」
「あ……あぁ……あぁぁぁぁぁぁあ……!!!!」
雨が降ってきた。
土砂降りの中、橙は泣き続けた。
泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、
誰かの心が欠ける音がした。
ここから先はよく覚えていない。
覚えているのは、泣きながら泥だらけになったケーキを食べたこと。それから……
ロープで輪っかを作り、椅子に立ち、ロープを天井に吊るして、輪っかに首を通して、そして……
椅子から落ちたこと。
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???「橙ちゃ〜ん!!!!おっはよう〜!!!!」
???「…………ん?あれ、ここは?」
???「なぁに?どうしたの?寝ぼけてるなんて珍しいね!」
ここは、橙の家。橙は、静養中の「紫雲雨花」に起こされたのだった。
雨花「なんかうなされてたよ?橙ちゃん疲れてるんじゃないの?」
橙「特に疲れてはないんですが……というより何か懐かしい夢をみてた気がするんですけど……でもとても苦しかったような……?」
雨花「そっか。橙ちゃんにとってとっても色んな意味で大切な夢だったんじゃない?橙ちゃんを構成する上で必要なもの。例えそれが自分を痛めつけるだけの想い出でも。きっと。」
雨花は微笑む。
橙「そう……なんでしょうかね。でも今はとても安心できてる気がします……うふふっ」
雨花「あはは!」
良かったね。橙。
橙「ん?今何か鈴を転がすような声が聴こえたような……?」
雨花「そうかな?」
橙「まぁいいです。とにかくガーゼまた貼りますよ。……海音さんの塗った薬の影響で真っ赤に腫れたその手足に。」
橙は、黄色い四本のメッシュを揺らしながら雨花の世話をする。
外は綺麗な夕空が空に駆けていた。