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狂人⭐︎
空っぽの部屋に
慰められている気がして
駅前のよく行ったパン屋も
ずいぶんと前に
ただあなたを愛していた頃に
砂時計を返すように戻れたら
恥じらうように手を繋いだ
古びたロータリー
思い出の中にひとり。
家に帰ってきても、なにもする気になれなくて。
「……ただいま。」
母さんの返事は聞こえているはずなのに、頭に入ってこなかった。
リビングから聞こえるテレビの音も、外で遊ぶ子供達のこえも。
今日はやけに遠く感じる。
そのまま自分の部屋に直行し、荷物を床に置いて、そのままベッドに倒れ込む。
静かだった。
前までは、このなんとも言えない静けさが嫌いだったのに。
今は、誰にも話しかけられないこの空間に
慰められている気がして、なんだか心地がよかった。
「……はは。」
乾いた笑いが漏れる。
仁人も、こんな感じだったのかな。
ひとりで抱えて、ひとりで沈んで。
俺は結局、何も気づけなかった。
なにもできなかった。そう思った。
理由もなく、スマホを開く。
仁人との、トーク履歴。
ブレブレの仁人の写真。
そして、ゆりかが撮ってくれた、ふざけた写真。
全部残ってるのに。もうどこにも、いない。
スマホを置いて、深く息を吐いた。
海沿いにあるよく行った公園も、ずいぶんと前に感じる。
仁人がブランコ漕ぎながら「勇斗とよく乗ったなぁ。」って言ってたっけ。
……なんで今さら、
そんなことばっか思い出すんだろ。
窓の外を見る。
ロータリーの工事灯が、夜の中でぼんやり光っていた。
……ただ仁人を愛していた頃に。
——その言葉を、口にした瞬間だった。
呼吸が止まる。
愛していた…?
その言葉が、頭の中で響いて、静かに沈んでいく。
「そっか。……俺、」
本当は、気づいていたのかもしてない。
でも、ずっと、違うと思ってた。
親友で、本当に大切な人で、一緒にいるのが当たり前で。
それだけだと思ってた。
でも。
もしも、砂時計を返すように、戻れたら。
仁人が笑っていた時間へ。
何気なく隣を歩いていた帰り道へ。
恥じらうように背中合わせで乗った、
古びた公園のブランコ。
「今度はちゃんと、お前のこと見るから。」
そう呟いた声は、もう誰にも届かなかった。
思い出の中に、ひとり。
コメント
1件
読了しました。詩的な冒頭から一気に引き込まれました。特に「愛していた…?」と自分で口にした瞬間に呼吸が止まるシーンが印象的で、親友だと思っていた関係性がふとした言葉で色を変える切なさが刺さりました。最後の「今度はちゃんと、お前のこと見るから」という呟きが届かないのが苦しいです。思い出の中にひとり残された勇斗の静かな夜が、とても丁寧に描かれていて胸に残りました。続きも気になります。